4.俺とJKと新入社員
―――やばい、急がなきゃ!―――
大川千尋は走っている。
今日から新しい会社で勤める。
初日に遅刻なんてあってはいけない。
駅の階段を周りの人が驚くぐらい早いペースで降りていく。
―――こんなに遅れるはずじゃなかったのに!―――
必死で大川千尋は階段を降り、改札を出てまた走る。
***
大川千尋は悠志や鈴鹿と同じ駅、古河から電車に乗る。
そこから電車で15分の小山に会社はある。
彼女は悠志や鈴鹿が乗った電車に同じく乗る予定だった。
しかし、新しい職場でのオフィスラブやらを妄想していたら乗り忘れて電車は目の前を通過。
――まぁ、まだ会社の始業まで時間は一時間はあるし間に合うよね。―――
そう思い、5分後に来た次の電車に乗った。
しかし、この車内で事は起きる。
電車は順調に進み、次の駅が降りる駅だ。
満員電車の中少しソワソワしている彼女。
そこで急に電車が急停車した。
「んっ?!」
よろけてしまい、倒れそうになる。
幸い、満員電車ということで前の人にもたれ掛かるかたちになる。
「す、すいません……。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
もたれ掛かってしまった相手に謝罪する。
相手はスーツ姿のサラリーマン……ではなく、金色に近い茶髪でデニムのジャケットに黒のマフラーを巻いたおしゃれな男性。
通勤ラッシュの中には珍しい人もいるものなんだなぁ……。
周囲からも「すいません。」などの声がよく聞こえる。
そこに車内アナウンスが入る。
「車内のお客様にご連絡いたします。先ほど、この先の線路で人身事故が起きたため急停車いたしました。お急ぎのかたにはご迷惑をおかけしますが、しばらくお待ちください。」
大川千尋は腕時計を見る。
現在の時刻は8時45分。
会社の始業は9時30分。
――― 間に合う間に合う……。―――
自分の心に言い聞かせ、窓の外の景色をぼおっと見ている。
結局、電車が動いたのは9時15分。
電車が駅につくや否や、大川千尋はヒールで走るはめになる。
大川千尋が電車内でもたれ掛かった、チャラそうな男性。
彼も、大川千尋が降りた駅と同じ駅でおりていた。
人混みを避けるように器用に歩いて通路の端による。
ポケットからスマホを取り出すとある人物に電話をかけた。
「もしもし悠志?今夜飲みに行ける?いや、行くぞ。6時に駅な。」
****
「暇っすね……。」
コーヒーを背もたれに寄っ掛かりながら飲む男。
目線の先はパソコンに表示されているネットニュースの経済面。
「いやいや、そのニュース見ながら言う?」
男の隣のデスクから声を掛ける女。
女もリラックスしており足をくみ、頬杖をつきながらスマホを見ている。
「近くの市の大企業の経理が横領って言われましてもね。」
「うちらも疑われんじゃね?」
「先輩は疑われなそうっす。」
「あ、マジで?真面目そうだから?さすが長江くん分かってる☆」
「先月の先輩のミスをフォローしたの誰でしたっけ。」
「すいませ~ん。」
テヘペロをアラサーがやると痛いっす。
そう返そうとした長江悠志だが、今後のために口を閉じた。
だらだらしているうちに始業時間になり、やる気のない会社員二人も仕事をはじめた。
あ~眠い、帰りたい!!くそ!!
不満を頭のなかで流しながら、黙々とパソコンとにらめっこしている。
何でこんなもん企画部は買ったんだよ……。
他の部署の不満がたまる仕事だ。
俺が勤めている会社はそこそこでかく大企業の分類にはいるから物の流れは早い。
けどさ、けどさ……?
