1、紅い桜吹雪が舞うあの校舎で
入学式は誰も得をしないイベントだと思う。
生徒は長い間座らせられ、名前を呼ばれるまでひたすら待たされる。来賓共に至っては面倒な祝辞を面倒臭そうに読み上げ、席につくまでの作法も適当に座ったら偉そうに足を組む。後ろの列の何人かは決まって途中で寝る。全くもって興味がないのだろう。
腹は立つが、結果私がそっちの立場だとしても、のっけから寝るだろうし文句は言えまい。
無論、新入生のほとんどは来賓の話の一割も覚えず、この無駄とも言える時間は過ぎていくのだ。
そして、入学生の一人、観崎無天も来賓などの話など覚える気はさらさら無い。寧ろ、覚える人はそれを今後、なんのためになるのかと軽く卑下している。
とはいえ、普通(異常)は目上の人の話は聞けと教えられた気もしなくはない。故に観崎無天は聞かない代わりにはならないかもしれないが、今後、先生となるであろう人をよく観察していた。元より人間観察が好きな観崎は先生共の一挙手一投足からあらゆる情報を得ようとしていた。
「あの人はヘビースモーカーでさっきから吸えないからか、貧乏ゆすりばっかしてる。あの人は女子生徒ばっか見て気持ち悪い。関わりたくないな。あの校長、随分腰が低いなぁ。あの来賓にだいぶ、金貰ってんのかな。」等と考えていた。こんな先生ばっかだと入学式から気が滅入る。
そう思っていると、周りの女子からひそひそと恍惚とした声が聞こえる。それと同時につまらない式もどんどん進行していく。
「生徒会長の話、生徒会会長、三廻部生君お願いします。」
観崎は納得した。その生徒、痩身でありながら背は高く、塩顔で一つ一つのパーツがくどくない、眉目秀麗な男子であった。
その格好の良さは男子にさほど興味がない観崎無天でさえ頬を赤らめるほどであった。もうすでに、何人かの新入生は骨抜きにされてしまった。
多分、その会長の魅力にいち早く気付いた女子が周りの女子に伝えたのがさっきの声だろう。
だがしかし、残念ながら顔が良いからと言って話を聞くかどうかは別の話だ。どうせ、生徒会長が言うことなんて縮めれば、「入学おめでとう」しか言ってない筈だ。ならば、聞くに値しないだろう。
そう思った観崎無天は一通り終わった人間観察を止め、目上の方と同じく大人しく涎を垂らそうかと体勢を変えようとしていた。祝辞も終わり頃ではあるが、まだ演目は残っていやがるし、大してやることもない、何かあれば隣の会長ファンが起こしてくれるだろう。その時だった。
女子生徒…在校生だろうか。中肉中背というよりかは少し、肉付きがよく、胸をある。それにぱっちりとした瞳とぷっくりとした唇のせいか、今度は男子が恍惚の顔で彼女を見ている。背も少し高いのだろうが、高身長の生徒会長のせいで低く見える。
そんな彼女が今、舞台袖からなんの違和感も無く、絶賛祝辞中の生徒会長のもとへと歩みを寄せる。来賓、先生共はおろか、生徒も誰も止めること無く、彼女は直ぐに生徒会長の横へと着いた。着くなり彼女は生徒会長に笑顔でこう尋ねた。
「ねぇ?何でまたLINEブロックしたの?生とずっとお話ししてたいのに…。何で?ねぇ、何で?」
「今、祝辞中だから…後でね」
冷たく返す会長。
「今答えてっ!何で?ねぇ何で?」
声が荒くなる女子生徒。
聞いているこっちが恥ずかしくなるほどの痴話喧嘩。男子新入生の生徒会長への怒りを爆発させるための着火材。新入生の大半が心のなかで「リア充死ね」と思っていることだろう。まさか、現実になるとはここにいる殆どが思いもしていなかった。
会長はとうとう面倒になったのかまた、祝辞を淡々と読み上げる。自分の胸元からこっちを見上げ、喚く女子生徒のことなど可視できていないかのように。それが起爆剤となったのだろうか、彼女の可愛らしい瞳が、廃れたように光を失う。
女子生徒は俯き、ボソッと一言だけ発した。
