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「……義手職人?」
いつものように学校に行き、いつものように授業を受けた。
放課後、帰宅しようとしたマルナを呼び止めたのはクラスメイトの少女ミレイだった。
ミレイは珍しい異国の少女で、魔法もすこし変わっていた。そのせいか入学してから二年が経っても、あまりクラスメイトたちと馴染めない様子は変わらなかった。
誰とも仲良くしないマルナと似ていたからすこしだけ親近感があったけど、いきなり話しかけてきのにはすこし面食らった。
「そうなの。いまから会いに行かない?」
「なんで、僕が?」
「マルナくんってば危なっかしいんだもん。あんなにすごい魔法使えるのに、うちの学校でもひとりだけ右腕の防具つけてないでしょ? 狙われたらどうするの?」
なんだそんなことか。
おせっかいだな、とマルナはため息をついた。
「つけてないんじゃなくて買えないんだよ。僕の家にそんなお金はない」
「だったらなおさらだよ。買えないなら、作ればいいじゃん。義手職人のひとに頼めば、防具屋さんで買うより格安で手に入るんだって。材料は持ち込みだけど」
「その材料がないんじゃ話にならないだろ」
「自分でつくればいいじゃん。マルナくんの魔法だったらできるでしょ」
たしかに、それもそうだけど。
マルナにはそういう発想はなかったからすこし驚いてしまう。
「じゃあ決まりね! 一緒にいきましょ!」
「あ、おい……」
無理やり引っ張られて、マルナはミレイのあとをついて歩き出した。
遅れて帰る理由、妹になんて言おうか悩みながら。
『義体装備屋・ジルレイン』
古臭い看板に、暗い店内。
入口は狭かった。中に入っても何があるわけではない。カウンターの奥に工房があることがかろうじてわかるくらいで、看板が出ていなければなんの店かもわからない。お世辞にも賑わっているとは言いがたい店だった。
「こんにちはー!」
ミレイが店の奥に声をかけて、ようやく店主が姿を現した。
顔に傷のある、壮年の男だった。
「……なんの用だ」
マルナたちを見るやいなや、低い声で睨まれる。
歓迎されてないのは明らかだった。
「わたし、ミレイといいます。義手をつくる作業を見学したくてここに来ました」
「冷やかしなら帰れ」
ぴしゃりと言われて、ミレイは背筋が伸びる。
「ひ、冷やかしじゃないです。学校じゃあ義体のことなんて学べないので、義体職人になるには自分でやらないとダメだと思っただけです」
「……義体をつくりたいのか?」
店主は一歩、こちらに近づく。
金属音が鳴ってようやく気付いた。店主の右足の太ももから先が銀色に光っている。
義足だった。
「はい!」
「やめとけ。その制服、王立学校の生徒だな。もっといい職なんていくらでもある」
「でも……」
「少なくとも俺は義体屋でよかったと思ったことは一度もない」
拒絶だった。
そこまで言われてなお引き下がるミレイじゃなかった。
顔を伏せ、唇を噛んだ。
「わかったら帰れ。仕事が立て込んでるんだ」
「ま、まだ用はあります!」
店の奥にひっこもうとする店主を、ミレイが慌てて止める。
「この子、クラスメイトのマルナくんっていいます。この子の右腕の防具を作ってほしいんです。仕事なら、引き受けてくださいますよね?」
「……ああ、仕事ならな」
店主はようやく、マルナをまっすぐに見据えた。
「おいボウズ」
「はい」
「なぜ防具をつけてない」
「経済的な理由です」
「そうか。だがいまが苦しくても、努力して未来の自分に投資しろ。未来のために節約しても自分のためにはならん」
説教なのだろうか。
店主はそれだけ告げると、ついてこいと店の奥――工房に手招きした。
マルナはミレイと顔を合わせてから、工房に入った。
そこで右腕の採寸や注文の相談などを行って、防具をつくることに決めたのだった。