王子様の溺愛は異常です。
ー…とある国に王子様がいました。王子様はとても優秀で将来を有望視されていました。王子様はその期待に応えようと努力をし、そして…
そして、二重人格になりました。
「…って、えぇ!?」
「俺は裏の人格だぜ。人が良いクローディスとは違うからな」
私、将来にこの国の王子様との結婚を約束させられたクラーク公爵家令嬢のオーロラでございます。婚約は私の本意じゃありませんのであしからず。
私的には慎ましやかに出来れば裏舞台の黒子のように過ごしたいのです。相手は王子であり王太子、つまりその妻となるのは王太子妃となる訳でして、表舞台の花形というか主役です。勘弁してください。
そもそも現状が既に公爵家という立場であり、世間の目は私を値踏みするように頭の先からつま先まで舐め回すように見る。少しでも気を抜いたら喰われるような貴族社会。お父様が国の宰相ということもあり直接的には言われない分、女社会という場で争われる。
…恐ろしい世界である。
そんな恐ろしい世界にお父様の一言により婚約者として収まり片足を突っ込み、今日が初の顔合わせ、…なんだけれど。
目の前にいる王子様、クローディス様は噂とは違う俺様キャラなんですけれど!?
しかも本人が二重人格とか暴露してしまっているこの現状、どういうことですか!?
「まぁ、楽にしろよ。そんなに畏る必要はない。」
「は、はぁ…」
噂で耳にするクローディス様の人柄と言うのは悪い噂は一切ない。容姿端麗で眉目秀麗。学も教養もあり皆に分け隔てなく優しい。まさに将来の国王に相応しいと言われる人であると耳にする。そう、目の前のギラギラとした雰囲気とは180度違う人である。
…いや、見た目は同じなのだけれど。
「…クローディス様とは違うということですが、貴方は何とお呼びすればいいのでしょう?」
「俺のことはラルフと呼んでくれ。」
「何故今はラルフ様なのですか?どうして入れ替わられたのですか?」
「クローディスが緊張してオーロラの前に出る事を躊躇っていたから代わりに出てみた。クローディスはオーロラの事が大層好きらしいな」
…私とクローディス様の婚約は親の意向の筈なのですが、さて果てどういう事でしょうか。
そりゃ、初対面ということはありません。学園でも社交場でも何度かお会いしたことはあります。そりゃ、この国の貴族の定めでございますから。
「世間で言えばオーロラの父君がクローディスとの婚約を取り付けたとなってるらしいが、正確に言えば俺が宰相にそうなるよう仕掛けたと言うのが事実だ。クローディスは強引な手は苦手だからな、俺が助け舟を出した」
平然と言ってのける彼、ラルフはさも当たり前のように続ける。
「まぁ、俺とクローディスは正反対なんだが…オーロラを想う心はなぜか一緒で変わらない。だから安心しろ。俺もクローディスもお前を愛してやる。」
「あいしてやるって…」
いやいやいや、望んでない!王家に嫁ぐのも嫌だと思ってるのだ。私が望むのは影の薄い黒子のような存在。嫁ぐとなればそれはもう出来ない。私的には今日の顔合わせで嫌な女を演じて婚約破棄になってくれればと思っていたぐらいだ。
「1人で2人から愛されるんだ。贅沢な限りだと思うぜ?」
「…クローディス様ともお話しさせて下さい。」
本来、婚約者であるのはクローディス様でありラルフ様ではない。たとえ見目が同じであっても持つ雰囲気はクローディス様の方が正しいのだろう。
「…いいだろう。クローディスはオーロラの前だと照れて上手く話せるか分からないが、それでも頑張るだろうよ」
そう言うとラルフは目を瞑る。
「…オーロラ嬢」
次に目を開いた時には、噂のままの王子様の姿に早変わりしていた。先程までの鋭く尖った刃のような空気から一転、優しく温かい空気へと入れ替わる。
「クローディス様、どうされましたか?」
「僕は…眠っていたみたいだね。ごめんね。」
そう言って頬を赤らめて柔らかく笑う。
何故かさっきから目が合わない。目を合わせようと見ていても、一瞬合えば逸らされる。
「…クローディス様?」
「オーロラ嬢、こちらをあまり見つめないで欲しい。…恥ずかしいんだ。」
そう言うと更に顔を赤らめはにかむ。
…二重人格ってこんななのね。
