2 異世界ですって!
部屋の中のキッチンには、二人の男性と二人の女性がいた。
男性の一人はがっしりした体つきの二十代後半くらいで、赤い髪をしていて、傍らに大きな剣を立てかけている。意志の強そうな顔をしている。
もう一人の男性も二十代後半くらいのようだ。やや細身ながらもほどよく筋肉のついた男性。にこやかながらも、するどく私を見ている。
二人の女性も二十代後半に見える。二人とも町娘風の布の服を着ている。一人は長いストレートの黒髪。もう一人は栗色のボブカット。
二人とも魔力を感じるけれど、黒髪の女性の方が大きい。きっと魔法使いなのだろう。
ボブカットの女性は、どこか雰囲気がたまに森に来た狩人に似ているわ。む。私を見て手をにぎにぎしているのを見た途端、全身に悪寒が……。そういえばボブカットの女性だけ、私を見る目がちょっとちがうような気がするわ。だ、大丈夫かしら?
どうやらこの家は、冒険者のチームの建物のようね。大剣の男がリーダーなのだろう。
大剣の男が、
「おいおい。コハルの横のキツネは?」
と言うと、ドワーフのゴンドーが、
「コハルが召喚したキツネだってよ」
と答えた。すると黒髪の女性が、
「え? コハル! あなた、一人でやっちゃダメって言ったじゃない!」
と険しい目でコハルを見た。
コハルを見上げると、
「ご、ごめんなさい。リリー」
と謝っていた。するともう一人の男性が面白そうに、
「まあまあ。エディもリリーもそこまででいいだろ? 見たところキツネのようだし。それに……、ヒロユキがやれってうるさく言ったんだろ?」
と言うと、ヒロユキがびくっとなって、
「だってさ。コハルったらシルフを呼び出して見せるっていうんだぜ? たまたま召喚魔法の適正があるからってさ」
ボブカットの女性が、
「ほらね。……ヒロユキ。あなた、後でお仕置き」
「う。わ、悪かったよ。」
エディと呼ばれた大剣の男が手を打ち鳴らして、
「まあいいだろう。ただし二人とも後で反省だ。……で、そのキツネは単なる普通のキツネなのか?」
するとリリーと呼ばれた長髪の女性が私の近くにやってきた。魔力の動きを感じる。っと、私はあわてて偽装のスキルを発動する。
その途端、しゃがんだリリーが「アナライズ」とつぶやいた。リリーの視線が私をじっと見つめる。この女性のアナライズの魔法がどれだけのレベルかわからないけれど、私のレベルの偽装スキルを突き抜けることは無理だと思うわ。
リリーが、
「う~ん。本当に普通のキツネね。……ね、コハル? あの本に書いてあった召喚魔法を使ったのよね?」
「うん。そうだよ」
「そう……。あの魔方陣は魔力のある生物を呼び出す魔方陣だったはずだけど。まあ、こういうこともあるのかな?」
首をかしげながらリリーが立ち上がり振り返ると、ボブカットの女性がやってきて、
「ね。ね。触らせてよ! ……んふ~。もふもふ」
うげっ。わきわきした手が伸びてくる。あわててコハルの後ろに隠れると、ボブカットの女性が、「ああぁ」と残念そうな声を漏らした。
黒髪のリリーが、
「ソアラ。ほらほら。怖がっているわよ。もうちょっと仲良くなってからモフモフさせてもらいなよ」
ソアラと呼ばれたボブカットの女性はため息をつくと、
「ううぅ。そうね。……よし、あきらめないぞ」
……いや、それはちょっと。あきらめてください。
私の内心の声をよそに、リリーが、
「ほら、エディもフランクも待っているから、すぐに食事にしましょう」
とソアラを立たせた。ヒロユキとコハルも空いている席についた。
う~ん。私はどうしよう? 魔力から生まれた私はエネルギーを周りの自然から吸収するから、とくに食事の必要はないんだけど。それって普通のキツネじゃないよね。
するとリリーが私に気がついて、お皿におかずをとりわけて床に置いてくれた。
ま、いいか。
人間たちが食事をはじめたタイミングに合わせて、私もお皿の料理を食べ始めた。
