5
義体装備屋の工房の奥には、大きなベッドがあった。
まえに腕の採寸をしたとき、なんでこんなところにベッドがあるのか気になっていた。その答えを、マルナは自分で横になって初めて知った。
「肘まで固定する。動くな」
そうは言われてもベルトで縛り付けられて、動こうにも動けない。
心配そうな顔で妹のカリナが見守るなか、義体屋の男はマルナの腕を眺める。肘のすこし先で途絶えた腕。マルナはまだ自分のソレを直視できず、目を背けていた。
「かなり痛むが、男なら耐えろよ」
義体屋のオヤジは丸い金属の金具を、マルナの腕の切断面のすぐそばに腕輪のようにして装着すると、
「歯ァ食いしばれ」
ガジャゴン、と細いボルトを皮膚に打ち込んだ。
皮膚にじゃない。
骨にだった。
「~~~~ッ!!」
激痛が腕に走る。
声にならない声が漏れた。
拷問のような痛みが、一回、二回、三回と腕に打ち込まれた。
「なるべく神経は避けてる。麻酔すると後が大変なんだ。我慢しろボウズ」
「が……あっ……!」
義体屋のオヤジは、近くにあった布をマルナの口に突っ込んだ。
マルナは痛みに涙を浮かべながら、布を噛んで耐える。
ちら、と視界の端でカリナが顔を青ざめていた。
カリナの手前。
文句の一つや二つ言いたかったが、気絶するわけにはいかなかった。
マルナは額に汗をにじませながら、ベッドの上で天井を睨みつける。
「そうだ。その調子だ」
義体屋のオヤジがボルトを打ち込み、そのあと義手を抱えてもってきた。
腕に固定した接合部分をしばらくいじくりまわしてから、黒く鈍色に輝く義手をマルナの目の前に掲げた。
「おまえの腕だ」
その義手を、接合部分に合わせると、一気に押し込む。
金属が擦れる音、焦げた匂い、痛みが同時にやってきた。
骨の中からハンマーで殴られたような激痛だった。
でも、声には出さずに堪える。
「これでいい。すこし馴染むまで待つ」
マルナは自分の肘の先についた黒い金属手を、どこか夢のような気分で眺めた。
―――――
「これで仕上げだ」
義手の内部をいじりまわしていた手を止めて、オヤジはようやく息をついた。
じんと擦れるような痛みは続いていた。
激痛こそないがかなりの違和感。
自分の肘の先に、重りがついているような感覚だった。
「動かしてみろ」
固定していたベルトを外されると、マルナはゆっくりと上体を起こす。
腕を動かしてみる。やっぱり重い。
緊張しながら、指を動かしてみる。
「……動いた」
思ったより、しっかりと動いた。
親指からそれぞれの指を順番に動かす。動く幅はわずかに狭かったが、思った通りに指先が動いた。神経に接続した結合部も、さっきよりかなり痛みも引いて楽になっていた。
「それ、掴んでみろ」
オヤジはテーブルの上に置いてあったマグカップを指さした。
マルナはマグカップをうまく手で掴んで――
バリンッ!
と、マグカップが割れた。
掴んだ感触はさすがにないから、力加減が難しい。
「……すみません」
「上出来だ」
オヤジは喜びも悲しみもしなかった。
仏頂面のまましっしっと手を払った。
まるでもう用はないと言わんばかりの態度だった。
「あ……でも、お金……」
「いらん。俺が好きでやったことだ。それより、ある程度慣れたらまた来い」
オヤジはもうマルナのことなんて見てなかった。
すでに別の義手を組み立てる作業に移っていた。
愛想のないオヤジだ。感謝も受け取る気はなさそうだった。
マルナとカリナは頭を下げて、工房を後にした。
店を出たとき、日はすでに暮れていた。