その物とお金の流れをまとめる身にもなってくれよ……。
0のキーを押しすぎて金額が1000万になる。
チッ。
小さく舌打ちして消すキーを押している。
そこに熊のような体格をした上司が来た。
「新渡くんと長江くん。ちょっといいかい?」
「なんですかー?」
隣のデスクの始業まで死んでいた新渡先輩が生き生きと返す。
「近くの市でさ、横領事件あったじゃん?それで、不正がないように確認を他の部署の人がすることになってね……。」
「はぁ。」
「けどさ、大学で経済とか学んできた人が他の部署の人には少ないんだよね。」
「ハイハイ。」
「それで、今日から事務に来た新人さんがいるのね。その方にやってもらおうと思うからよろしくね。その方には君ら二人が作成した表とか仕訳帳、全部見てもらうから把握よろしく~。」
親指をたててグッドマークを作った上司が去っていった。
「マジかよめんどくさ!!」
新渡先輩は本音をすぐに出した。
「まぁ、一時的なものですよね。」
「そうだけどなぁ。」
「大川さん、ですよね。」
「名前覚えたのか、すごいな。」
「声優と同じ名字ですので。」
「絶句だわ。」
新渡先輩はオタクへのイメージは悪くないらしい。だからといっていいわけでもなく。
そのため少し雑に扱われる。
まぁ、年上の色気むんむんのお姉さま()に雑に扱われるの嫌いではないけどね?!
ピロロロピロロロ。
妄想をしながら作業していたらスマホがなった。
「そろそろ休憩時間だし、出れば?」
目線はパソコンのまま新渡先輩が言う。
うっす、と短い返事をして廊下に出る。
「もしもし?」
『悠志さん?』
電話の相手は鈴鹿だ。
鈴鹿からの電話は珍しい。
「どうした、こんな昼間に。」
『い、今……』
電話越しだが、うっすらとわかる。
「鈴鹿さん?」
「……はい。」
「お前さ、俺のジャケットのポケットの中に盗聴器入れてあるだろ。」
向こうからの応答がない。
当たりだな。
俺は普段、ジャケットのポケットは使わない。
だからなにも物はポケットに入っていないはず。
しかし、ふと作業中に違和感を感じポケットに手を伸ばそうとしたら上司に声をかけられたのだ。
「鈴鹿さん??おーい。」
『悠志さんがいけないのですよ浮気者ーーーーー!!』
『どうせ!美人先輩に罵られたいとかやかましいことを考えているのでしょう!!
悠志さんは私だけを見てればいいのですよ!!』
耳がキーンとしそうなボリュームで愛の告白(?)を受けとる。
耳が痛い。
「とりあえず盗聴器は鞄の中に入れておくから無駄だぞ。」
『え、ちょっ、』
「あと今日は友達と飲みにいくから家には来なくていいぞ。明日の朝飯もコンビニで買うし、昼も外食にするから。
また明日の夜に来たいなら来てくれ。」
『え、え、え、悠志さ』ブチッ。
一方的に通話を切る。
その後、勤務に戻り昼休憩の時にスマホを開いたら鈴鹿からのメッセージが分刻みで来ていた。その数564件。
『授業は真面目に受けろ。』
そう一言だけ返してスマホのbアニメストアで学園バトルもののアニメを見ながら鈴鹿が作ってくれたお弁当を食した。
「そういえば長江聞いた?
「聞いてないです。」
「事務に今日から転職してきた大川ちゃん、さっそく遅刻したらしいよ。」
「ほへぇ。」
「めっちゃ気抜けてんな。」
「いや、興味ないんで。」
「一応うちらの作ったやつチェック入れる人なんだから関心持てよ。」
「二次元の女の子なら関心持てます。」
「黙れ。」
午後の業務をこなしながらベラベラと話す俺と先輩。
いい忘れていたが俺と先輩は経理のなかでも同じチームである。
そのため作業用のデスクも隣。
ベラベラと話していても、同じチームということで特に怒られない。
他のチームもそんな雰囲気。
経理の部長も、『ミスなく仕事をしてくれているのだから……。』と大きなミスがなければ怒らない人なので大丈夫。
午前中、俺と先輩に他の部署の人が仕事をチェックすることを伝えに来てくれた熊のような上司ものんびりお茶を飲みながら仕事をしてる。
お金に関する部署ということで人事も慎重に高成績でミスの少なく信頼感があるものを選んだ。
新渡先輩がミスがないと言うと嘘になるが。
「今なんか失礼なこと考えてなかった?」
「気のせいでっすよー。」
「今度の飲み会で奢ってもらおうかしら。」
「すいませんでしたぁ。」
「くっそむかつく後輩だな。」
「うふふふふふふふふ(謎)」
新渡先輩とは俺が入社したときからの付き合いなので、話してて楽しい。
