パンはパンでも食べられない最強武装フランスパン
今、私は強者の殺気を放つ男と対峙していた。
この国で最強の武器そして、最強の鍛治職人を決める戦いに私は参加している。
おそらく、私とこの男の闘いが百人の鍛治職人たちにより繰り広げてきた長い争いの最後の一戦となるだろう。
男は全身を鋼鉄の鎧で覆い、その手には余計な装飾などなく、ただ相手を破壊する事だけを考えた巨大なハンマーが握られている。
私と男との間にはこの長き戦いを勝ち抜き、数々の修羅場を乗り越えてきた者だけが感じられる空気が流れている。
男はゆっくりとその巨大なハンマーを持ち上げ上段で構えた。緊張が走る。対する私は調理服を翻し奴の目に向けフランスパンを正眼で構える。
そう、私はパン職人だ。決して鍛治職人ではない。
私は三十二のときに脱サラした。敬愛するパン職人の親方のもと十年間修行し、やっと念願だった自分の店が持つことができた。四苦八苦あったものの私の自慢のフランスパンが好評をよび店の経営も波に乗にのってきいた。そう、これからだっていうときだった。
私はいつものように店に出すパンの仕込みを行なっていた。フランスパンの生地を入れようと釜を開けたとき私は急に釜の中に吸い込まれた。
それから私はこの、訳のわからない世界にいる。
なんでも最強の鍛治職人を決める戦いを勝ち抜かせるために異世界召喚なるもので呼び出されたらしい。
ふざけるな。そんなくだらない戦いに参加などするものか。
そう思った。しかし運命は残酷なもので、私は魂の隷属なる呪いをかけらていた。
戦わなければ死ぬ。単純だが、絶対的な脅し。
脱サラしたときにも黙って付いてきた妻。つらい修行時代にも励ましてくれた妻。私の夢をずっと支えていてくれた妻。
やっと恩返しができる。そう思っていた。
だから、私はこんな訳のわからない所で死ぬわけにはいかない。
しかし、私はパン職人だ。金属の加工はもちろん、鉄を鍛える鎚すらもったことはない。
半ばヤケクソだった私はガチガチに硬いフランスパンを焼いた。
不思議な事に私が焼いたフランスパンは岩を砕き、鉄を穿つことができた。
それから私の長い闘いがはじまった。
私は、人を殴るためにフランスパンを焼いていたわけじゃない、食べてくれた人を笑顔をにするために焼いていたんだ。と葛藤する日もあった。
闘いの中で友情が芽生え仲間もできた。そして、その仲間との別れも・・・・
色々なものを乗り越え私は今ここに立っている。
「来ないなら、こちらから行くぞ」
男は距離を一気に詰め、私の脳天をめがけてハンマーを振り下ろした。私はその一撃をフランスパンで受け止めた。
「バカめ、貴様のそのふざけたフランスパンなど我のハンマーで打ち砕いてやるわ」
腕に衝撃が走る。しかし、私は愛する妻の為にも、散っていった仲間のためにも負けるわけにはいかない。私は渾身の力で奴のハンマーを打ち払った。
「バカな!」
「フランスパンは砕けない。なぜなら、中はふんわりしているからな!」
私は、がら空きになった奴の胴に向けフランスパンの一撃を放つ。フランスパンは男の鎧ごと体を貫いた。
勝った。私はこの戦いを勝ち抜いた。
男からフランスパン抜くと私はそれを天高く掲げ勝利の雄叫びをあげた。
その手に持つフランスパンは食すには余りにも血を吸い過ぎてしまっていた。