第90話 幻の大地 その2
雪原に爆音が響く。雪が舞い散り、周囲の視界を悪くする。
『ッチィイッッッ!!』
闇魔法"吸魔"の維持が切れてミカンの全力を吸収しきれず
アスは吹き飛ばされた。しかしその勢いでヴァルハラナイトから距離を取る。
『"スーパースパーク”ッ!!』
発生の早い雷を放ち、ヴァルハラナイトに追い撃ちをかける。
『とりゃーッ!』
ミカンはさらに"ファイアバレット"や"アクアバレット"の乱れ撃ちだ。
『……ッ!』
ハドウに続き雷を受けはしたがヴァルハラナイトはミカンの弾幕を
"吸魔"を帯びさせた剣で薙ぎ払うことで無力化する。
『ミカン!』
『あい!』
ミカンが高速で回転しながら三属性のホーミングバレットを放つ。
かつて死霊龍でもやってのけたミカンの理不尽な弾幕だ。
『……』
しかし冷静にヴァルハラナイトは躱し、斬り飛ばし、吸収する。
そこにアスが飛び込んで来た。
『どうしたァッ!』
アスからヴァルハラナイトは距離を取ろうとする。
が、それをアスは神力をヴァルハラナイトの前方に
目掛けて放つことで邪魔建てしていく。
(再び吸魔とバインドによる拘束を警戒している……?
いや、火力に劣るミカンの魔法を受けてでも体力を回復するつもりか……!?)
アスは"気合法"と併用し、全身に竜の力を纏っていく。
"竜闘法"を発動させ、一気にヴァルハラナイトへと肉薄する。
急速に距離を詰めてきたアスにも反応するヴァルハラナイトだが
反撃するのではなくあくまでその動きを観察している。
アスは神力を纏った肉体で体当たりを仕掛ける。
ミカンのように器用ではないアスはスキルを二つ使うのが限界だ。
それゆえの、突進。
呪われた龍の眼がヴァルハラナイトの動きを凝視していた。
ヴァルハラナイトが剣を振るった、瞬間だった。
ミカンが割り込んで来た。
『!?』
「ッ!」
『むぅぅぅぅッッッ!』
"繭纏"がその剣の一撃で剥がれる。
繭纏は剥がれるまで、全てのダメージと状態異常を纏った繭が肩代わりする。
呪われ始めた繭から抜け出しつつミカンは
"吸魔"と"ダークバインド"……そこまではアスと同じ。
そこに"ファイアバインド"と"アクアバインド"も加わっていなければ。
『おいおいおいおい。アイツ四つくらい魔法使ってねえかッ!?』
『うーむ。神龍様でもないのに、あれほど同時発動を行えるとは……』
『私をなんだと思っているのだ?』
「息吹を八ヶ所同時に放つ怪物でしょー?」
『……お前には聞いていない』
『……アス……また無茶を……』
観戦組はもう自由である。
しかし三重の縛りと魔力吸収による妨害を受けたヴァルハラナイトは
ミカンと一瞬剣を奪い合う形になった。
当然地力に大きな差があるためミカンは押し負けて跳ね飛ばされたが、
その一瞬は、アスがヴァルハラナイトの懐に辿り着くには十分なものだった。
『これで、どうだァァァァァァッッッ!!』
「ッッ!!」
アスは頭部に神力を一点集中させた。
ヴァルハラナイトも信じられないほどの速度で剣を取り直し、振るった。
アスの左眼が剣の動きを捉えていた。
剣が、アスの頭へと振るわれる。否。
アスが剣へと頭突きをした。
神力の壁が、剣も、剣に宿る呪いも全て砕いた音がした……。
そのまま半回転しアスはヴァルハラナイトを後脚で蹴り飛ばした。
「……」
ヴァルハラナイトは受け身を取って地面に着地する。が。
『観念しろ』
『しろー。ゆきのいろもしろー』
アスとミカンが正面に立ち塞がった。……ミカンは場違いなことを言っているが。
「……」
ヴァルハラナイトは、首をわずかに動かし、首肯した。
『……』
アスが神力を纏った脚を近付けるが、ヴァルハラナイトは動かない。
そのまま優しくアスはヴァルハラナイトに触れる。
……やがて、緩やかにヴァルハラナイトは浄化され、消えていった。
【条件を満たしました。レベルが47から50に上昇しました】
……レベルが、上がったらしい。俺はともかくミカンはかなり上がったようだ。
そして、後方から拍手が響いた。
「いやー。中々良い勝負だったよー?」
『いや。相性が良かったのと、ミカンが手助けしてくれたおかげだ』
「謙遜しちゃってーもー」
『ミカンえらいー?』
『ああ、ミカンはえらいぞー魔王よりえらいぞー』
「ちょっとちょっと。魔王より偉いのは不味いんですけどー!」
『見事であったな。アス』
『無茶……しすぎだけど……ね』
『……すまん』
『あと……恥ずかしい自己主張は……しない方が良いと思う……』
