第8話 名付け
(名前…。名前かぁ…)
現在の俺は馬になってからはもちろん、
人間だったころの記憶も残っていない。つまり名前はないのだ。
俺はヤマタノオロチに伝える。
(いや、名前はないよ)
『……そうなのか。……ふむ。では私が付けてやろう!』
(えっ)
『そしてお前は私に名を付けよ。その方が友としての親睦も深められるだろう?』
ちょ、唐突だなおい。
急に名前を付けろ何て言われても……。
ヤマタノオロチ。……やーまーたーのーおーろーち。
……そういえばヤマタノオロチって、
洪水の化身って言われることもあるんだよな。
洪水……。洪水って、何ていうんだっけな?
フラァド。フレェド。……フラード。
……なんかちょっと違う気もするが、まあいいか……。
『お前は……そうだな。……ふむ。"アス"というのはどうだろう』
(こっちは"フラード"でどうだ?)
『ふむ。では私はフラード。お前はアス。良いな?』
(ああ。それで構わないよ)
アス、か。何だかちょっと可愛らしいような気もするがまあいいだろう。
そう思っていると、フラードが尻尾を差し出してくる。
『お前と、私の魔力を繋ぐ。脚を乗せよ』
名前を付けるのに、そんな大袈裟な行為がいるのか?
と聞くと、物凄く睨まれた。蛇睨みってあんな怖いのかよ!
めっちゃ背筋が冷えた。俺は大人しく脚を乗せた。
お互いの魔力が繋がり、互いの身体を循環していく。
『……我が名は神龍"ヤマタノオロチ"。我が神名において命ずる。
古より定められた契約の法に従い、今定める。
我が名を"フラード"とし、我が対等なる者の名を"アス"と命名する』
何やら難しいことを呟いているように思えたが、
不意に俺の魔力の一部がフラードに、
フラードの魔力が俺に一部取り込まれた気がした。
【条件を満たしました。称号「神龍の盟友」を獲得しました】
『……ふぅ。これで"名付けの契約"は完了だ』
(……名付けの……契約?)
『ああ。私の力を使い、契約したのだ。
お前と私の名前は互いの魂に刻まれ、この世界の新たな理として成立した』
え、何サラッと凄いこと言ってんの?
『…ふふふ。これで、私とアスは一心同体。
どれだけ離れていても探知できるし、どちらか一方が死ぬともう一方も死ぬぞ?』
俺はその説明を聞いて思わず噴き出した。
(……ちょっ!?お前何してくれちゃってんのッ!?)
『むぅ。利点も多いのだぞ?
……それに、お前は……だから、な……。』
後半はかなりのボソボソ声で聞き取れなかった。
それよりも、利点か。何があるんだ?
『利点は、先ほども言ったが離れた場所にいても
お互いの場所を探知できる。ある程度ならどういう状況かも理解できる』
マジかよ。いきなり凄いな。
……でも、こっそり離れて何かする、というようなことはかなりし辛くなるな。
する予定もないけど。
『それから、お互いにステータスに補正を与えることができる。
お前のステータスの一部を私のステータスとして。
私のステータスの一部をお前のステータスとして、な』
ステータスの補正か。それも有用だな。
フラードは地面に転がっている天叢雲剣を拾い上げて、飲み込んだ。
あ、そうやって仕舞うのね。……痛くないのかな。
すると、フラードは顔をしかめた。
やはり痛いのかと思ったが、違うらしい。
『天叢雲剣から感じる魔力が弱い。
これでは……この剣も私と同じようになっている可能性が高い』
何と日本では三種の神器と言われた剣が
フラードと同じように八等分されてるかもしれないらしい。
ここまで来ると勇者すげえな。できれば出会いたくはないものだ。
『……さて、アスよ。重ね重ね悪いのだが……。』
(どうしたんだ?)
『私の分裂体の封印を解くのと、分割された
私の懐剣を取り戻すことに手を貸してはくれないだろうか?
もちろん礼も何らかの形でするつもりだ』
(いや、礼なんていいよ。俺達はもう友達なんだろ?)
『……う、うむ。そうか、そうだな。
……ということは、手を貸してくれるのか?』
(当然。友達の頼み事だしな。)
『おお……。すまん。恩に着るぞ!』
そう言ってフラードは俺に絡みついてくる。
結構デカいけど、俺が馬だったおかげで絡みつかれてもどうにかなった。
人間とかなら確実に押し倒されてるわこれ。
そう思いながら、しばしの間俺はフラードに絡みつかれていたのであった……。