月たちの想い
「サトーに会いに行く」
そう、月下さんが言った時、どうして月見サンがあんなに嬉しそうにしていたのか、その時はよく分からなかった。
なんか、怒涛の展開だったし。
滅茶苦茶張り切った月見サンに、月下さんのお供を命じられてアジトの外に放り出されて。もう一人のお供である心春の、いつもの暴走のおかげで落ち着く暇もなかったし。
でも。
今は、分かる。
分かった。
「アジトの外も、久しぶりね」
空飛ぶ暴走ベンチが再び地面に足を落ち着けて、気持ちの方も落ち着いたらしい月下さんがぽろりとこぼした一言で。
その理由が、分かった。
アジトができる前は、月下さんは月見サンと一緒に旅……かどうかは分からないけど、二人で一緒に行動をしていたみたいなんだよね。
でも、今は。
月下さんは、ずっとアジトに引きこもっている。
まるでアジトの番人みたいに。
妖魔が怖くてお外に出られない夜咲花のお守をしなくちゃいけないからかな、と思っていたけど。それにしても、だよ? それだって、紅桃やルナやあたしだっているんだからさ。たまには、あたしたちにお留守番を任せて、お出かけしたってよかったよね?
月下さんの一言で、あたしは今ようやく、そのことに気が付いたのだ。
それまでは、そんなこと、一ミリも考えたことなかった。
だって、月下さんが当たり前みたいにアジトにいるから。
お外に行きたいようなそぶりを見せたことは、一度もなかったし。
だから、なんていうか、それが当たり前なんだと思ってた。月下さんは、アジトの一部みたいな……いや、さすがにそれは言いすぎだな。まあ、でも。そんな感じだったのだ。
でも、アジトができる前の月下さんを知っている月見サンには、そうじゃなかったんだろうな。
ずっと、アジトに引きこもっていた月下さんがお外に出る気になってくれたのが、嬉しかったんだろうと思う。
うん。分かる。分かるよ。
あたしだって、夜咲花が勇気を出してお外に出る気になってくれたら、きっとすごく嬉しい。連れて行ってあげたいところとか、見せてあげたい景色が、いっぱいある。
この闇底にも、綺麗でわくわくするものが、ある。
この間の旅で、それを知った。
それを、そのことを、夜咲花にも教えてあげたい。
――――まあ、怖くて微妙なものもいっぱいあるんだけどね…………。
「月下美人さんは、あんまりアジトの外には出ないんですか!?」
「そうね。アジトが出来てから、外に出るのはこれが初めてね」
「え!? そうなんですか!?」
なんて、あたしが少しぼんやりしている間に、心春は月下さんと会話を繋げていて。物思いにふけりつつも、一応会話は聞こえていたんだけれど、さすがにすぐには反応できず、一瞬遅れてあたしはベンチから立ち上がった。
「え? そうなんですか!? 夜咲花が来てから、じゃなくて? 本当に、一度も?」
思わず、声を張り上げてしまう。
いや、だって。それじゃ、本当にアジトの置物じゃないですか!
「だって、月華がいつ説得に失敗した女の子を連れてくるか分からないもの」
当然のような顔で、月下さんが答えた。
「説得に、ですか!?」
心春が不思議そうに首を傾げる。
まあね。心春は、迷うことなく月華から力をもらって魔法少女にしてもらって、その後も魔法少女力全開だったみたいだからね。分からないよね。
でも、あたしには分かる!
ていうか、それは、あたしのことだ!
ということで、月下さんに代わってあたしが心春に説明することにする。
あ、月下さんに代わってって、月に代わって、みたいだよね。どうでもいいけど。
「はい! それは、つまりあたしのことです!」
「星空さんの!? 聞かせてください!」
ベンチに座って片手をあげると、心春は目を輝かせて食いついてきた。
いや、君が喜ぶような話はなんもないよ?
「あたしもね、神隠しにあって闇底に迷い込んで、さっそく足の生えたお魚の妖魔に襲われてね。危うく食べられそうになったところを月華に助けてもらったんだ」
「ヒロインとは、そうあるべきですよね!」
「う、うん? えー、でね。その後、『私と血の契約をして、魔法少女という名の使い魔にならないか』的なことを言われてね」
「はい!」
月華の真似をしてちょっとクールっぽく言ってみたんだけど、心春にはスルーされた。でも、隣に座っている月下さんは、ふるっと肩を震わせてくれた。
ありがとう!
「でも、血の契約とか、使い魔とか、なんか怖い感じがして、『考えさせてください』って言ったら……」
「く、くふ」
ここでなぜか月下さんが吹き出した。なぜ?