***
あれからと言うもの、私はラルフ様からもクローディス様からも口説かれまくりの生活。ラルフ様からはぐいぐいと押し気味のアプローチを、クローディス様からは控えめだけれど直球なアプローチを受ける。
もちろん、婚約破棄など言語道断である。そんなことを言える空気ではなかった。
だからできれば、そっとしておいて下さいませ。アプローチしないでくださいませ。…照れたりはしてません。男の方に耐性がないだけでございます。
その合間合間で探るように二重人格について双方の話を聞く。もちろん可能性は低いが婚約破棄を狙うための情報収集である。特にラルフ様からは情報がよく出てくる。…クローディス様にはラルフ様の時の自覚がないらしい。
「ラルフ様」
その日の雰囲気で彼がどちらの人格にいるのかが分かるようになった。慣れとは怖い。
「オーロラ…久しいな。最近はクローディスが嫌がるから押し退けてくるのが大変なんだぜ」
「二重人格ってそんなに大変なものなのね。」
「まぁ、メインはあいつだからな仕方ない。それよりオーロラ、これを見てくれ」
渡されたのは一通の手紙。封蝋には王家の紋章である鷲を基調としたもの。…王家?
「来月に王家の主催の夜会があるから、俺がエスコートする。そのつもりでいてくれ。馬車で迎えに行く。」
「…わかりました」
王家の主催ということは私を婚約者として世間に大々的に発表するということなのだろう。元々婚約者として顔合わせをしていたが、公に披露する為のものである。…パーティの主役だわ逃げたい。
「クローディスからドレスが贈られる予定だから、オーロラは準備しなくて良い。…俺がエスコート出来たら良いんだがな、流石に王家主催の夜会で俺は出せない」
「ドレスなんて、こちらで準備致しますわ」
「クローディスが贈りたがっているんだから良いだろう。俺もクローディスがあげたドレスを着てるお前を見たい」
そう言って熱を帯びた視線を私に向ける。
愛してやると言った彼のセリフを思い出し、セリフだけでなく視線でも愛されているのを感じる。
「…ラルフ様」
溺愛されている。クローディス様からもラルフ様からも。甘く甘く、これでもかと言うくらい甘く溶けるように。砂糖菓子のように。
…あぁ、ダメだ。
私らしくない。
甘い甘い砂糖が染み込んで私まで甘くなるように、彼らの甘い言葉が沁みる。
絆されてしまいそうになる。…婚約破棄を目標に掲げていたのに。
「ありがとうございます。」
「俺のことはラルフと呼べ。クローディスの事もクロウと呼んでやれ」
…それは大変な課題ですわ。
***
そうしてパーティの当日がやって来た。クローディス様から贈られてきたドレスは綺麗な淡い紫の色のとても美しい物で、腕を通した時の肌触りも良く、一級品だという事が伝わってくる。レースの刺繍が施されており、キラキラと散りばめられたダイヤモンドが光る。…これは着ていけば主役だわ。
髪は侍女のポーラが結い上げてくれた。髪を上げてしまった為に首元がヒヤリとする。出来ればハーフアップとかで首元を隠したいとポーラに伝えたが一蹴されてしまった。
「オーロラ様お迎えが来られました。」
「すぐ行きますわ」
門の前には王家の紋章が掲げられた馬車が止められていた。クローディス様がその場にいて嬉しそうに微笑んだ。
「オーロラ…そのドレスとても似合ってる。今日また一段と可愛いよ」
「素敵なドレスを贈って頂きありがとうございます。ドレスのおかげですわ」
「いや…ドレスよりもオーロラが可愛い」
頬を赤らめて嬉しそうに笑うクローディス様。キラキラが私の方まで飛び火しています。照れながらも甘いマスクと言葉が私を包む。…屋敷の侍女たちの生暖かい目が気になりますわ。
「さぁ、お手を」
「はい…」
王子様のエスコートにより城に向かうのは、まさに一国の姫君になった気分である。…黒子人生が恨めしい。
馬車は小刻みに揺れながらもそこは王室の馬車。お尻が痛くならないように毛足の長いソファーとなっており、長時間座っても問題がない設計となっている。
馬車に乗り込んだ後も手は握られたまま、離れない。むしろ絡ませてくる。