「死ぬまで…殺すよ?」
そこからは一瞬だった。
ザクッ!!!…
体育館に紅い桜吹雪が舞った。まるで私たちの入学を温かく迎え入れるかのように。
女子新入生の会長に見せる恍惚とした顔が、男子新入生の会長に見せる嫉妬の顔が、一瞬にして恐怖の顔へと変わった。先程まで何人かの新入生が赤らめていた顔が、青ざめた顔に豹変した。
演台からステージから、そして体育館の床まで生徒会長の紅くドロッとしたモノが溢れ落ちる。
皆が恐怖に陥ったとも知らないのか、そんな中でも血染められた制服を身に纏った女子生徒は刺した包丁を強く握り愚痴を溢す。
「全部、生のせいだからね?生が私のLINEブロックなんてするから。ブロックなんて有り得ないわ。私たち恋人でしょお?」
徐々に強くなる口調で新入生により恐怖を与える。
そんな中、司会を担当している先生が先程と変わらぬトーンで
「疒尸。ステージから降りなさい。」
と言った。震えること無く、落ち着きがある。何故だろう。
「いやっ!生は私のモノなんだから!奪らないで!」
女子生徒はいきなり声を荒らげ生徒会長の遺体をこれ見よがしに抱き寄せた。
もうすでに死んでいるのに、彼女が殺したのに、私のモノ?奪る?どういうことだろうか。
「あとでやるから。今は降りろ。疒尸。」
「ホントに?」
司会の先生が首を縦に振る。
「じゃあ、後でね生。」
声の荒らげようの割にはやけに聞き分けがいい女子生徒はそのまま舞台袖を伝い帰っていった。
何人かの生徒は失神したり、涙を流している。当然だろう。人が目の前で死に、先頭の奴等はその血が自分にかかったのだ。寧ろ、ならない方がどうかしている。
そして取り遺された生徒会長の遺体。舞台から降ろすこと無く、舞台中央に横たわっている。司会はなにも言わず、ただただ何かを待っているようだった。来賓共に至っては少し和やかに談笑している。
無天は考えた。あの来賓共は何をやっているんだ。人一人死んだんだぞ。何故、措置を執らない。何故、嗤っている。考えろ、考えろ無天。自分を鼓舞して考えるも、この雰囲気が推理の集中を砕いてくる。他の生徒は考えることもできず、ただただ泣くか、失神するか、呆けるしかなかった。例えるなら地獄絵図だろうか。見たことはないが。
そんな時、この張り詰めた空気を打破することが起こる。ただしこれが、新入生全員の人生の中で一番難解な問題を呈されることになる。
生徒会長の遺体が動いたように見えた。気のせいではない。段々と腕がずるずると動き、自分で自分の体を持ち上げ、立ったのだ。別にフラフラしているわけでもなく胸から下が紅く染まった制服を整え、生徒会長の制服の色と同じ色の演台に手を置いた。
「失礼致しました。以上を祝辞と変えさせていただきます。」
とだけ言って一礼して元の席へと戻った。凄惨すぎる現場に誰も喋れず、また、張り詰めた雰囲気へと逆戻りする。
遺体が生き返った。そんなことが現実に起きた。しかも目の前で。
さっきとは種類の違う恐怖が新入生を襲う。
ここでなにかに気付いた司会が慌てふためき
「今のはショーです。皆さん驚かれたでしょうか。」
と平然を取り戻そうとする。だが、そんなふざけた言い訳を誰も信じることはない。この血腥さ。隠蔽しようとする挙動不審さ。何より自分の家のと同じ包丁。信じたくはないが本当に生き返ったのだろう。無天はそう思った。
残っていた来賓の祝辞はさっきまで聞いていなかった誰しもが姿勢を整え耳をツンと立て聞いている。聞かなければ死ぬ。そんな誰からも言われていない想像のルールに縛られながら。
斯くしてこの恐怖と血にまみれた入学式は終わった。人殺しの女子生徒。生き返る生徒会長。驚嘆しない来賓共。多くの謎が全新入生を襲う。惨憺とした現場を去る中、無天は少しワクワクしていた。
週に二本ぐらい上げます。
変な話かもしれませんがよろしくです。