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3、不治の不死

 三廻部生 13歳 夏。

 親の教育方針と待遇に嫌気が差し、僕は家を出た。親には見つかるまいと思った僕は鬱蒼と生い茂る名も無い森へと誘われたのだが、どうも迷子になってしまったらしい。来た道を戻っても良いのだろうが、それでは親に見つかるだろう。仕方なく草を掻き分け道無き道を進む。

 もう十時間は歩いただろうか。辺りはすっかり暗くなりいつの間にか雨も降っていた。体が芯まで冷めてくる。疲労と孤独から僕はとうとう倒れてしまった。寒い、痛い、辛い。もう疲れた。

 「僕はこのまま死ぬのだろうか」

 絶望し、そのまま目を瞑りそうになった時、ぽわっと微かな希望の光が見えた。

 「やった!これで助かる!すみません、すみません!」

 あまりにもがっつくように大声を出したものだから、ランプを持っていた人も大層驚いた。よく見るとその人はお婆さんで驚いた拍子に腰が抜け、立ち上がれずにいた。

 「いきなりすみません。少し泊めていただくことはできませんか?」

 「山菜採りの方ですかな?」

 「いえ、違うんですけれども道に迷ってしまうまして」

 「ええ、構いませんよ。それなら速く家に帰りましょう。これからもっと雨が強くなるらしいですから」

 「ありがとうございます!」

 それは今まで生きてきた中で一番嬉々とした返事だった。

 数十分してお婆さんの家に着いた。木造で茅葺き、居間の中央には囲炉裏がある。いかにも古民家って感じだ。お婆さんは雨で濡れた僕のために五右衛門風呂を沸かし、温かい夕御飯まで出してくれた。囲炉裏の上の鈎に鍋を掛け、美味しい茸鍋を御馳走になった。

 夜も更け、街でももう静けさを取り戻したであろう頃。お婆さんが布団を敷きながら僕にこう言った。

 「悪いけど隣の婆ちゃんの部屋には入ってこないでおくれ」

 「はい。判りました」

 なんの疑いも持たずに僕はその日寝た。もしかしたら興味本意に「鶴の恩返し」の主人公のように覗きでもすれば、少しはこの運命も変わったのかもしれない。ただそんなことを露知らぬこの頃の僕は、深き眠りに就いた。

 翌朝、目を覚ました僕の瞳には見慣れた光景が広がっていた。白く清潔な天井は正しく自分の家の天井だった。何故家に居る。僕は家出した筈なのに。兎に角もう出よう。こんなとこ二度と来るか。

 こそこそと出来るだけ親に会わないよう廊下を渡り、玄関のドアに手を掛けたその時だった。

 「生。」

 「親父…」

 「引き留めようとするなら無駄だよ。こんなところ出ていってやる。」

 「ああ。私もお前のような気味の悪い奴が居なくなると清々するよ。」

 「気味が悪い…だと」

 「不死身などフィクションだけにしてほしいからな」

 「不死身?何の事だ」

 「教えてやる義理はない」

 「クソッ!」

 勢いよくドアを開け、全速力でその場から離れようとする。実の息子に余裕であんなことを言ってくる。だから親父は嫌いなんだ。宛ても無く走る。そんな愚痴を溢しながら。僕はもう辺りが見えていなかった。人がぶつかっても、自転車が近くを走っても、暴走した列車の如く走り続けた。

 やがて横断歩道を渡ろうとした。その時だった。

 ドァン!…

 僕の体は天高く上げられ、イカロスのように地に墜ちる。

 もしかしたら信号が赤だったのかも知れない。もしかしたら信号無視の迷惑車両だったのかも知れない。もしかしたら信号が故障していたのかも知れない。ただ僕はそれを確かめられる体を持ってはいなかった。

 「ああ、こんな感じで死ぬのか僕。家出して死ぬなんてホントダサいな。」

 出来ることならば、あのお婆さんに、あの優しいお婆さんにお礼を言いたい。多分良心で僕の家まで戻してくれたようですが少し蛇足だったかもしれません。ですが昨日の宿、御飯本当にありがとうございました、と。本当ならば周りに群がる野次馬にでも遺言を託したいところだが、それを言う気力もない。畜生。畜生。死にたく…無…。