何度か訪れたことのある王宮。婚約後は特に頻繁に訪れる事が多い。しかし本日の王宮はいつもと違う夜会の顔をしている。煌びやかな装飾が施された王宮に既に会場入りしていた貴族たちが見える。
「さぁ、着いたよ。」
馬車から先にクローディス様が降りる。会場が騒めく。本日の主催であり主役のお出ましだ。…この視線の後で降りるのは憚られる。
「クローディ…きゃあ!」
行きの時と同じように手を差し伸べられたので掴んだのだが、クローディス様はぐいっと私を引っ張り抱きかかえた。え、何これ。
「馬車で疲れたでしょう?行こう」
「じ、自分で歩けますわ!」
何故かお姫様抱っこ。周りの視線が痛く私に突き刺さる。身体がクローディス様が歩くたびに揺れる。安定はしてるがかなり怖い。何処を掴めば良いのか分からず、手が宙を舞う。
「ここに。」
クローディス様の肩を掴む。
服の上からだと分からない厚い胸板に大きな肩幅。華奢に見えるが鍛えられているのがよく伝わってくる。胸がドキドキと音を立てる。
近いわ、近い!
男の人の耐性なんてないのに!
「オーロラ、下ばかり見ないで顔を上げて」
「…っ、恥ずかしいです。」
周りの人が私達を避けていく。視線がたくさん集まっているのが分かる。早く下ろしてくださいませ。
ホールに入ると煌びやかさが更に増す。高い天井に大きなシャンデリア。流れる音楽は側にいるオーケストラの生演奏、それに揺られる様に踊る人たち。
「オーロラはここで待っていて。食べたいものはある?取ってくるけれど」
「大丈夫です」
やっと下ろしてもらえたと思えば、そこはソファーの上である。会場に来て一切自分の足で歩いていない。むしろ王子であるクローディスを足として使ってしまっている。
「お腹空いてるでしょう?そんなに軽いんだったら尚更食べないと」
「自分で取りに行きますわ」
流石に食事まで取ってきて貰うわけにはいかない…!
「では、一緒に行こう。」
…もちろんエスコート付きですよね。
何人のご令嬢に凄い顔で見られたことか。…私の命は今日までかもしれません。原因は刺殺です。視線に刺されました。
目の前に並ぶご飯はとても豪華。パーティーの規模が大きい為に一人一人のフルコースではなくビュッフェ式で好きなものを取れる。
キラキラに輝く料理たち。眩しいです。
「これ僕は好きなんだ。オーロラにも是非食べて欲しい」
「では頂きます。」
そう言ってクローディス様は次々にお皿に乗せていく。美味しそう。
「オーロラ、口開けて」
「?」
言われるがまま口を開ける。
フォークが口に含まれる。広がる味。
「…!美味しい!」
「良かった。もっと食べて。あーん…」
それからというもの次々に口に運ばれる料理たち。それらは味や食感、匂いや見た目で楽しませてくれる。
「仲睦まじいですね」
くすくすと生暖かい目を向けられた。
ナチュラルにあーんなんてしていた。恥ずかしい。人目を忘れて美味しい料理に夢中になっていた。って、この人…。
「母上」
「クローディス、探しましたよ。今日は貴方の為のパーティーなのに、主役が雲隠れしてたら締まらないわ。」
…お、王妃様だ。パーティーで何度かお見かけしたことあるけれど、クローディス様は王妃様によく似ている。性別が違うという大きな点を除くと違いなど無いほどに似ている、王様の遺伝子どこ?って、私あーんされている場合ではない。
「こちらクラーク家のご息女のオーロラ嬢。僕が婚約した令嬢です。」
「オーロラでございます。宜しくお願い致します。」
深く頭を下げ最敬礼。
「顔を上げて。こちらこそ宜しくお願いしますわ。クローディス、貴方やるわね。とても可愛らしいじゃない。貴方には勿体無いわ」
「…母上」
…王妃様、案外お茶目ですね。
「そういえば国王が貴方を探していたのです。」
「父上が?」
「オーロラ様は私が狼どもから守るから、貴方は早く行きなさい」
「…わかりました。オーロラ、ごめんなさい。後で戻ってくるから母上と一緒にいて欲しい」
コクリと頷くと彼は足早に掛けていく。
…私、王妃様と2人ですか。ゴクリと喉を鳴らす。
「愚息には嘘をつきました。オーロラ様と2人で話したかったの」
「あ、ありがたいお言葉ですわ」
…あれは嘘だったのですね。
話したいこと?婚約破棄、とか?