「アジトに連れてこられて、その時は、紅桃はいなくて、月下さんと夜咲花とルナと三人だけだったんだけどね。で、三人から説得……的なことををされて。闇底で生きていくためには魔法少女の力が必要だし、怖くないから一緒に魔法少女になろうよって言われてね。なんか、仲間がいるみたいだし、だったらいいかなって思って、それで魔法少女にしてもらったんだ」
「素敵なエピソードですね!」
ざっくりとしたあたしの説明に、心春は目を潤ませる。
どこがどう素敵なのかは、あたしにはよく分からない。でも、説明は別にいらない。
「魔法少女に憧れていたり、月華本人に憧れちゃったりする女の子は、あっさり魔法少女になることを選択するのだけれど。そうでない場合や、妖魔に襲われたショックが強すぎたりするとね。月華は、0か1しかない子だし、説明が苦手……というより、説明をする気がそもそもないというか。一度、女の子が魔法少女になることを断ると、あっさり引き下がってその場にその子を置いて行ったりしてしまうのよね……。何の力も持たない子を一人で闇底に置き去りにしたら、妖魔のエサになるしかないというのに。だから、そういう子はとりあえずアジトに連れてきなさいって言ってあるのよ」
「そ、そうなんですか!?」
「…………」
分かります。あたしも、『考えさせてください』発言の後、また妖魔が出るかもしれない不気味な沼地に置き去りにされそうになりました。
魔法少女になる気になったら呼べ、来られたら来る。みたいなこと言われて。
雪白がアジト行きを提案してくれなかったら、今頃妖魔の一部になっていたかもしれない。
月下さんの言葉に深く頷いていると、心春は驚いた顔をした。
「なんだか、信じられません! 月華は、困っている女の子の味方なんだと思っていました!」
「それは、間違っていないのだけれど。うーん、なんていうのかしら? 妖魔に襲われて困っている女の子の味方、ということなのかしら?」
「なんか、分かる気がします、それ。なんだろ、今その時しかない感じ。女の子を助けて魔法少女にしたら、もうそこでおしまい。魔法少女になるのを断られても……ん? 断っても? えーと、とにかく、そこでおしまい。さあ、次行くぞ! ……みたいな?」
「なるほど! 一人でも多くの女の子を助けたいと! そういうことですね!」
「……………………」
「……………………」
瞳を輝かせる心春に、あたしと月下さんは無言になる。
そういうこと……なのもあるかもしれないけど、そうじゃないような?
でも、なんかうまく説明できないな、みたいな?
心春は、あたしたちの沈黙を気にすることなく、心をどこかへ旅立たせているようだった。
あたしは、ちらりと隣に座る月下さんを見上げた。
月下さんの話をしていたはずなのに、いつの間にか月華の話になってるなー。
でも、せっかくだから。
月華のこと、もうちょっと、いろいろ聞いてみたい。
「なんか、月華って。その、魔法少女になってない女の子を闇底に一人で置き去りにしたら、その子がどうなるのかを、ちゃんと分ってないんじゃないかなーって思うんですけど。その辺をちゃんと説明してあげれば、なんとかならないですかね?」
「何度も説明したわよ。昔は今よりももっと酷かったわよ。力を与えただけで、まだ使いこなせてもいない子を置き去りにして。話さなかったかしら? 月見だってそうだったのよ。たまたま、私が居合わせたからよかったけれど。使い魔になって力を与えられたはいいけれど、最初は全然使いこなせなくて……。“魔法少女”のおかげで何とかなったけれど」
そう言えば、聞いたことありますね。月下さんと月見サンの馴れ初め。二人の出会いが、闇底に魔法少女を生み出したんですよね。
力を使えるようになるために修行したのに全然うまくいかなくて。でも。
「魔法少女みたいに、パーって力が使えるようになればいいのに」
「それよ! あなたは、月華から力をもらって魔法少女になったのよ!」
「そっか! あたし、魔法少女になったんだ! よーし、変身!」
ぱぁ――っ☆
みたいな感じで、闇底に初めての魔法少女が生まれたらしいんだよね。その時の月見サンは、マリンさんって名前だったらしいけど。今みたいなバニーガールとマジシャンが合体したみたいなのじゃなくて、もっと正統派の魔法少女だったらしいけど。
「まあ、でも。あのころに比べれば、大分マシにはなったわよね」
「そうなんですね……」
そうか。改善されて、こうなのか。
え、えーと。
あ、そうだ。
あの事を、聞いてみたら、月下さんならなんていうだろう?
月華のことで、気になっていたあの事。
サトーさんにも関係している、あの事。
聞くなら、今だよね。
てゆーか、今しかないよね。
えい、聞いちゃえ!
