7
「今日も靴磨き?」
「うん。行ってきます」
小さな古屋の扉を開けて、街道に出る。
街は賑わっている。
マルナが腕を失おうが関係なく、世界は変わらない。
誰もマルナを見なくなった。
ただそれだけのことだ。
そう考えれば多少、気が楽になった。
「……いらっしゃい」
右手に手袋をつけ、靴を磨く。
なにも考えず、なにも思わず、淡々と黙々と。
時間さえも体の外に放り出すように、ひたすらに仕事に従事する。
わずかばかりの金を得て、安いパンと腐りかけの野菜を買う。そんな生活を繰り返していた。
ぐぅ、と腹の虫が鳴った。
井戸で汲んできた水を飲んで誤魔化す。妹の分だけでも食費はギリギリだった。
「――それであの義体屋のオッサン、魔法使えないんだろ?」
ふと、会話が聞こえてきて顔を上げる。
靴磨きに来た男がふたり、世間話に興じていた。
聞き耳を立てながらマルナは手を動かす。
「違うって。あのオッサン、足が速くなる魔法の使い手だったらしい。騎士長様と互角の腕だったらしいぞ」
「足? ああ、だから引退したのか」
「まあな。走れなくなりゃ速くても関係ねえ」
……そうだったのか。
男たちは雑談のなかで義体屋のオヤジを笑っていた。魔法が使えなくなった魔法騎士を笑っていた。
ぐっと布を握りしめて、マルナは靴を磨き続けた。
マルナは男たちが帰ってからも、義体屋のオヤジのことを考えていた。
義体屋のオヤジは、義体職人のことを『こんな仕事』と蔑んでいた。決して稼ぎがいいわけでもないのだろう。決して楽な仕事じゃないんだろう。
もしさっきの男たちの会話が本当なんだとしたら、それでも彼が義体をつくる理由がすこし分かった気がした。
魔法を使えなくなったマルナの腕に、少しでも魔法を使える手をつけてくれた理由も。
「……謝らないと」
日が暮れ、仕事が終わった。
あした義体屋のオヤジのところに行こう。
そう考えたときだった。
「地震だー!」
街の高台にある鐘がカンカンと鳴った。
その直後、大きな振動が街を襲った。
まともに立っていられないくらいの強い揺れだった。
マルナは地面にかがみ、周囲を見回す。
近くの露店の柱が崩れ、その屋根がそばにいた老婦に落ちてくる。
「求めるは凍結・〝銀炎〟!」
とっさに触れる。
落下中の屋根は空中でピタリと停止する。
だが、感覚でわかる。この魔法も弱体化してしまった。保って数秒だ。
「こっちに!」
腕を引いて屋根の下から移動すると、屋根は音をたてて崩れ落ちた。
老婦は胸をおさえながらマルナに感謝の言葉をつげてきた。
それどころじゃない。
まだ揺れが続くなか、マルナは走り出した。
家は――カリナは無事なのか。
ただそれだけを思って、家へと急いだ。