頭上のテーブルの上から、
「なあ。それでこのキツネ。名前はなんていうんだ?」
と誰かが言い出した。コハルが「う~ん」と考え込んだ。私は、あわてて念話の魔法を発動して「ユッコ」とコハルに送る。リリーには……、大丈夫。魔法が気づかれていないみたい。
コハルがはっと気がついたように、
「ユッコよ」
と明るくこたえた。
――――
それから3日間。みんなの会話を聞いて、何となく状況がわかってきた。
どうやらここは私のいた世界とは別の世界のようだ。
なんでもこの世界には三つの大陸があって、ここはそのうちの一つでロンドという大陸らしい。大きさは北アメリカ大陸くらいの広さで、中央に島のある大きな湖があって、その周りに東西南北にそれぞれ一つ。つまり、四つの国が広がっている。
かつてはこのロンド大陸は全体で一つの国だったそうで、その首都が中央の湖にあったそうだ。それが今から千年前、当時の王様の子供たちがそれぞれ東西南北に国を分割して独立した。
王家の本家は今も中央の湖を治めている。この中央の湖を「湖の国」、その北を「ノースランド」、東を「イースト王国」、南を「サウスフィール」、西を「ウェスタンロード」という国になっている。
もともとは同じ家族によって治められていた五つの国だが、一〇〇年もたったころにはそれぞれが戦争を行う時代になった。三〇〇年前、当時は互いに争っていた五カ国だったが、西の海の向こうの大陸オーカーから大軍が押し寄せて大戦争となった。
戦争は一〇〇年続き、五カ国が協力してオーカーの軍勢を跳ね返して、ロンド大陸を守り抜いた。それから五カ国の王家が互いに結婚を繰り返して一つの大きな家族みたいになり、ここ二〇〇年は大きな戦争もない平和がつづいている。
会話を聞いている限りでは、この世界には普通の動物のほかに魔獣とか魔物と呼ばれる生き物がいるそうだ。あちこちに住んでいるが、特に北の大陸には強力な魔物が多いらしい。
……どうやら人間の考えでは、人間と同じような姿形をしているものの敵となっている種族がいて、そういう種族のことを魔族といっているようだ。魔族には魔王なる存在がいるらしく、時には魔物を自由自在にあやつっているそうだ。
魔獣や魔物は動物と違って魔法を使うらしく、魔族や魔王となるとかなり強力な魔法を使い、どことなく出てきて人々を襲うそうだ。
それによって、ロンド大陸から北の海にあるダッコルト大陸に住む人々が魔王軍に攻めほろぼされ、魔獣と魔物の支配する魔大陸となっている。ただし、伝説ではその時に勇者と呼ばれる人が現れて、死闘のすえに魔王を倒したと伝えられている。
まあ、実際はダッコルトがどういう状況になっているのかは誰も知らないので、詳しいことはわからないようだし、魔獣や魔物がどういう風に生まれるのかもよくわかっていないらしい。
この家は、ロンド大陸の南方の国サウスフィールの東部にあるヒルズという村にある。ここに住んでいるのは冒険者のパーティーらしい。
冒険者とは、国家の枠組みをこえた組織である冒険者ギルドに登録した人々のことで、ギルド支部によせられた人々からの依頼を受けて、それをこなすことによってお金を得る何でも屋さんだ。
ちなみに、ここの冒険者はリーダーが大剣士のエドワード、サブリーダーが魔法使いのリリー。盾役のフランク、レンジャーのソアラ、大斧使いのゴンドーの五人。ヒロユキとコハルはこの五人に拾われた少年と少女で見習いらしい。
――――。
「ヒロユキ、コハル。いるー? 村へおつかいに行ってきてちょうだい」
裏の庭で、リリーのお手伝いをして洗濯物を取り込んでいると、今晩の料理当番のソアラがやってきた。
ヒロユキがめんどくさそうに立ち上がると、「ええ~」と不満げに言う。リリーは苦笑しながらも、
「めっ! ……これも修行よ。ここはいいから行ってきなさい」
と軽くしかった。
