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「ありがとうございました」
よく晴れた空と違い、『義体装備屋・ジルレイン』の店内はやっぱり暗くて地味だった。
妹のカリナを助けてから数日、カリナの体調がよくなってきたからようやく来ることができた。地震の影響で壊れた道路や壁を復旧するのに、街中が慌ただしかった。
マルナの義手も無理をしたせいか、すこし軋んでいる。
不愛想なオヤジは義手をちらりと一瞥して、にこりとも笑わずに奥のベッドを指さした。
マルナがベッドに座るやいなやすぐに義手のメンテナンスを始めるオヤジ。
なにも言わないその横顔は、コワモテだけどすこし優しく見えた。
「……あのジルレインさん」
「なんだ」
「僕の魔法回路、どうしてわかったんです?」
魔法を使うためには、人体と義手の回路が繋がっていないと発動しない。
考えればすぐにわかることだけど、失念していた。
ジルレインはちらりとテーブルを一瞥する。
「……ボウズの友人のお嬢ちゃんだ」
テーブルの上には、腕の断面図や人体図が細かく書かれた紙があった。マルナの身長・体重・魔法回路の場所や太さまでビッシリと事細かく。
身長や体重を教えたこともなければ、自分の魔法回路がどこをどう通っているのかなんて知らなかった。
「防具を造る依頼を受けたあとに持ってきた。あのお嬢ちゃんは珍しい魔法使いだな。それに、珍しい性格も」
どこをどう守ればマルナにとっていいのか、なども書き込まれていた。
ミレイの心遣いがあってこその義手だったのか。
「ミレイにも、ちゃんとお礼言わないと」
彼女はまだ病院だろうか。命に別状はないらしいから、まだ入院してるのなら見舞いにも行こう。
いままで自分のことばっかり考えていて、すこし恥ずかしくなった。
ジルレインがメンテナンスを終えると、マルナは頭を下げた。
「これからは無理しないように使います」
「ほほう。できるのか?」
「はい。約束します」
靴磨きにしかなるべく使わないようにしよう。
慣れない左手を使って、日常生活を送る。
ここまでしてもらってるんだ。無理に壊してまた診てもらうなんてそんな迷惑、これ以上かけたくなかった。
だがジルレインはため息を吐き、肩をすくめた。
「それこそ無理だ」
ジルレインが差し出したのは一枚の手紙。
「俺の友人から、伝言だ」
「ジルレインさんの……?」
手紙に目を落とす。
そこに書かれていたのは騎士長の名前。
マルナの支援をしてくれていた恩人の名前だった。
文章は短かった。
『きちんと授業を受けろ。騎士団で待っている』
……まだ見捨てられてなかった。
ほとんど魔法が使えなくなったのに。
学校にも行かなかったのに。
「期待に応えてやれよ、ボウズ」
「……はい!」
マルナの目から涙がこぼれた。
こみあげてきた嗚咽は止められなくて。
でも、震える背中はジルレインがそっと撫でてくれた。
マルナは黒く輝く義手を、ぎゅっと握りしめる。
魔法はほとんど使えなくなったけれど。
この右手には、世界一の義手がある。
これは、クロガネの腕を持つ魔法使いの物語だ――
終わりです。
ありがとうございました。