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ルドルフ歴58年6月3日

 干し首を手に入れてから2回目のエセリアル界への没入は三日間という長期間となった。

 まず不安要素の一つ、食料である。

 私がエセリアル界へ潜り続けている間、この世界の魔法陣の上に横たわる肉体は絶食を続けることになる。

 下手をすれば肉体が死に、永久に戻れなくなる可能性を危惧していた。

 その為、私が過去に魔術の修行で行った断食の行に費やした期間。

 三日間をめどに切り上げて戻るように鐘のなる細工道具をセットした。

 最悪でもそのくらいであれば生きているはずとの考えである。

 起き上がる力すら無くしている事を考慮し、焼き菓子と新鮮なオレンジ、ハチミツを混ぜた滋養ドリンクをすぐ隣に置いておいた。


 そして再びエセリアル界で前回見つけた洞穴へ向かった。

 洞穴はかなり広大であり、私はその外周を一周することを目標とした。

 洞穴の外周、3分の1ほどを歩いた時、腹ばいになってようやく通れるほどの横穴を見つけ、その先から漏れ出す黄金色の光に気付いた。

 私は慎重にその穴を潜り抜けると直径3メートルほどの空洞に出た。

 比較的平坦な地面の中央に直径50センチほどの丸いくぼみがあり、湧き水が小さな泉を作っていた。

 そしてその泉を囲むように高さ30センチほどのうねうねと動く土筆つくしのような精霊がびっしりと生えていた。

 通常こういう得体の知れない洞窟に沸いている水など、どんな毒物が入っているか分からないので飲むべきではない。

 だが喉の渇きを感じていた私はしばらく小さな湧き水を眺め、こっちの世界に用意してきたオレンジのことを思い出してた。

 すると湧き水の中にオレンジの幻影が映り、しばらく目をこすりながら注目していると本物のオレンジとなった。

 手に取って水の中から取り出してみたが、間違いなくオレンジである。

 私は恐る恐る皮をむき、一片の房を口に入れてみたが間違いなく私の知っている味である。

 私はそのオレンジを食べて渇きを癒した。

 そしてその精霊をバイタル・オークと同じアミュレットへと封霊した。

 この精霊は『ファントム・サーヴァント』と命名した。

 この精霊が持つ力は、水をそれと同質量の食料へと変換する能力である。

 コインやナイフ、金に変換するのは不可能だった。

 どうもこの精霊は動植物などの生命体しか理解してくれないらしい。

 試しにネズミを作ってみたが、傷はなく健康体だが動かなかった。

 おそらく作られたオレンジも同様に魂を持たず「死んでいる」物しか作れないのだろう。

 しかし私はこの精霊の力で三日間食料を補った。

 そして新たな発見でもあったが、こちらの世界に帰還した直後、私の肉体は憔悴して餓死寸前……とはなっていなかった。

 全くの健康体である。

 つまりエセリアル界で食料を食べ続ければ、肉体は食料を必要としないのだ。

 なお、この精霊を封じたアミュレットを持ち帰って以降、私の食費が無くなった。

 必要なのは水のみである。


 エセリアル界の洞穴の中には3つの目を持つ蝙蝠が生息し、腹を空かした個体は私に襲い掛かって来た。

 初見の時はウィザードナイフを振り回して必死で追い払ったが、慣れてくると彼らの殺意が分かる。

 簡単だ。

 洞穴の天井にぶら下がったまま、こちらに釘付けになるように3つの目を向け続けるのだ。

 そういう時はグラスフィッシュの力を使って先制攻撃で落とす。

 だが肉は食べる気にはなれなかった。


 洞穴は単純に丸い穴やホールが続くのではなく、複雑な構造が各所にある。

 中央付近には大きな水脈が川のようになって流れており、長い間の侵食を経て、平たい地面を削った広い窪みの川の痕跡があり、さらにその痕跡の中央を深くえぐったような溝があり、その下をちょろちょろと水脈が流れる。

 その水脈の走る溝は幅5メートル、深さ3メートルほどあり、侵食された両岸はツルツルになっていた。

 もしもそこに落ちれば這い上がれないだろうと推測し、私は溝に落ちないように慎重に縁を歩いていた。

 突如、ラッパのような、恐ろしい咆哮をあげて身長2メートルほどの首の無いゴリラのような怪物が川底を走って私に近寄って来た。

 とてもじゃないが生身の人間が勝てる相手ではないだろう。

 私の動悸は高鳴り、冷や汗を流しながら封霊されたリングを構えていたが、その怪物は川の淵を這い上がることが出来ず、何度か私の方へジャンプしては滑り落ちるのを繰り返した。

 それから10分間ほど怪物は川底をうろうろしていたが、最後には諦めて立ち去った。

 命拾いをした。

 もしも同じ地面の上で出会っていれば、私は何人もの先駆者と同じ末路となっていたに違いない。

 身を守る術は貪欲に手に入れていかねばならない。

 あの怪物を封霊することは、あの怪物を目の前にしている間はとてもじゃないが考えられなかった。

 封霊には大きな魔力を使い、私も消耗する。

 そして小さなグラスフィッシュですら私は振り回されないように地面に踏ん張って封霊したのだ。

 あの怪物に暴れられたら、川底へ落とされた可能性もある。


 ……だが、あのクラスの精霊を封霊するのに成功すれば……今まで私が見てきたどんな魔術をも上回る恐るべきパワーを手にするだろう。

 それこそ、数人の屈強な騎士を一人で蹴散らすほどの……。

 

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