コハルは、「は~い」と言いながら立ち上がって裏口のソアラのところに向かって行った。
私は離れたところに座ってながめていると、コハルが手招きした。
「ユッコ。行こう」
うん。こうして見ているだけだとヒマだし、私も村を見てみたいわ。
立ち上がってユッコの近くによると、ヒロユキもしぶしぶついてきた。
コハルがカゴを片手に、リリーとソアラに、
「行ってきまーす」
と手をふった。
はじめての村へのおつかい。私はうきうきして、尻尾をふりながらコハルの横に並んだ。
のどかな田舎の道。天気も良く、やわらかに通り過ぎる風が気持ちいい。
ヒロユキが、
「冬も終わって、もう春だなぁ」
とつぶやいた。
そう。どうやらこの地域には、ちゃんと春夏秋冬の四季があるようね。
コハルがクスッと笑いながら、
「もう早朝の水くみも寒くないね」
というと、
「まあな。……でもすぐに暑い時期になるからなぁ。ずっと春だったらいいのに」
とヒロユキがぼやいた。
村とはいっても50軒の家がある。代々続く村長さんの家を中心に、中央広場のまわりにお店が並んでいる。
少し離れると、それぞれの家が田畑に近いところに建っていて、数軒の家があつまっている所もあれば、間隔をおいてぽつんぽつんと建っている家もある。その外側には狩猟で生計を立てている人たちの家があって、私たちが住んでいるのもそうした村はずれの方らしい。
木や漆喰、石を積んだ壁など、イメージは地球でいうヨーロッパの田舎町だ。
木々の中にはピンクや黄色、白色のたくさんの花をつけている木がある。……ピクニックみたいで気分がよくなるわ。
二人は、軒先に野菜を並べたお店に入った。
おばちゃんが、
「あら。コハルちゃんにヒロくん。おつかいかい?」
と二人に声をかけている。
冒険者なんて、一般の人からはいやがられることもありそうだけど、どうやらコハルたちのチームはこの村に受け入れられているみたいね。
二人が野菜を仕入れている間、私は並んでいる野菜をながめていた。
ふむふむ。見覚えがある野菜もあるけれど、世界が違うからどんな味がするんだろう? それに野菜の値札の文字は見たことがないわ。
おばちゃんから受け取った野菜をカゴに入れ、ヒロユキがそれを持つ。……ううむ。やっぱり文字とかも読めるようになっていた方がよさそうね。うはっ。魔法書といい、知らないことが多くてワクワクしてきた。冒険者っていってたわよね? ということは色んな所へ行くってことよね!
どうやら知らずにうちに尻尾をふっていたみたいで、ふと気がつくとコハルが温かい目で私を見つめていた。
「ユッコってばごきげんみたいね」
「うん? そう? 俺にはよくわからんけど」
「んもう。絶対、きげんが良いって! ほら、あの尻尾」
「揺れてるな」
「うん。揺れてるよ」
……ピタ。思わず尻尾を止めて二人を見上げると、コハルが苦笑していた。
「あちゃぁ。見過ぎちゃったかな? ごめんね」
お店を出ようとすると、お店のおばちゃんが、
「あ、そうそう。こないだ流れの冒険者が言っていたらしいんだけど、王都の占い師が魔王復活の予言をしたそうよ。怖いわねぇ」
と雑談のように話しかけてきた。
コハルが、
「え~。そうなの? でも魔王って言われても実感がわかないよ」
と言うとヒロユキが、
「へっ。今度は俺が勇者になって倒してやらぁ」
と強がった。それをおばちゃんがほほ笑ましくながめていた。
……魔王ねぇ。そういえば私のいた世界にもいたなぁ。挨拶に来た時に、「人間と仲良くやんなよ」と言っておいたから、彼は人間と戦争なんてしなかったけれど。そういえば私を一目見てなぜか緊張していたっけ。思い出すと笑いがこみ上げてくるわ。
「あっ。ユッコが笑ってる」
顔を見上げるとコハルがにこにこして私を見ていた。
な、なによ。ちょっと思い出し笑いしただけじゃない。私はちょっと恥ずかしくなって、ふいっと顔をそらした。