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 目が覚めたのは病院だった。



 自分の家より清潔で広い病室からは、石造りの街並が見下ろせる。

 王立病院は小高い丘に建っていて、妹のカリナがよく世話になっていた。

 この眺めは珍しくもなんともなかった。


 見慣れた景色。

 ただ違うのは、マルナ自身が病室にいることだ。


「お兄ちゃん……」


 カリナが心配そうに手を握ってくる。

 残った左手を握ってくる。


 マルナは呆然と、ただ茫然とするだけだった。


 右腕の肘から先が途切れていた。

 手を動かそうとしても、なにもない。

 動かない。

 感覚ももちろんない。


「う……あ……」


 目が覚めてから、マルナは何度も動かそうとした。

 存在しなくなった右手を。


 だけど腕は失くなっていて。

 魔法も使えなくなっていて。


 その現実がマルナの目に突きつけられる。


 魔法が使えない。

 若くして世界一と言われた炎の魔法が。


 魔法騎士になる夢も。

 妹を楽に生きさせてやる夢も。

 ただいま、と頭を撫でてやるためのてのひらも。


 すべて、失ってしまった。


「ううう……あああああ……っ」


 マルナは三日間、泣き続けた。






 火薬を積んでいた馬車だと聞いたのは、それから数日が経った頃だった。


 調査兵からその話を聞いたとき、マルナはそれがどうしたとしか思えなかった。

 火薬を運ぶ馬車馬が興奮して、それをマルナが止めた。でもその拍子に火薬が爆発してすべてを吹き飛ばした。ミレイも怪我を負ってまだまともに歩けない状態で、ふたりとも死ななかったのはむしろ幸運だ。マルナとミレイには馬車業者からの保険金が下りるけど、火薬を爆発させたのはマルナが魔法を使ったせいだから、マルナへの保険金はかなり少なくなる。


 そんなことを言われても、マルナにはどうでもよかった。

 もう魔法も使えないんじゃ騎士になれない。

 まともに仕事にも就けないだろう。

 妹のカリナとふたり、これから路頭に迷うのだろうから。


「カリナががんばるから……だからそんな顔しないでお兄ちゃん」


 調査兵が帰ったあと、すぐにカリナがマルナを抱きしめる。

 暖かい体温と言葉。

 だけど、体の弱いカリナに無理はさせられなかった。

 それだけはできなかった。

 

 大丈夫、と力なく微笑んだマルナ。

 その弱々しい笑みを見て、カリナは涙を落とすのだった。



 ―――――



 腕の治療も終えて、退院を迫れた最後の日。


 なけなしの保険金を手にボロボロの家に帰って、これからどうするか考えないと。

 得意の靴磨きも片腕じゃできない。

 どうやって金を稼げばいいのかわからないけど、迷っている時間はない。


 荷造りを済ませて病室を出た。


 数日間の入院生活のなかで、クラスメイトたちが見舞いにくることはなかった。

 マルナのために学費を払ってくれていた魔法騎士もこなかった。

 魔法の使えなくなったマルナにはもう興味もないのだろう。

 いままでの支援がぜんぶ無駄になるんだ。学費を返すあてもなくなった。恩返しもなにもできない。


 貴族でもないし、魔法も使えない。

 そんなマルナに価値はないのだから。

 涙が出そうになるのをぐっと堪えて病院の外に出る。


「待っていた」

 

 図体のデカイ男が、待ち構えるように街道に立っていた。

 顔に傷を負った、義足の大男が。


「……なんで……」

「べつに。俺の仕事をしにきただけだ」


 義手職人はついてこいと背を向ける。

 その背中が、マルナにはやけに大きく見えた。

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