ルドルフ歴58年5月15日
先日エセリアル界の巨木の下で拾い、持ち帰った日誌の紙片を解読した。
これを書いたのはアザムではなかった。
どうやらアザム亡き後、『虚無と深淵の書』は黄金のワシと呼ばれる秘密結社の元へと渡り、そこに所属する何人もの魔術師がエセリアル界への没入と探索を試みたようだ。
黄金のワシは400年前あたりに隆盛を誇った魔術結社だが、複数のメイガスの勢力に分かれて内部抗争に明け暮れ、その結果滅んだとされる。
これには私は驚かなかった。
『虚無と深淵の書』に関する歴史研究と記述は彼らの記した文献を読んで私は知ったのだ。
脱線してしまったが、この日誌の紙片の著者は黄金のワシ所属の大達人、リゲルというサインが記載されている。
階級はそのサインのデザインから分かった。
私は魔術の歴史を習熟、当然黄金のワシのしきたり類も知っている。
リゲルは黄金のワシの中の、エセリアル界への3人目の挑戦者だったらしい。
一人目は凶暴な精霊に食われて多くの弟子たちが周囲で見守る中、魔法陣の上で体を引き裂かれて死んだ。
二人目は入念な防護魔法、アイテムを準備して潜り、三日間に分けて繰り返し潜ったが、四日目、突如体を硬直させて縮こまり、窒息して死んだ。
リゲルはその死因を調査することが目的の一つだったようだ。
二日間ほとんど予備知識も無しに潜って生きていた私は幸運だったのかもしれない。
リゲルはこの紙片の置かれた場所に自生していた木のことを『バイタル・オーク』と呼んでいた。
あれはたしかにオークの木によく似ていた。
そして前任者の調査によってその能力はある程度明らかになっている。
木陰に居る生命体に力を与え、生命力を高まらせて病気や怪我の治癒を促進し、マジックアイテムに封印するとその力を引き出すことが出来る。
ただし極めてレアな存在であり、リゲルの前任者がバイタル・オークを封印したワンドをリゲルは救急用に身に付けて潜るのを繰り返したようだ。
この紙片でリゲルは警告している。
この精霊を、少なくともこの紙片の置かれた場所のバイタル・オークを封霊してはならないと。
どうも何人かの難病を患った魔術師や、危険な呪いをかけられた魔術師がこの木を目的にエセリアル界へ潜り、治療に使っていたようである。
そして黄金のワシの持つ秘宝の一つ、治癒のワンドは有名な伝説の一つだが、その正体がこういうことだったとは驚きである。
リゲルは一か月に渡り、何度もエセリアル界への探索を続けるのに成功したらしく、相当な魔術的センス、……いや、それ以上にサバイバルセンスを持っていた大魔導士のようである。
興味深いことが記載されている。
彼はエセリアル界で、この紙片を記述した段階で、23種類の精霊の封霊に成功している。
そして私が探索した島は、ほんの表層であると言っている。
島のどこかに地下世界へと潜る巨大な穴があるそうだ。
その穴を潜って地下へと潜ると、輝く苔が天井を覆う広大な洞窟があり、さらにはそこには石造りの遺跡があるという。
その遺跡にはさらに地下へと潜る階段が続き、流れるドロドロのジェルのような液体に支配された空間、溶岩と炎に満ちた空間、見渡す限りの宝石を黄金で満ちた空間など何階層にも渡って地下が続くそうだ。
その広大な地下世界でアザムの遺品を見つけたとある。
どうやら黄金のワシもまた、アザムの持つ支配の腕輪を探し求めていたようである。
記載してあった情報はこれくらいだが、私はこの大達人リゲルについてもう少し調べてみようと思う。
秘密結社はその性質ゆえに、情報を外部から隠すことが多く、記録が残っていない可能性もある。
だがリゲルほどの快挙を成し遂げているのならば何かしら残っていてもおかしくは無い。
私の所属する結社ブラッドパンサーの秘密の図書館へ行ってきた。
結社の別の人間にもであったが、ここに調べものに結社のメンバーが訪れるのは良くあることで、軽く挨拶を交わした程度だ。
私はこの『虚無と深淵の書』のことを結社の人間に伝える気は毛頭ない。
支配の腕輪を手にするのはこの私なのだ。
他人が手に入れるべきではない。
黄金のワシに関連する書物を読み漁り、いくつかはリゲルに関するものを見つけた。
表の世界の歴史としては、リゲルは大きな病にかかり、2か月間、人から姿を隠すように寝込み続けたとある。
そしてそれを見舞う何人もの大達人やメイガスを結社の人間が目撃している。
そして寝込んでから二か月後、リゲルは死が確認された。
リゲルほどの魔術師になると何人もの弟子が存在し、いくつかの手記が残されているがその中の一つに、リゲルの死体のことが書かれている。
リゲルの葬式の際、常にその死体の下半身には白い布が覆い被せてあった。
不審に思った弟子がすきを見て覗いてみた。
するとリゲルの死体の胸から下が無く、下半身がただの丸めた毛布だったという。
おそらくリゲルは……相当な力の精霊に引きちぎられたか……下半身を食われたのだろう。
私も気を付けなければならない。
リゲルの後、4、5人の大達人や小達人が相次いで同じ病にかかって閉じこもり、死亡している。
それを見て黄金のワシの……末端のメンバーはリゲルの死を呪いと受け止めていたようである。
疑心暗鬼に陥った末端のメンバーが、当時もう一つあった内部勢力への呪法による攻撃を開始。
それがやがて派閥トップのメイガスの争いとなり、ついには黄金のワシが滅び去る結末となったようだ。
何百年も後にいる外部の人間である私だけがその真実を知っている。
愉快な事だ。ふふふ。
だが、黄金のワシは何人もの魔術師を送り込み、エセリアル界で死亡させている。
その痕跡がどこかに残っている可能性は高い。
情報は命だ。知らなければ未知の精霊に殺されてしまう。
こんどはエセリアル界をより注意して歩くことにしよう。