 「此処は何処だ…ぁうわぁ!」

説明する間もなく僕は上の方に引っ張られる。何か見た目が空のように霞がかった空間に一瞬居たと思えば、上昇気流に乗ったのか、光が差す上の世界へと誘われる。ああ。あそこが天国か。まぁ悪いこともしてないし当然だろう。少し鼻が高くなる。


 目を覚ますと僕は下がコンクリートのところで横たわっていた。天国って意外と現世に似てるんだな。そう思って体を起こすと周りからは歓喜と恐怖が入り混じった声が聞こえる。ふと辺りを見渡すと、そこには先程見た野次馬が居た。

 此処は天国じゃないのか?かと言って地獄でもなさそうだ。此処はいつもの場所。現世だと思う。いや、実を言うとまだ納得していないとこもあるのだが、ここにいる野次馬が現世ここであることを証明している。

 もしかして生き返った?まさか。そんなフィクションみたいなこと現実に起こってたまるか。では僕はどうしてここで”立って”いるんだ?僕は確かに車にはねられた。記憶もある。そしてあの空のようなところ。アレは一体なんだったのか。もしかして一時的に天国に…?前にテレビのインタビューで手術の時、天国に逝きかけて三途の川を見たとか言ってる人いたな。でも、霞んで見えなかったしな。

 いや、そうではない。僕は立っている。体が動く。はねられた筈なのに。そんなこと、あり得ない。俺はどうなったんだ?

 そんなとき僕の頭にある言葉がよぎる。

 「不死身などフィクションだけにしてほしいからな」

 こんな時あんな奴のことを思い出すのは非常に不愉快だが、この言葉は引っ掛かる。不死身?不死身。不死身…。まさか、いや、まさかね。まさか…。僕が不死身?もし仮に僕を不死身にしたとしてうちの人達はあり得ない。あの家の決定権はすべて親父にあり、それに従うがのみなのだから、親父の意向は家族の意向。親父が嫌がっている時点でその線は消える。そう考えると…お婆さん?

いやあり得ない。あの優しいお婆さんが、僕に変なことなど。でも、それ以外あり得ないし…。


 「おや、また来たのかい」

 「お婆さん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 「”起きたら不死身になってました”かな?」

 「やっぱり…!」

 「君には不死の魔法をかけさせてもらった。いやなに、長年研究していた魔法がようやく完成してな、君で少し試させてもらったよ。試作品不死君一号」

 「やめろ。僕は試作品じゃない。治してくれ。」

 「嫌だね。第一、何を嫌がるんだ。死なないんだぞ?人類の夢じゃないか。私も自分で自分にかけたよ」

 「確かに死ななければいろんなことができる。僕のその魔法で生き返った。」

 「そうだろう。そうだろう!」

 「だが、命は限りがあるから楽しめるんだ!魔法で延命なんてそれはエゴだ!」

 「気に食わないね。いっそ殺そうか。」

 僕は苦悶の表情を浮かべる。きっと魔女にも判ったんだろう。

 「…安心しなさい。そこまで上級な魔法は使えないわ。ただ、治してあげる気も無い。しばらくはその状態でいなさい。冷静になればいいもんよ。不死って。」

 そう言って魔女は消えた。跡形もなく。昨日見た姿より若く見えたのも魔法だろうか。僕はしばらく、古民家を探索した。なにか手掛かりでもあれば少しはこの気分も浮くかも知れない。だが、どの部屋にも手掛かりとなるようなものはなかった。ひとつ、あの魔女の部屋のゴミ箱にくしゃくしゃになった紙切れがあった。中には「お宅の息子さん、不死になりました❤嘘だと思うならナイフでもなんでも刺してみてください。十分後には息してますから❤」と書いてあった。ゴミ箱にあると言うことは少し書き換えたのだろうが親父に伝わっていることは間違いない。だからあんなこと…。

 僕はその日残った時間を沈んだ心の赴くまま歩いた。夜は公園で寒さを忍んだ。

 次の日、僕は不動産屋に行った。僕の独り暮らしと魔女探しが始まり、どちらも未だ続いている。

 

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