4
目が覚めたのは病院だった。
自分の家より清潔で広い病室からは、石造りの街並が見下ろせる。
王立病院は小高い丘に建っていて、妹のカリナがよく世話になっていた。
この眺めは珍しくもなんともなかった。
見慣れた景色。
ただ違うのは、マルナ自身が病室にいることだ。
「お兄ちゃん……」
カリナが心配そうに手を握ってくる。
残った左手を握ってくる。
マルナは呆然と、ただ茫然とするだけだった。
右腕の肘から先が途切れていた。
手を動かそうとしても、なにもない。
動かない。
感覚ももちろんない。
「う……あ……」
目が覚めてから、マルナは何度も動かそうとした。
存在しなくなった右手を。
だけど腕は失くなっていて。
魔法も使えなくなっていて。
その現実がマルナの目に突きつけられる。
魔法が使えない。
若くして世界一と言われた炎の魔法が。
魔法騎士になる夢も。
妹を楽に生きさせてやる夢も。
ただいま、と頭を撫でてやるためのてのひらも。
すべて、失ってしまった。
「ううう……あああああ……っ」
マルナは三日間、泣き続けた。
火薬を積んでいた馬車だと聞いたのは、それから数日が経った頃だった。
調査兵からその話を聞いたとき、マルナはそれがどうしたとしか思えなかった。
火薬を運ぶ馬車馬が興奮して、それをマルナが止めた。でもその拍子に火薬が爆発してすべてを吹き飛ばした。ミレイも怪我を負ってまだまともに歩けない状態で、ふたりとも死ななかったのはむしろ幸運だ。マルナとミレイには馬車業者からの保険金が下りるけど、火薬を爆発させたのはマルナが魔法を使ったせいだから、マルナへの保険金はかなり少なくなる。
そんなことを言われても、マルナにはどうでもよかった。
もう魔法も使えないんじゃ騎士になれない。
まともに仕事にも就けないだろう。
妹のカリナとふたり、これから路頭に迷うのだろうから。
「カリナががんばるから……だからそんな顔しないでお兄ちゃん」
調査兵が帰ったあと、すぐにカリナがマルナを抱きしめる。
暖かい体温と言葉。
だけど、体の弱いカリナに無理はさせられなかった。
それだけはできなかった。
大丈夫、と力なく微笑んだマルナ。
その弱々しい笑みを見て、カリナは涙を落とすのだった。
―――――
腕の治療も終えて、退院を迫れた最後の日。
なけなしの保険金を手にボロボロの家に帰って、これからどうするか考えないと。
得意の靴磨きも片腕じゃできない。
どうやって金を稼げばいいのかわからないけど、迷っている時間はない。
荷造りを済ませて病室を出た。
数日間の入院生活のなかで、クラスメイトたちが見舞いにくることはなかった。
マルナのために学費を払ってくれていた魔法騎士もこなかった。
魔法の使えなくなったマルナにはもう興味もないのだろう。
いままでの支援がぜんぶ無駄になるんだ。学費を返すあてもなくなった。恩返しもなにもできない。
貴族でもないし、魔法も使えない。
そんなマルナに価値はないのだから。
涙が出そうになるのをぐっと堪えて病院の外に出る。
「待っていた」
図体のデカイ男が、待ち構えるように街道に立っていた。
顔に傷を負った、義足の大男が。
「……なんで……」
「べつに。俺の仕事をしにきただけだ」
義手職人はついてこいと背を向ける。
その背中が、マルナにはやけに大きく見えた。