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闇底の魔法少女  作者: 蜜りんご
5章 闇底に咲く花
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星空と高度成長期

「うおー、すげえ! 足元に星空があるみたいだ」


 平べったいキノコのカサの上から、サトーさんは目を輝かせてキノコの下を見下ろしている。まるで、高層ビルの最上階に初めて上った少年のようなはしゃぎようだ。

 まあ、実際。今、あたしたちは高層ビルの最上階ばりの高ーいところにいるんだけどね。

 ちなみに、サトーさんが言っている“星空”というのは、あたしのことではない。正真正銘の星空のことだ。えーと、つまり。星がいっぱいの夜空のことだ。

 はしゃぐサトーさんはちょっとうざいけど、まあ仕方がないだろう。

 初めて見たんだろうし。

 太陽も月も星もない闇底のお空は、いつでも安定の真っ暗さなんだけど。足元の方は意外と明るいんだよね。ホタルモドキがあちこちで飛び交っているし。発光するキノコの森とかあったりするし。

 下から上を見上げると闇底の名に相応しく真っ暗闇だけれど、上から下を見下ろすと、うっすらと仄明るいのだ。

 仄白く揺らめくホタルモドキの光は、水面に映った星みたいで。

 カラフルに点滅するキノコたちの明かりは、星空っていうよりはネオン街を連想させるけど。

 一人はしゃいでいるサトーさんを見ながら、あたしはこの光景を夜咲花にも見せてあげたいな、と思った。

 思っただけで、口には出さないけどね。

 そんなことを口にしようものなら、心春(ここはる)が何をどう荒ぶるか分からないし。

 決して、口には出さないけど。

 でも、夜咲花(よるさくはな)が初めてこの景色を見るときには、あたしもその場に一緒にいたいな、と思う。



 で。それはともかくとして。

 なぜ、サトーさんと一緒に、そんな高いところにいるのかというとだ。

 ズバリ、心春のせいだ。

 まあ、キノコのカサの上にいる時点で、言うまでもないとは思うけどね。



 お目当てのサトーさんにせっかく会えたというのに、安定の心春♡暴走のせいで、話し合いが始まる前からぐっだぐだになっちゃったあたしたちだったけど。

 早々に立ち直った月下(げっか)さんの鶴の一声ならぬ美女の一声で、きりりと気を引き締めて仕切り直しをすることになった。

 でも、「ここじゃ落ち着かないから、アジトへ行きましょう」という月下さんに、サトーさんがアジトには行きたくないと駄々をこねて、「でしたら、こうしましょう!」と言う心春の威勢のいい一声と同時に、足元から平べったいカサの巨大キノコがズモモモモっとせりあがって来たのだ。


「うおっ!? なんじゃ、こりゃ!?」

「きゃぁああああああああああああ!!!!!」


 驚きつつもちょっと楽しそうなサトーさんの声のあとから、夜道で何かに遭遇してしまった時の乙女のような月下さんの絶叫が響き渡る。

 月下さんの絶叫を響かせながら、キノコは高度成長を果たし、なんか高層ビルよりもずっと背の高い長細いキノコが生まれ、あたしたちは高みへと押し上げられる。ちなみに、この時にはサトーさんのリヤカーは完全に黒楕円の外に出ていて、黒楕円の方は姿を消していた。なので、リヤカーとあたしたちが座っていたベンチとブランコごと天上のキノコ会議場にお招きされている。


「どうですか!? これで、妖魔の襲撃を気にすることなく話に集中できますよ! ほんの思い付きでしたが、なかなか悪くないですね! キノコ式エレベーター兼会議場!!」


 キノコの真ん中で、心春がドーンと割と平らな胸を反らした。

 うん。まあ、確かにここまで昇って来られる妖魔は、そうそういないだろうし。キノコとは言え、一応、足元はしっかりしているし。落ち着いて、話をできないこともないかもしれないけれど。

 やる前に、一言断ってほしかった!

 突然すぎて、びっくりするわ!!

 おまけに、エレベーターよりもずっと速かったし!

 はしゃいでいるだけのサトーさんはどうでもいいとして、高いところが苦手っぽい月下さんが可哀そうでしょ!