スマホの着信音がなったけど聞かなかったことにして作業に戻る。
あと一時間、あと一時間……。
あと一時間で勤務時間が終わる。
残業はやりたくないので今日提出分の書類を必死にパソコンで打ち込んでは印刷してる。
「あのー、すいません……。」
ふいに後ろから声をかけられた。
新渡先輩とか会社で知ってる人とは違う声。
声優好きだから声には厳しいのだ。
振り返るとそこには2次元から飛び出てきたような女性がいた。
髪は柔らかいブラウン色でふんわりとしていて胸の位置ぐらいまでの長さ。
背丈は平均ぐらいかな。……胸は結構ある。
「私、本日より事務にて勤務することになりました大川千尋と申します。また、こちらのチームで作成された書類などをチェックする担当になりました。新人ですので頼りないと思いますがよろしくお願いいたします。」
深々と頭をさげてくれた。
「長江悠志です。よろしくお願いします……。僕と同じチームにはあと新渡先輩がいるのですが現在不在で……。」
隣のデスクの新渡先輩は15分ぐらい前から別の部署と何かの会議かなんかで席をはずしている。
「あ、新渡先輩には既にご挨拶済みです!」
「そうなんだ、はやいね。」
「実は高校がおなじなんです。年齢は離れてるのですが新渡先輩はOGとして後輩の私にご指導してくれていました。」
「なんて縁だ。すごいね。ちなみになんの部活?」
「吹奏楽です~。フルートやってました!」
「うわ~新渡先輩が吹奏楽とか想像つかないわ(笑)」
「あっ……、後ろ……!」
そこには鬼のような形相をした新渡先輩がいた……。
*******
「がっはっはっはっ。」
地元の居酒屋。
高校からの友人で美容師の幡多間和人と仕事終わりに飲みに来た。
金色に近い茶髪で、サラリーマンではないのでオシャレなジャケットにじゃらじゃらと重そうなチェーンをつけたジーパン姿。一見、ホストのようだ。
そんな彼と今日あった出来事を話していた。
「お前、先輩が戻ってくるかもしれないのによく言えたよな。」
「どうせ会議だし長引くと思ったんだよ。」
「こんな時期に入る新人さんも珍しいよな~。」
「けど電車が途中で人身事故で止まって遅れたらしい。初日から災難だよな。」
「それ俺も乗ってたわ。」
「まじすかぱいせん。」
「そしたら電車が急停車した時に新卒ぐらいの女の子が俺にぶつかっちゃってさ。その子、わざわざ謝ってきたよ。」
「なにその今時いなそうな二次元キャラ。」
「そういえばこの前かしたエロゲ返せよ。」
「いや、今なんかさストーカーJKが入り浸っててできる時間が……。」
「ストーカーJKとは。」
あ、話してなかったわ。
和人はそこそこ付き合い長い訳だし、話してもいいよな。
はじめて、鈴鹿とのことを他人に話した。
聞き終えた和人は険しい顔をしてた。
「うーん。」
「ど、どうした??」
「いやー、俺もストーカーか分からないんだけどさ最近跡つけられてるんだよな。」
「は??!」
「先週ぐらいかな、中学生の女の子に縮毛矯正かけてあげたんだよ。んで、縮毛矯正って結構時間かかるわけで。その間、ずっとその子の担当してて終わってから名刺渡したら毎日のように……。」
急に肩をがっくりと落として和人は続けた。
「毎日のように電話が来てさ……。名刺にはアドレス書いてないはずなのにメールまでくるし。しまいには……」
「住んでる部屋の前に謎の紙袋。開けてみると手作りのクッキー。」
「それは死にますね旦那。」
「近所に野良犬多い公園あるから、そこであげてきた……。」
「まぁ、今日はそんなことも忘れて飲もうぜ……。」
「おう……。」
和人もまさかのストーカー(?)になやんでるなんて。
世界は狭いな……。
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うわあああああ緊張した。
初めての出社で遅刻するし……何より……。
大川千尋は初仕事を無事に終え、住んでる部屋でリラックスしている。
読みかけの本に目線をおとし、ハーブティーをすする。
けど彼女の頭に本の内容はほとんど入ってこなかった。
「……長江さん。かっこよかったな……。」
彼女がボソッと呟いた。
近くにおいてあったスマホの通知を知らせるランプが点滅している。
ハーブティーを置き、スマホを手に取る。
ロック画面からホーム画面にスマホが切り替わる。
大川千尋のスマホのホーム画面の画像。
それは、目線のあっていない長江悠志の写真だった。