『……それに関しては、アレだ。ハイになってたんだ』
アスは明後日の方向を向いて呟いた。無かったことにしたい。そう思いながら。
しかし、ヴァルハラナイトとの戦いで時間を喰ってしまったために
少し先に進んだところで日が暮れたらしい。
らしいというのは、空がどんより曇っていて分からないからだ。
ともかく、食事は俺とミカンが倒した魔物があるのでまだしも、
この環境で野宿は利口ではないだろう。正直言って寒い。
まず、フラードが元のサイズに戻り、中心を開けながらとぐろを巻く。
俺達はその中で眠る。フラードには悪いのだが、
吹雪等が起きた時の屋根代わりになってもらうということだ。
ただフラード自体も火魔法で常に発熱することで対処するというので
その提案に甘えることにした。
フラードのとぐろの中でもレッカが発熱することで温暖な環境になった。
うーむ。火魔法、思ったより器用なんだな……。
そのままその日は特に何事もなく一晩を明かし、次の日についに雪原を越えた。
「雪原を抜けてすぐ巨大山脈があるんだけどねー。
山を越えるのは時間が掛かるから洞窟を進む方が良いんだなーこれが」
魔王からは幻の大地について色々聞いている。
まずこの幻の大地は、大地というよりは大き目の島というのが正しいらしい。
島の周囲は例の霧で覆われていて外部から見ることはできない。
そして海岸から雪原にかけては"エリュシオン"という魔物が統治している。
あのヴァルハラナイトでさえエリュシオンの……ひいては魔王の配下だという。
そしてこれから入る洞窟は"エルドラド"という魔物が管理しているという。
因みに洞窟というよりも金鉱らしい……。魔物に金は必要なのだろうか……?
そして巨大山脈含めた山々は"ホウライ"という魔物の土地だという。
山々を越えれば、いよいよ世界樹が中心に悠然と佇む大森林だという。
そしてその大森林で、世界樹を守っているのが
以前魔王を輸送した光の龍シャングリラなのだとか。
「まあ、後は海の統括と、楽園最強の騎士がいるくらいかな」
『……最強の騎士』
「お、興味あるかい?ま、それは会ってからのお楽しみさ」
魔王はどうやらそれ以上話すつもりは今はないようだ。
俺も無理に聞き出そうとは思わないので、そのまま進む。
雪がチラつき始めている。急ぐべきではなかろうか。
……そういえば、ヴァルハラナイトを倒してから、魔物と会わなくなった。
やはり戦闘の余波で魔物達が逃げていったのだろうか?
普通なら、獲物のすぐ近くにあれだけ龍が固まっている時点で逃げ出すと思うが、
魔王が何かしているのか魔王含めアイツらは襲われている所を見ていない。
それどころかむしろ俺達が魔物に襲われているような……。
……はぁ。まあ、全部魔王のせいにしておこう。
「……君、なんか失礼なこと今考えたでしょー?」
『いんやー?何もー?』
白々しく嘘を付いて俺はミカンに顔をうずめた。
ミカンは不思議そうに俺の顔をその身で受けてくれた。
……咄嗟に顔を逸らす場所を考えて思いついたのがミカンって、
ちょっとヤバいかもしれない。が、ミカンの身体はヒンヤリぷるぷる。
ゼリーのような、ウォーターベッドのような……何というか、
とにかく熱いところで顔をうずめればそれは素晴らしいであろうモノだった。
『ミカンは俺の癒しだぁー』
『んー?そーお?』
『そーだぞーミカンー』
「いじけてダメ馬と化したね君」
『……私の胸を……貸すよ……?』
クロが提案してくれたが、流石に女性の胸に
顔をうずめるほど変態ではないのでやんわりと断った。
あえて言わないが馬の胸にどう顔をうずめればいいのか分からんし。
いや、そういう問題ではないのだけれども。
ミカン?性別不詳。いや、ミカンはミカンだ。異論は俺が許さん。
……すいません今更になって少し恥ずかしいのもあるんです皆勘弁して。
「ま、お馬さんがボケてる間にそろそろ、エルドラド金鉱が見えてきたけどね」
『ボケてはないぞ……。……あの洞窟が、金鉱?』
「そうだねー。龍達は通るのがギリギリになるだろうから、
お馬さんとミカンちゃんが先頭ね。……戦闘だけに」
『『『『『『『……………………』』』』』』』
「………………すいませんでした」
魔王は全員から冷めた目を向けられていた。
ミカンすら「えー何コイツ……」という雰囲気だ。
体感温度がさらに5度くらいマイナスされた雪原にはもういられない。
ついでに魔王の心なしか遠くを見ているような
顔も見ないようにする意味も込めて、
俺達はエルドラド金鉱へと走り始めたのだった。




