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短いですがよろしくお願いします。
世界中の誰もが、右手を大切にしていた。
体内で錬成された魔力が、神経回路を伝達して全身に伝わる。
ひとりひとり体内構造が違うのは当たり前だ。
体に備わっている『魔法回路』はひとそれぞれ。
だから、使える魔法はみんな違っていた。
ある者は炎を生み、ある者は癒しの力を与える。
ある者は風を操り、ある者は触れた物を凍らせる。
共通しているのは、魔法の発動をすべて右手で行うということだった。
理由は定かではない。
ただ右手で魔法を発動させるように世界ができているのなら、その片腕を失うという意味を知らない者などいなかった。
誰もが、右腕に防具をつけて歩く。
それがこの世界の常識だった。
――――――
「何回見てもすげえな、マルナの魔法!」
教室内にざわめきが広がった。
王立魔導修練学校は、国内最難関の狭き門を突破した魔法優良者のみが集う、いわゆる王国トップクラスの学校だった。
そのなかで、ひときわ注目を浴びていたのは小さな体の少年。
「おれもマルナの魔法欲しかったなぁ」
「あたしも」
「いいなあ羨ましい」
「……そんなことないって。みんなの魔法もすごいよ」
クラスメイトに囲まれて、小さな少年マルナは苦笑した。
「ねえ、こんどはコレお願い! 今日妹が誕生日なの!」
クラスメイトの女子がマルナに見せたのは一枚の絵。
薔薇の花束のイラストだった。
マルナは小さくため息をつきながら、その紙を手に取る。
「……求めるは絢爛・〝紫炎〟」
ボウ、とマルナの手から炎があがる。
紙は燃え尽きると、灰になるのではなく薔薇の花束に変化した。
クラスメイトの少女は黄色い悲鳴をあげ、花束を抱きしめる。
「ありがとうマルナ!」
すぐに授業のチャイムが鳴り、みんなが自分の席に戻っていく。
マルナは何事もなかったのように頬杖をついて、つまらない授業に耳を傾けるのだった。
手にした物を創り変える魔法〝紫炎〟
触れた物の状態を停止させる魔法〝銀炎〟
目の前のすべてを消し去る魔法〝白炎〟
マルナの魔法は『炎王』と呼ばれ、王国中に知れ渡っていた。
世界最高峰の魔法使いとして、卒業後は魔法騎士になることを誰もが疑わなかった。歴代最強の魔法騎士になることを、誰もが信じていた。
マルナ自身もそう思っていた。
名誉も、収入も他の仕事とは桁違い。それが魔法騎士。
「……ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん」
古びた小さな家。
住んでいるのはマルナと、妹のカリナだけだった。
両親は幼い頃に死んでしまった。残された少ない金では、満足に生きることもできなかった。
妹は体が弱く、すぐに体調を崩してしまう。幼い頃から靴磨きとして働いていたマルナを見初めたのは、魔法騎士のひとりだった。
『金は出す。おまえは学校に行くべきだ』
そう言ってマルナの学費と、生活費を援助してくれた恩人。
彼は魔法騎士団の騎士長のひとりで、いまでもマルナたちによくしてくれている。
そんな優しさを受け、マルナが魔法騎士にならない理由なんてなかった。
病弱な妹のためにも自分で稼いでもっといい環境を与えてやりたかった。
「お兄ちゃん、あのね……」
「わかってるって。ご飯、僕がつくるから」
体調がいい日は料理をして待ってくれているカリナ。
今日は悪い日だったようだ。
顔色もよくない。
マルナはカリナの頭を撫でると、すぐに支度を始める。
贅沢な物は食べられないけど、それでもマルナは幸せだった。