「月下さんは、月華が本当に守りたいものが何か、分かりますか?」
「え?」
月下さんは、驚いた顔であたしを見つめた。
「月華が、本当に守りたいもの?」
「は、はい……」
月下さんは、軽く目を見開いて、思いもよらぬことを聞かれた、みたいな顔で、あたしを見つめ続ける。
それから、前に向き直って、少し顔を上げて闇空を見つめる。
真っ暗な、闇底の空を。
闇底という割に、地面の方はホタルモドキが飛んでいたりして、ほんのりと明るいのに。闇底の空は、本当の本当に真っ暗なんだよね。
「どうして、それを疑問に思ったの? 何か、あった? それとも、月華が、何か言っていた?」
「いえ、月華じゃなくて、サトーさんが言っていたんです」
「サトーが?」
月下さんが、またあたしを見た。
驚いた顔。だけど、さっきとは少し違う種類の驚き、な感じがする。何が違うのか、と言われると、うまく説明できないんだけれど。
「サトーは、なんて…………いえ、やっぱりいいわ。サトーが、そこで本当のことを言うとも思えないし。サトーは、仕方ない大人だけれど、それでもやっぱり大人なのよね。私には見えないことが、サトーには見えるんでしょうね」
「…………」
自嘲めいた笑みを浮かべる月下さんに、なんと声をかけていいか分からない。話の半分だか何割だかは嘘だと自分で言っているサトーさんだけど、その時は答え自体を聞けなかったから、それについても伝えるようなことはないし。
「私には、分からないわ。いいえ、それとも、分かりたくないだけなのかも。術者の家系で育った者同士、私とは月華は同類なのだと勝手に思っていたけれど。月華には月華の事情があって、想いがあるのよね」
「………………」
また、空を見上げる月下さん。
その横顔が、なんだかすごく空っぽな気がして、別の人みたいで怖くなって。
あたしは、思わず手を伸ばす。
ベンチに座って膝の上でお淑やかに組まれている月下さんの手の上に、自分の手を重ねて、そのままぎゅっと握る。
月下さんの体がびくりと震えたけれど、月下さんは空を見上げたままだった。
「星空には、分かるの?」
「いいえ、分かりません。だから、本人に聞いちゃいました」
「え?」
聞かれてしまったので、自分の失敗を正直に話したら、ようやく、月下さんと視線が合った。
三度目の驚き顔は、さっきまでの別人みたいな月下さんじゃなくて、いつもの月下さんの顔だった。
月見サンから旅の間の話は一通り聞かされていたはずだけれど、この話は聞いてなかったのだろう。
無言で続きを促されて、あたしは自分の失敗を語る。
「月華は、なんか固まっちゃって、そのまま考え込み始めちゃって。本当は、月華も一緒にアジトに帰って来るはずだったんだけど、雪白が『一人で少し考えさせてやって』って言うから、あたしたちだけ先に帰ってきたんです。…………雪白には、これからもその調子で頼むって言われたんですけど、やっぱり本人に聞いたらまずかったですかね?」
右と左の人差し指を合わせてもじもじさせながら月下さんを見上げる。聞かれても、月下さんも困るかもしれないけれど、あたしたちの中では月下さんが一番月華に近いような気がするし。
月下さんは、まじまじとあたしを見つめた後、笑い出した。
ふふって感じの、お淑やかな笑い方だけど。
「そう。雪白には、きっとその答えが分かっているのね。ふふっ。雪白がその調子で頼むって言ったなら、それでよかったんじゃないかしら。月華にとって、きっとそれは、必要な問いだったんじゃないかと思うわ」
「そ、そうですかね?」
「ええ。それにしても、星空、あなた、いいわね。本当、これからもその調子でお願いね。私からも頼むわ」
「え、ええ!? その調子って、どの調子ですか!?」
月下さんにいつもの笑顔が戻ったのは嬉しいんですが、その調子の意味がよく分からんのですが? あたしは一体、どうすれば?
「これからも、いつも通りでよろしくってことよ」
「え? ええー?」
月下さんが楽しそうなのは、それはそれでいいんですが。
いつも通りってどういうこと?
いい意味なの? 悪い意味なの?
褒められてるの? 貶されてるの?
どっち!?
ま、まあ。月下さんの様子からすると、そんなにまずいことをしちゃったわけではないんだろうけど。みんなもっと、具体的に説明してほしい。
結局、月華のことも月下さんのことも、どっちもよく分からん。
なーんて感じで、半分くらいじゃれ合っていたら、ついにその時がやって来た。
「来たわね」
今の今まで、楽しそうに笑っていた月下さんが、鋭く言って、心春の背後を睨みつける。
心春の後ろ、数メートル先に、前にも見た黒楕円が現れたのだ。
月下さんの声と視線で察したらしき心春が、くるりとブランコを旋回して楕円に向き直りつつ、ベンチに座るあたしの真横に下がってくる。
「たぶん、サトーで間違いないと思うけど。念のため、合図をしたらいつでも飛べるように準備をしておいてちょうだい」
「はい!」
「りょ、了解です」
念のための意味がよく分からなかったけれど、心春が割と真剣に答えているので、一応あたしも了解しておく。
すると、あたしが分かっていないことを分かってくれたのか、心春があたしの耳元でぽそっと囁いてくれた。
「華月も“道”を使えるのだとしたら、ここから現れるのは、華月の可能性もあるということです」
あ! そういうことか!
どうりで、あんなに飛ぶのを怖がっていた月下さんが、飛べる準備とかいうわけだ!
二人の間に走った緊張感の理由をようやく理解して、あたしも遅ればせながらお腹の底の方をきゅっとさせながら、じっと目を凝らして楕円を見つめる。
そして、ついに――――。
黒い楕円の中から、人影が姿を現した。




