荒野の魔法少女
「ファイア・ソード!!!」
高らかに叫びながら紅桃が右手を天に掲げると、その手の中に炎を纏った剣が現れる。
「うらぁあああああああ!! 覚悟しやがれ、妖魔どもーーーー!!!」
炎の剣を片手に、楽しそうに獣型妖魔の群れに襲い掛かる紅桃。
うん。
こう言っては、なんだけど。
旅人との一団に襲い掛かる、山賊とか、なんかそんな感じ。
いや、まあ。相手は、旅人どころか人でもなくて、オオカミとかそんな感じっぽい妖魔さんたちなんだけどね?
そうは言っても。別に、向こうから襲い掛かってきたわけじゃないのに、一方的過ぎるような?
先手必勝ってことなのかもしれないけれど、襲われてからでもよかったんじゃ? いや、それで、こっちが食べられちゃったら元も子もないな……。いや、でも、殺戮が一方的過ぎて、なんか悪者になった気分なんですけど!?
妖魔さんも反撃を試みてはいるんだけれど、軽やかに荒野を飛び回る紅桃に牙の一つ、爪先の一つも掠めることすらできずに、一匹、また一匹と炎に薙ぎ払われていく。薙ぎ払われた妖魔は、あっという間に火だるまになって燃え上がり、灰……というか塵になって消えていった。
紅桃、強い!
強いけど。
瞬きするだけで背景に小花が舞い散るような儚げで可憐な美少女っぷりで、猛々しく無双するのはやめて欲しいかな、って。
イメージが違い過ぎて、脳の処理が追い付かない!
もっと、こう、可憐に戦って欲しい。
一人で苦悩している内に、妖魔殲滅作戦(仮)は、佳境に差し掛かっていた。
残る妖魔は、あと3匹。
3匹は、ここまで来てようやく、『あ、これ、無理じゃね?』と思ったのか、紅桃に背を向けて走り出す。3匹揃って、同じ方向へと。
よかった。あたしのいる方じゃなくて。
「はっ、逃がすかよ!」
紅桃は、走る妖魔の背中に向かって、炎の剣を大きくふるった。
「ファイア・スラッシュ!!」
振り切った剣から、炎の刃が放たれる。
放たれた刃は、炎の三日月となって、逃げる妖魔に次々と襲い掛かり、塵へと変えていく。
3匹目をやっつけたあと、炎の三日月は勢い余って、近くにあった枯れ木を真っ二つに切り裂いてから、ゆらッと揺らめいて消えた。
ほ、ほへぇえ。
「おーい、星空。もう、出てきてもいいぞー」
腰に手を当てた紅桃に名前を呼ばれて、誰も見ていないと思って間抜け面を晒していたあたしは、顔を引き締め直して隠れていた草むらからごそごそと這い出る。
ここは。
ここは、魔法少女のアジトのある野原の外れ。
立ち上がったあたしの腰の下辺りまである、丈の長い草むらの先には、荒野が広がっていた。
枯れ木と、瓦礫の山っぽいもの以外、なんもない大地。
野原ほどじゃないけど、ホタルモドキがぼんやりと光りながら飛んでいるおかげで、真っ暗闇ではない。
仄暗くて、薄明るい世界。
でも、魔法少女になったおかげか、前よりもはっきりと物が見える。夜目が利くっていうの?
で。
なんで、こんなところにいるのかというと。
月下美人――月下さんの発案で、ちゃんと妖魔と戦えるようになるまで、先輩魔法少女である紅桃に妖魔との戦い方を教わることになったからなのだ。
この荒野は、アジトからも近いし、見通しもいいし、あんまり強い妖魔もいないしで、新米魔法少女にはうってつけの場所なんだそうだ。
しっかし、紅桃の戦い方が一番参考になるって月下さんは言っていたんだけど。
あれ、参考になるかなあ?
「どうだった?」
「うん、すごかったよ。でも、あの炎のブーメラン、妖魔のことは燃やしちゃったのに、枯れ木は切り裂かれただけだったよね? どうして?」
へへーんと自慢そうな顔している紅桃に向かいながら、あたしは首を傾げた。
そうなのだ。
妖魔を燃やした炎は、枯れ木には燃え移らなかったんだよね。妖魔よりも枯れ木の方が燃えやすそうなのに、何でだろ?
「ん? ああ。あれは、普通の炎じゃなくて、浄化の炎なんだよ。ここは荒野だからまだいいけどさ。山の中とか、本物の炎を使って山火事にしちゃったら大変だろう?」
「な、なるほどー」
妖魔には容赦ないけど、自然には優しいんだね。
「あと、意外だったのは、技の名前? なんか、思ったよりもあっさりしてるんだね? なんか、エクストリームとか極とか、よく分からない長ったらしい名前とか使うかと思ってた」
ほら。男子って、そーゆうの、好きそうじゃない?
