8
「カリナ!」
繁華街から離れた住宅地の端。
その一角にマルナの家はあった。
古い木造屋で、石の柱なんて上等なものはない。
ただ組み木で支えてるだけの構造だ。
強い地震に耐えられる――そんな淡い希望は砕かれていた。
「カリナ!」
瓦礫だった。
家は崩れ、屋根が地面に落ちていた。
壁も柱も倒れてしまっていて、無残だった。
「どこだ! カリナ!」
カリナは家から出ていないはずだ。大人しく帰りを待っていたはず。
瓦礫をどけながら、カリナを探す。
「カリナ……いるなら返事してくれカリナ!」
「お……にい……ちゃん」
か細い声が聞こえた。
ハッとして、身をかがめる。
屋根の下の奥に、カリナが挟まれていた。
「大丈夫か!」
「痛いよぅ……おにいちゃん」
声が弱い。
体を屋根に挟まれて、腰のあたりに大きな梁木が乗っている。そこに別の梁木も重なっていた。
「待ってろ! いま助けてやるからな!」
マルナも身をかがめて屋根に下に潜り込む。
隙間に体をねじ込ませて、カリナのすぐ近くまで寄る。
「……こいつか」
カリナの腰の上に乗っている木。こいつが邪魔だ。
マルナはその木に触れ、
「求めるは凍結・〝銀炎〟」
木を固定し、カリナの体を引き抜こうとした。
だが完全に挟まれてしまっているようで、ビクともしない。
「なら紫炎で……」
木を薄い形に変換すれば、と考えたがすぐに手を止める。
だめだ。
複雑に木が入り組んで。その上に別の木が乗っているんだ。すこしでも動かすとうまく上に乗っている木々が崩れてしまうだろう。その重圧の変化に、カリナが耐えられるとは思えない。
白炎で燃やそうとしても同じこと。
カリナを巻き込んでしまう。
ダメだ。
どうすればいい。
「……こんなとき、前みたいに使えてれば……」
そう考えかけてしまう。
励ますために、泣きそうな顔のカリナの頬を撫でる右手。
それが武骨な金属じゃなくて自分の手だったら。
そう思ってしまう。
「……ちがう……」
もし魔法がいままでのように使えたとしても。
このカリナを救うような魔法は使えなかっただろう。
なにが世界最高峰の魔法だ。
なにが最強の炎魔法だ。
マルナは弱かった。
いまも弱いままだった。
なんでも魔法に頼って、なんでも魔法でできると思っていた。
だから、失ったときになにも見えなくなってしまったんだ。
カリナのことも。
自分のことも。
義体屋のオヤジのことも。
「……それじゃあダメだ」
マルナは腕に力を込める。
魔法じゃない。
いま必要なのは魔法じゃない。
カリナを守る力だ。
「おお……おおお!」
マルナは義手に力を込める。
骨が軋む。
痛みが襲う。
たとえ少ししか魔法が使えなくても、この腕は自分の腕だ。
自分で動かして、自分で使える自分の腕だ。
「おおあああ!」
カリナの体に圧しかかる木を持ち、ゆっくりと。
ゆっくりと持ち上げる。
重い。
でもこの腕は強いはずだ。
すこし加減を間違えただけで、マグカップを軽く割ってしまうほどの力があるはずだ。
魔法で守れなくても。
この腕で、守ってみせる。
「――あああああッ!」
マルナは叫んだ。
いままの人生で初めて、心の底から叫んだ瞬間だった。