ルドルフ歴58年5月27日
ついに虹色エスカルゴの石とダマスカス鋼のアクセサリー一式、そして干し首が揃った。
マスタークラスの魔術師である私には分かるが、この石も、干し首も恐るべき魔力を放出し続けている。
干し首を作る過程は非常に骨が折れた。
だが私は打ち勝ち、この魂を屈服させたのだ。
あまりにも精神を酷使したせいか、この干し首を完成させてから、私が町を歩けば霊感の鋭い者は本能的に私に恐れおののくようになった。
だが高名な魔術師が生涯を共にする一品とはこうして作られるものなのだ。
これより本格的な没入の試みを行うつもりだ。
全ての装備品は儀式にかけて清めてある。
何から書けばよいか……。
まず、私はこちらの世界に精霊の力を持ち帰ることに成功した。
そしてその力はこの世界でも発動することが確認出来た。
私は再びエセリアル界に潜り、以前立ち寄った小川へと歩いた。
あのグラスフィッシュは攻撃魔法として有用なのが分かっている為、護身用として封霊をするためだ。
小川でグラスフィッシュを見つけ、以前のようには私はそれをダマスカスの指輪に封霊した。
刻まれた印章は以前と同じ。
これは精霊によって固有で、固定のようだ。
その場から立ち去ろうとしたとき、私は面白いものを見た。
鯉ほどの大きさのグラスフィッシュが泳ぐ傍に、付き添うようにこれまた茶色の半透明の体をしたナマズのような魚が泳いでいた。
そのナマズは隙を見てグラスフィッシュの尻尾に食らいついたかと思うと、自分と同じくらいの大きさのグラスフィッシュを丸のみにしたのである。
丸のみというよりは、……そう……まるでグラスフィッシュの体がゴムの薄い膜で覆われて包まれたようだった。
暴れるグラスフィッシュの体は透けて見えている。
だがその表面を薄い半透明の膜が包み込み、グラスフィッシュの顔の先に、半透明の別の顔が平然と泳ぐ。
私はその魚も封霊することにした。
新たな試みだったが、既にグラスフィッシュを封霊した指輪を使用し、そのナマズに向けて捕縛の呪文を唱え続ける。
手ごたえはグラスフィッシュと同等くらいであった。
20分間ほどの忍耐の末、ついにその魚は同じ指輪に封霊され、独特の印章がグラスフィッシュの印章の隣に刻まれた。
こういう、複数の精霊を同じアクセサリーに封霊するのは、普通に可能なのかもしれないし、相性が良かっただけかもしれないが、まだ不明点が多い。
私はこの新たな精霊を『スワロウ・キャット』と命名した。
小川を泳ぐ別のグラスフィッシュに力の発動を試みた。
エルスナ スワロウ・キャット
とたんにグラスフィッシュの動きが鈍り、網で捕縛したような状態になった。
この精霊は使えそうだ。
別の精霊を封霊する際に、その動きを抑えることが出来るだろう。
その予想はその日のうちに当たることになる。
なお、元の世界に帰ってから道を歩く猫に力を発動してみたが傑作だった。
まるで鳥もちに全身を捕えられたかのように猫の動きが鈍り、ついには止まって周囲を見回しながら怯えるのみ。
この2体の精霊はエセリアル界のほんの表層の小物にすぎぬが、私が見てきた魔術の中でこれほど実際の効力を持つものは滅多にない。
今後どれほどの力を得られるかと思うと楽しみで仕方がない。
そう、バイタル・オークをアミュレットに封霊してきた。
これが一番の成果だろう。
もちろん以前目撃し、リゲルの日誌の警告のあったものだ。
なぁに。私が使えれば他人が使う必要などないのだ。
さらに私は地下へと続く洞穴も見つけた。
これを探し求めて5時間くらいは島を彷徨っていたであろう。
洞穴は直径5メートルほどで大きく、奥行き50メートルほどまでは一本道だ。
だがその先は幾重にも別れ、壁に彫り込まれた目印を頼りに進んだ。
おそらく黄金のワシの先駆者たちが付けた目印であろう。
右へ左へ曲がりくねった穴を進むと、広大な空間へと出た。
私はここでさらに二つの精霊を封霊した。
一つは天井に無数に生えたイソギンチャクの触手の密集体のような苔。
これらは全て発光しながら蠢いていた。
封霊したけっか、その効力は予想通り、発光、明かり替わりである。
私はこれを『ブライト・モス』と命名し、念のためグラスフィッシュとは別のリングに封霊した。
もう一つは高さ1メートルくらいの岩で出来た顔だけの精霊だ。
私がブライト・モスの力を発動させて洞窟内を見回していると、左からなにかがブツブツしゃべるような声が聞こえた。
慌ててそちらに光をかざすと、その精霊、岩で出来た大きな顔は洞窟の岩の床に溶け込んで沈む様にして消えて逃げた。
しばらく緊張しながらその跡を観察しているとこんどは背後からブツブツという声が聞こえる。
私は振り向きざまにスワロウ・キャットの力を発動してその精霊を捕らえた。
そしてその状態を維持しながら封霊の呪文を詠唱し続ける。
20分に及ぶ戦いとなり、かなり精神力を消耗させられたが私はその精霊の封霊に成功し、『トーキング・ロック』と命名した。
そして今日の探索はここで切り上げて帰って来たのだ。
エセリアル界に居た時はこの精霊の力を発動しても効果が分からなかったが、こちらの世界で発動してみて分かった。
トーキング・ロックは私のように高度な霊力のある者にしか見えない姿となって地面から生えるように現れて私の悪口を言った。
部屋から異臭がするだの、ゴキブリの巣になっているに違いないだの、キチガイだのと言いたい放題で、グラスフィッシュの力で砕いてやろうかと思ったが気が付いた。
トーキング・ロックは近くの人間の言葉か、心を読み、集めて私に知らせてくれていたのだ。
インプの一部と似た能力と言えるだろう。
とりあえず今日はここまでとする。