 エレベーターが止まったおかげか、絶叫の方も止まったみたいだけど。


「さあ! それでは、さっさと聞くべきことを聞いて、不要なものは早急に排除しま…………。えーと、月下美人(げっかびじん)さん? 大丈夫ですか?」


 自分の行動の正しさを信じて疑わず、意気揚々と拳を振り上げた心春だったけれど、キノコの床の上にへたり込んでいる月下さんを見て、ピタリと拳を止めた。

 慌てて、月下さんのもとへと駆け寄る。もちろん、あたしもだ。

 はしゃぐサトーさんに気を取られて、うっかりしてました。

 ごめんなさい。月下さん。


「月下さん?」

「大丈夫ですか?」


 月下さんの前で、二人で並んで膝をついて様子を窺う。

 月下さんは顔色どころか唇まで真っ青で、い、いかん! 瞳孔が開いているよ! 体は細かく震えているし。


「高度の問題でしょうか!? それとも、スピードが速すぎたんでしょうか!?」

「どっちもだよ! いいから、ここはあたしに任せて!」

「は、はい! もちろんです! 星空さんにすべてをお任せします!!」


 心春に任せるとロクなことにならなそうなので、勢いだけでそう宣言したら、心春はきらりと目を輝かせて、数歩後ろに下がった。

 背後から、爛々と目を輝かせてこちらの様子を窺っている……気配を感じる。

 しまった。スイッチを入れてしまった。

 やりづらい。すっごく、やりづらい。

 でも、月下さんをこのままにしておくわけにはいかないし、心春のことは忘れて、今は月下さんを何とかしないと。

 えーと、えーと。

 よし!


「月下さん、月下さん。早く話を終わらせれば、アジトに帰れますよ?」


 効果があるかどうかは分からないけれど、月下さんの肩を両手で掴んでゆさゆさしながらそう声をかけてみる。

 これでダメなら、どうしよう?

 あ。キノコをもっと下に降ろしてもらえばいいのかな?

 いや、心春に頼むと、また何か別方向にしでかすかもしれないから、そっちはこれがダメだったときにしよう。

 さて、どうなる?

 ハラハラしながら月下さんを見守っていると、月下さんの目の焦点がゆっくりとあたしに合っていき、虚ろだった目にカッと強い光が宿った。

 それからの月下さんの動きは速かった。ちょう機敏だった。

 キビキビとした動作でスッと立ち上がり、カサの端っこから飽きずに闇底の底を覗き込んでいるサトーさんを鋭く呼ぶ。


「サトー! 話があるの! いつまでも少年に帰っていないで、こちらに来てちょうだい! 心春、椅子!」

「はい! 只今!!」


 でもって、心春にビシッと命令。

 心春は、ピッと立ち上がって敬礼をすると、キノコのカサの真ん中に、キノコテーブルとキノコ椅子を作り出す。

 心春って、内容はアレだけど、やっぱりすごいな。

 キノコエレベーターとかすごすぎて、逆に最初はそのすごさに気が付かなかったけれどさ。テーブルとキノコを見て、思い出したように心春の魔法のすごさに気づいた。

 発想もすごいけど、この大きさのキノコをこの高さまで高度成長させちゃうって、本気ですごいよね?

 テーブルや椅子はあたしにも作れるかもだけど、エレベーターは絶対に無理。たぶん、途中で空中分解する。まあ、たとえしても飛べるから問題ないけど。

 …………飛べない人を一緒に乗せてなければね……。


「なんだよ…………ん?」


 月下さんに呼ばれたサトーさんは、足元の景色に未練があるのか、大人のくせに不満そうな顔を隠しもせず文句を言おうとしたけれど、月下さんのただならぬ様子に気づいて、首を傾げつつも大人しくカサの縁から離れて、心春が用意した椅子に座った。

 その向かいに、月下さんがやっぱりキビキビとした動きで座る。

 椅子は三つ用意されていた。

 月下さんが座るキノコ椅子の隣に、寄り添うようにもうひとつキノコが生えている。

 ………………。

 対心春的な意味で座ろうかどうしようか考えたけれど、別方向の対心春的な意味で座るのは諦めた。

 あたしは、無言のままサトーさんの背後に回る心春の後を追った。

 心春はいつのまにか、死神さんとかが持ってそうなカマを手にしている。

 本当に、いつの間に用意したんだよ、それ。

 何に使うつもりなのかは、聞くまでもない。

 いつでもサトーさんの首を狙える場所で止まった心春を、こっちもいつでも止められるようにカマを持った右側に並んで立つ。

 心春は首だけを横に向け、不思議そうにあたしを見つめていたけれど、すぐに一人で勝手に何かを納得し、キラキラとした瞳で任せてくださいとうように大きく頷くと、また前を向いてサトーさんの背中を睨みつける。


 言っとくけど。いや、実際には言わないけど。

 あたしが守ろうとしているのは、月下さんじゃなくてサトーさんの方だからね?

 暴走しそうな君からサトーさんを守るためだからね?

 言わないけど。


 内心でため息をつきながら前を見ると、月下さんと目が合った。

 月下さんは疲れたような笑みを浮かべながら、お願いね、というようにあたしに向かって小さく頷いた。


 はい。分かってます。がんばります。


 あたしもまた、疲れた笑みを浮かべながら、月下さんに小さく頷きを返す。


 心春のように、自信満々に大きく頷くことは出来なかった。

 もちろん、万が一のことがないように精一杯頑張るつもりだ。

 頑張るつもりだけど。

 暴走すると、割と何をするか分からない心春に全方位でもって対応できる自信がない。


 頑張る。精一杯、頑張る。

 でも。

 サトーさん。もしもの時は、ごめんなさい。


 あたしは心の中で、深く深くサトーさんに頭を下げた。


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