あれ?私前まで婚約破棄を目標にしてたのに、なぜか素直に喜べないわ。何か胸がつかえて痛い。
「オーロラ様、王妃の役目とは何だと思いますか?」
「王妃の役目ですか?…よく聞くのは子供、特に男児を産むことと聞き及んでます。」
「そうです。世継ぎを産むこと、それは世間一般の論とされています。しかしながら、そうではありません。王妃は王を支えるのが一番のお役目です。…王は孤独です。一人で一国を支える重圧に耐える必要があります。」
王妃様が頭を下げる。目下の私にへと。
「お、王妃様、顔をお上げください!」
「…王妃ではなく、1人の母親としてクローディスの事をお願いしたいのです。クローディスは近い未来に国王になることでしょう。あの子の支えとなり、共にこの国の行く末を見守って頂きたい。あの子が貴方に見せる表情を見て、オーロラ様なら支えられると感じたのです。」
「…王妃様」
素敵な人だ。王を支え、クローディス様を見守り導いてきた人。…私がこの国の王妃に、この人のようになれるのだろうか。
「もちろん、貴女は1人じゃありません。家族として娘として支えますわ」
「…未熟者ではございますが、精一杯のことをさせて頂きます。」
王妃になることがとても現実味を帯びてきた。少し手が震える。…婚約破棄の夢は潰えたけれども、そこまで残念じゃないのも事実だ。この不安は私が受け入れなければならない大切なものだ。
「ふふ、私にはクローディスの一人息子しかいないから、娘が欲しかったのよ。是非ともお茶会しましょうね。」
「はい、もちろんです。」
「孫も楽しみにしてるわ。後継のことはどうでもいいのだけれど、単純に孫を見たいわ。クローディスに頑張るよう伝えておくわね」
は、はは…乾いた笑いしか出ません。
私とクローディス様との子供?え、待って。え…頭の中で思い浮かぶのは男女の秘め事。そりゃ、公爵家令嬢最低限の教育マナーは受けてます。…い、いや…恥ずかしい。
王妃様は予想を超えてのお茶目な人でした。
会話で弄られること数分、クローディス様早く戻ってきてと念を押せば戻ってきた待ち人。
「母上、父上はお呼びでないとのことでしたが。」
「あら、気のせいだったのかしら。」
「…オーロラ?顔赤いけど大丈夫?」
…クローディス様で妄想したばかりなので、顔を見れません。
「だ、大丈夫ですわ」
「そう?そろそろダンスでもどう?」
「えぇ、是非」
手を差し出されエスコートを受ける。胸が高鳴り苦しい。顔が熱いまま熱が逃げない。そうしてダンスホールへと出る。
オーケストラの音楽に乗せてダンスを踊る。クローディス様のリード、とてもお上手。あまりダンスが得意でない私でも楽しめる。
体が近づき、耳元で毎度のごとく甘い言葉を囁かれ、終始私の顔はダンス中真っ赤だったに違いない。
一曲二曲と音楽に乗せて踊る。曲が終わり一礼。ダンスを終えたクローディス様を見る令嬢たち。…次狙ってるのね。女豹のようで怖いです。そうしてクローディス様はさらわれて行きました。肉食系女子ですね。
…こんなところに一人で置いていかないでくださいませ。鼻の下伸ばさないでくださいませ。
どうしてこんなに苦しくなっているのだろう、病気なのかしら。
「オーロラ!」
「…あ!ユリウス」
幼馴染のユリウス・シュタイン
シュタイン公爵家の三男でずっと仲が良い。…私が婚約してから中々会うことは減ってしまったのだけれど。
「今日はまた一段と着飾ってるな。ドレス似合ってるよ」
「口が上手いわね。ユリウスの方こそ似合ってるわ」
…ここだけの話、一番の結婚の有力物件だと思っていたのはユリウスだ。幼馴染で気兼ねないし、なにより三男というポジションが気楽だと思っていたのだ。勿論本人には内緒である。
「高嶺の花も婚約したらしいな」
「高嶺の花?」
「深窓の令嬢ともいうべきか?オーロラの事だよ」
「…なにその通り名、初耳ですが」
「いやいや、知らないのはオーロラだけだよ。誰がお前を射止めるかというのは未婚男子の噂の的だったよ。友好関係が異様に狭いしパーティーにもあんまり参加しないからな。」
いや、知りたくなかった。
いい噂ではなさそうだ。
単に日陰者の気楽生活を望んでいたのでそう思われたのだろうか。私は大変健康である。
「いや、いい意味だよ。
…婚約おめでとう。今日が正式発表なんだろうけれど、発表は終わりがけか」
「そうだと思うけれど」
「くくっ、幸せそうな顔して。本当にクローディス殿下が好きなんだな」
…私がクローディス様を好き?
