第74話 人間がやって来る
「ふう……」
一人の男が、何も着飾っていない
簡素な部屋の中で異国の紅茶を嗜んでいた。
「た、大変だ!大変だッ!!」
しかし、その穏やかな時間も終わりのようだ。
「どうしたんだ?お前がそこまで慌てるなんて、珍しいな」
「それが……聖女様が、倒れた……」
「……はあ?どういうことだ?」
「分からない。だが教皇様ですら治療出来ず、
未だに意識が戻らないらしい」
「……で、俺に匙が投げられたのか」
「……あ、ああ……教皇様の治癒魔法が効かない以上、
お前の神聖魔法しか、もう手はない」
「俺の魔法も別に万能じゃない。
死に至る病だったりしたら流石に完治は無理だぞ」
「……」
「それに俺には出兵の命が下ってたはずだ。
そっちはどうなったんだ?」
「あっ……それは取り止めらしい。
上は恐らく他国との優位より聖女様の命を取ったんだろう」
「……はぁ。つまり、俺に付きっきりで
看病しろってことか……」
「……まぁ、そういうことになるな」
「……アークゼットじゃダメか?」
「……ダメだろうな」
「……はぁ。分かった。行こう」
「それでいい。じゃなきゃ俺の首が胴とサヨナラしかねん」
「いくら何でもそこまでは……あるかもな……」
「あぁ……この国は……」
「おい。滅多な事を言うんじゃないぞ。
誰の耳に入るか、分かったもんじゃないんだからな」
「……そうだな」
男二人が部屋を後にする。
飲みかけていた紅茶は、すっかり冷めていた……。
『……デカイな……』
『貴様が小さいのだろう?』
『クライよ。我々龍と馬殿を比較するのは酷じゃ』
アスの目の前には、広大な青い風景、そして
三匹の龍の姿が映っていた。
そのうち一匹は火龍レッカ。火山で出会った龍だ。
黒色を主とした薄暗い色合いの龍が、"闇龍クライ"。
海にその身体のほとんどが浸かっており、
水色の鱗が眩しい龍が、"海龍アビス"だ。
『馬……アス。さっさとした方が良い。
我々龍が何匹も固まっていると目立つ』
『あぁ、分かった』
最早当たり前となりつつある、ウィズダムの
転移で龍達を連れて空島へと転移する。
『……ぬッ!』
『……ほう?』
アビスもクライも驚いたような声を
上げながら空島を見渡す。
『何だ?この蛾共は。邪魔だ』
『おいッ!やめておけッ!』
『ガハァッブッ!?』
クライが"息吹"を昆虫族達に向けて放とうとしたが、
レッカがクライの後頭部を薙ぎ払ったことで不発に終わった。
『……テメェ……何しやがる……』
『お前こそ何を考えている』
そのままレッカとクライが睨み合いになった。
『すまぬな。奴らはいつもああでな』
『……あー……そう……もうちょい早く言って欲しかったな……』
『それはすまん。ところで……』
『何だ?』
『ワシが入れる程の水辺は無いか?』
『…………作るよ。うん……』
アスは龍達をフラードの下に案内し、その場を後にした。
他にやることがあるのと、妙に居心地が悪かったからだ。
自分より遥かに長い時間を生きた龍四匹が
揃いも揃って号泣しながら昔話……。
それもマンティコアの一族を根絶やしにしただの、
人間の都市を消し飛ばしただの、物騒な話題が多い。
そして龍四匹の圧力に勝てない。
フラードの寝泊まりしているあの白い家の周りは
誰も彼もいなくなっていたのであった。
『ウィズダム。土地を弄れるか?』
『…………コノ指定サレタ土地ハ魔物ノ巣窟トナッテイマス』
『……そうなのか。どんな魔物なんだ?』
『……全テアンデットデ構成サレテイマス』
『あー……じゃあ、交渉は多分、無理だろうな。
…………掃討するしか、ないか』
とは言え、今は空島の大部分の魔物が出払っているので、
アスはやれる事が多くなかった。
空島の資料によれば、アンデットというのは
生前に強い未練や恨みを抱えた生命が、
周囲の魔力を元に動き出したものらしい。
ともかく、数が多いのであれば
自分だけで行くべきではないだろう。
そう考えたアスは地下施設を歩き回りながら
別の方法を考えることにした。
『ホログラフ防衛システム……バトルマシン……
うーん、ある意味アンデットみたいなヤツらだけど……時間がかかりそうだし……。