「ああ、それな」
紅桃は、ふと真顔になった。
「いいか、星空。ここはゲームでもアニメでもない、闇底っていう現実だ。あんまり技名に凝りすぎるとだな、うっかり途中で噛んじまって妖魔に喰われそうになったり、全部言い終わらないうちに妖魔にやられそうになったりする。だから、カッコよさよりも言いやすさの方を優先するんだ。マジで、命にかかわるからな」
うんうんと、マジ顔で頷く紅桃。
あー。やっちゃったんだね。
まあ、でも、確かに。そりゃそうだよね。
現実の妖魔は呪文を唱え終わるまで待ってはくれない。
心によく刻み込んでおこう。
「あと、大事なのはフィーリングだ。何となく、何とかなりそうな、それっぽい技名を簡潔に叫んでおけば、割合、大抵どうにかなる!」
可憐なドヤ顔で、紅桃は力強く断言した。
なんだそりゃ、と思ったけれど、あまりにも紅桃が自信たっぷりなので、ついうっかり頷いてしまう。
紅桃は、あたしがちゃんと説明を理解したと思ったらしく、満足げな顔で腕組みをする…………のはいいけど、つま先を大胆に広げてふんぞり返るのはやめて欲しい。もっと、あたしの視覚に配慮して欲しい。
「よし。他に、何か質問はあるか?」
「あ、ある! どうして紅桃なのに、黄緑のコスチュームなの? 名前のイメージからすると、ここはやっぱり、ピンクとかじゃない?」
せっかくだから、ずっと不思議に思っていたことを聞いてみることにした。
「いや、そういう質問じゃなくて……まあ、いいか。これは、あれだ。男がピンクとか、恥ずかしくて着れるかっつの」
紅桃は微妙な顔であたしを見てから、しょうがないなというようにガリガリと頭を掻きながら、あたしの素朴な疑問に答えてくれた。
うん。分かってる。妖魔退治講習についての質問って意味だったんだよね? でもさ、ずっと、気になってたんだもん。
しかし、ピンクを着るのは恥ずかしいのに、紅桃なんて女の子可愛い名前で呼ばれるのは恥ずかしくないんだろうか?
そもそも、この名前はどこから来たんだ?
自分で考えたのか、それとも誰かにつけてもらったのか。
えーい、ついでだ。これも、聞いちゃえ!
「じゃあ、紅桃って名前は? 自分で考えたの?」
「………………」
紅桃は、気まずそうな顔で固まった。なんか、ギシッって音が聞こえてきそうな感じで。
「しょうがないだろ。女の……、魔法少女の名前なんて、急に思いつくかよ」
「う、うん?」
つまり、誰かにつけてもらったってこと?
月下さんかなー。それとも、夜咲花?
「だから、妹の名前を借りた」
「うん?」
「何度も言わせるなよ! 紅桃ってのは、本当は妹の名前なんだよ。しょうがないだろ、咄嗟だったし、それしか思いつかなかったんだよ!」
妹がいたのか。
あー、でも、だからか。夜咲花のあしらいとか、なんか慣れているっぽい感じがしたのは。
しかし、紅桃(仮)の妹の紅桃(本物)ちゃんか。どんな子なのか興味はあるけど、もう戻れない“地上(元の世界のことを、ここではそういうらしい。なんでかは、知らない)”のことを、どこまで聞いていいものやら分からないので、とりあえず今は流しておこう。
「あ、あー。ま、まあ、いいんじゃないかな。に、似合ってるし」
「嬉しくねーよ!」
褒めたつもりだったんだけど、紅桃は所謂、苦虫を嚙み潰したような顔ってヤツをした。
ところで苦虫って、どんなお味がするんだろうね?
「あー、もう。俺のことは、いいんだよ! 質問がそれだけなら、もう行くぞ!」
「へ? 行くって、どこへ?」
「決まってるだろ、妖魔のいるところだ。こんなところでゴチャゴチャ話してるよりも、実際にやってみる方が早いぜ!」
そう言ってニヤッと笑うと、紅桃はあたしの左の手首を掴んで走り出す。
え、ええ!?
ちょっと、待って!
ま、まだ、技名とか呪文とか、何にも考えてないよ!?
「もうちょっと、心の準備をさせてよーーー!?」
「準備なんて、いらん! 実戦あるのみだ!!」
紅桃に引っ張られるように走りながら、抗議の叫びを上げたけど。
もちろん、却下された。
うん。分かってた!