「…そ、そう?」
「うん、好きって顔に書いてある」
胸が苦しくなるのも、胸がドキドキと高鳴るのも、私が恋をしているからってこと?
クローディス様、を?
「顔真っ赤」
「…見ないで」
そうか私、いつのまにかクローディス様のことを思い慕っていたのか。その言葉は胸にすとんと落ちてきて、納得できてしまった。
「幸せになれよ。」
「ありがとう」
ユリウスが私の頭を撫でる。
「…オーロラ」
「クローディス様…?」
ユリウスと話していたらクローディス様が私を呼ぶ。…先程までの令嬢はどこへ?というか、クローディス様いつもの雰囲気じゃない…?もちろん、ラルフ様でもない。
「こちらへ」
「わかりました。ユリウス、ではまた」
会釈をしてクローディス様に連れられる。連れていかれたのは控え室。何故こんなところがあるのか。と思ったがクローディス様と密室でと二人きりというシチュエーションはなかなか無く、心臓が跳ねた。彼のジェスチャーに応えソファーに座ると、彼が真横に座ってきた。
このソファー、3、4人掛けても問題なさそうなんですけれど、なぜこんなに密着してるの!?緊張するわ!
「…オーロラ、さっきの男は誰?」
「シュタイン公爵家のユリウスです。私の幼馴染で…」
ずいっとない距離を更に縮められ目の前にはクローディス様の美しいお顔がある。近い、近いです!
「それにしても親しくしていたようだね。…僕としては由々しき事態なんだが。
いいんだよ、君をここへ閉じ込めておくことだって出来る。…それをしないのは、君が僕のものだって周りに分からせる為だ。周りに見せつけて、手出ししないようにできる。」
「あ、あの、クローディス様…?」
「ねぇ、縛っていい?」
…はい?
どういうこと、ですか?
顔は異様に近い。唇が触れそうな距離。互いの息がかかりその距離の近さを物語る。逃げようにも手を掴まれており出来ない。その上で縛るという言葉の意味。
「…っ、あ、あの」
「縛り付けて、僕のものにしてしまいたい。だけど傷つけたくない。だから我慢してるだけということ。…わかる?」
恋に自覚したからなのか、いつも以上に心臓はうるさく跳ねる。クローディス様は怒ってるの?…ユリウスと一緒にいたから?
「ユリウスは幼馴染ですよ。それ以上でも以下でもありません」
「…じゃあなぜ…名前を…」
…名前?