クロは地上に行ってるし……。
……まさかアダマンタイトに頼むわけにもいかないし……』
『……これは使いたくないなぁ』
"立体機動三連主砲"と彫られた機械を眺めながら呟いた。
『これもうただの兵器じゃん。ん?なになに……。
……自動操縦機能付き……』
『…………』
『……壊れてなければ使ってみるか……』
後に、空島の山の向こうで延々と爆発音がした。
と、昆虫達は語った。
一方、ミスリルやヒヒイロカネ、キラーアント達が掘った穴。
どうやらこの穴に望まぬ来訪者がやってきたようだ……。
「……確か、この辺りですね。情報通りであれば……」
軽鎧を纏い、息を潜めながら移動する一人の人間がいた。
「あーあ。首都のギルド勤務ってこういう時不便なんだなー。
高ランクの冒険者が基本いないし、人ばかり多くて……」
ブツブツと自分の職場に関する愚痴をこぼしながらも、
その動きに隙は無い。
この人間は、冒険者ギルドの受付嬢である。
ギルドの受付嬢というのは実はエリート集団と言える。
知識教養が深く、武勇もある。
その見識と戦闘技術を考えれば、冒険者のランクとしては
最低でもCランクになるだろう。新米の冒険者よりは遥かに上だ。
F~Dランクが多い帝都の冒険者とは比較にならないのだ。
そんなギルドの受付嬢が、わざわざこんな
帝都郊外の森の奥へとやってきたのはもちろん理由がある。
最近帝都周辺に出没しているという正体不明の魔物の調査である。
国の首都である帝都に強さも能力も不明の魔物がいる、
というのは大きな不安の種となる。
出来るだけ早く正体を暴くのが好ましいだろう、という判断から
この受付嬢が派遣されたのだ。
「……さて……」
彼女は自身の気配や匂い、音を遮断できる魔道具を起動しながら
静かに移動していく。姿まで隠せるわけではないため、
魔物に見つからないようにするためだ。
「……これは……無数の魔物の足跡……。
形状的に虫型の魔物でしょうか。……これは、大型の魔物の足跡?
小さめのもありますが……これは、不味いですね」
様々な種類の魔物の足跡がある。それはつまり、
この足跡の主である様々な魔物が、
この周辺にいる、ということになる。
よりによって、帝都近辺に。
「不味いですよ……。……この魔物達はどこに?」
受付嬢は周囲に気を配りながら足跡をつけていく。
少し進んだ途中で足跡は茂みに隠れて見えなくなっていた。
「……これは」
受付嬢が茂みを抜けると、足跡が忽然と消えていた。
よく地面を見てみると、足跡が出来たところに土を被せた跡がみられる。
「……どうやら、それなりに知恵が回る魔物であるようですね……」
そうなると厄介だ。と彼女は思った。
考えなしに突っ込むような魔物とは話が変わってくるからだ。
こうなると魔物のランクはD……以上、というところだろうか?
「これ以上進むのは、危険かもしれませんね……」
彼女は一旦引き上げ、報告に戻ろうと後方を振り向いた時だった。
「……ッ!」
目の前で、何かが浮いていた。
(……魔物ッ!?)
彼女がそう思った時、不意に浮遊している何かに
表情のような穴が浮かぶ。
ぽっかり顔の表情をした後、両目の位置にある穴が細められた。
『……ニンゲン、だよね?』
「!」
完全に気付いている。彼女は思わず心の中で舌打ちをした。
この魔物は宙に浮いている。それでは足跡なんて出来ようがない。
とんでもない見過ごしをしてしまった。と思わずにはいられなかった。
……だが、同時にこうも思った。
この魔物、今までに一度も見たことがない、と。
そして、ふと周囲を見ると、いつの間にか
周りが大きな蟻の魔物……キラーアントに囲まれていたことに気付いた。
「……万事休す……ですか……」
空島でアスが兵器でアンデットを掃除して
数日後の事である。
神獣の力を持つフラード、クロと共に
土地の浄化作業に追われていた時であった。
ウィズダムがミカン達からの情報を、
緊急の要件と判断し、アスに伝えた。
『……え?何?今土地の整備で忙しいんだけど?
…………何?人間が、やって来たァ……?
……分かった。すぐ行く』
そして、人間がやって来たという事態を、
アスは当然重く見るのだった……。