「クローディス様?……クロウ様?」
愛称で呼んでやれとラルクのアドバイスを思い出し告げる。さらに心臓は爆ぜる。
「…嬉しいよ」
その瞬間、体に圧がかかる。クローディス様が体重を乗せて倒れかかってくる。天井が見える。
「クローディスさ、ま…?」
お、重たい!抱きしめられているのか何なのか周りを把握しきれない。
「…オーロラ、どうしたの?」
「クロウ様…」
「顔が真っ赤だ。可愛い。…オーロラ、もう直ぐパーティは終わりに近づいている。だからこそ、今一度君に問いたい。」
クローディス様は身体を起こし、ソファーを降り跪く。まっすぐと私を見る彼の瞳がキラキラと輝いて、私は目をそらすことが出来ない。
「僕の妻となってほしい。…オーロラの事が好きだ。愛おしく思う。だからこそ、オーロラと共にこの国を守っていきたい。…君には迷惑や苦労をかけるかもしれないけれど、それでも僕のそばにいてほしい」
「クロウ様…」
誠心誠意な愛の告白。熱い瞳が私の胸を焦がす。もう、答えは決まっている。
「もちろん、お受けいたします。不束者ですがクロウ様をお支え致します。
わ、私も、クロウ様をお慕いしております。」
あぁ、だめだ。
語尾がだんだん弱くなる。
反比例して熱くなる顔。
「嬉しい。オーロラが僕のお嫁さんになってくれるなんて。…ありがとう!」
そうして唇に柔らかくて暖かい感触。
額に柔らかい髪が触れて、鼻頭が近くに見える。瞼から伸びるまつ毛がキラキラと輝いて。
キス、してる。
「っ…」
初めてでした。
こんなに唇って柔らかいの?
「オーロラ、嬉しい。大切にする。…もう会場に顔を出さないと行けないけど、行こう」
「は、はぃぃ…」
「クスクス、顔赤い」
クローディス様のエスコートを受け、パーティーの会場に戻り、私たちは無事正式な婚約発表を行った。
***
「ユリウス」
「婚約おめでとう。」
後日改めてユリウスが屋敷までやってきた。ユリウスは気まぐれで私の屋敷まで来ることも多いため、気にはしてないのだけれど。
もうすぐしたらクロウ様が来るんだよね…。
この前もユリウスと話してたらあんまり良い顔はしてなかった気がするし、大丈夫かしら?
「たまたま近くに寄ったから、婚約祝いを持ってきたんだ。勿論結婚式には結婚祝いを送るよ」
「そんなにもらって良いのかしら?ユリウスの結婚の時にお返しが怖いわ」
「当たり前だろう。オーロラと違って独り身なんだ。親が婚活って煩いんだよ」
貴族の宿命ではあるのだけれど、きっとユリウスのことだ。のらりくらりするんだろう。
「オーロラ様、クローディス様がご到着されました。」
侍女が足早に私の元へくる。
「わかったわ。ごめんなさい、ユリウス。そういうことなの」
「いや、俺こそ悪かった。また今度」
ユリウスと入れ替わりでクロウ様がくる。
「…クロウ様?」
…なんか、また機嫌悪い?
黒いオーラが見えるような気がするんですが。
「オーロラと2人にさせてほしい」
「畏まりました。御用があればベルにてお知らせください」
侍女が退室し2人になる。
少し重苦しい空気が2人を包む。
「オーロラ」
「きゃあ!」
世界が回り、天井が真上に見える。
あれ…このシュチュエーションこの前にもあったような…。
「クロウ様?」
私を見る瞳がいつもと違うように感じる。
背筋がぞくりと震える。
「…俺はオーディンだよ。嫉妬から生まれたクローディスの3人目の人格。クローディスじゃないよ。…覚えていてね、オーロラちゃん」
「オーディン様…?」
ニヤリと笑う彼の表情は今まで見ていたラルフ様やクローディス様とはまた違う、別の雰囲気を持った彼。
「会うのは2度目だね。…あぁ、また彼と会っていたんだね。本当に縛って僕以外に会えないようにしてしまおうか。」
「あ、あの…っ」
本能が危険信号を強くだす。
「僕もオーロラちゃんを愛してるんだから。外に出したくないぐらい、僕をずっと見てくれるように…ね」
ひやりと汗が流れる。
…私、オーロラはとんでもない人に溺愛されちゃったようです。
一つの身体に沢山の人格を兼ね備えたクローディス様。時にはラルフ様、時にはオーディン様。…次は、誰が出てくるのでしょう。
さて果て、どうなることやら。
私の運命。
「…っ!」
「あぁ、可愛いなぁ」
もう、逃げられる気はしません。
【王子様の溺愛は異常です・完】
長くなっちゃいましたが完結です。
いつも文が長めになるのは直したいですね、、、
読んで頂きありがとうございました!