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ルドルフ歴58年7月9日

 今日、短時間だけの没入と決めていたので、今まではなるべく近寄らずに避けてきたエセリアル界の表層の海を気晴らしに見ていた。

 そして酷い目にあった。

 島の表層は四方が岩礁地帯となっているが、その水の中では人間を恐れる事無く多種多様な深海魚のようなものが泳いだり、岩肌で休んでいる。

 私は用心してティミドモスを発動させたまま、海面からの高さ2メートルほどの大岩に座り込んで海中を観察した。

 海の水は紫色で暗くよどんではいるが、汚い訳ではないのだろう。

 岩と岩の隙間に見える奥、おそらく5、6メートルはあるだろう奥底まで見える。


 幅50センチ、体長3メートルはありそうな、顔の潰れたウツボのような魚が水面下2メートルほどの部分的に砂のたまった海底でS字型に体を曲げたまま動かず、黒いシルエットのように見えた。

 時折顔が動くので死んでいる訳ではない。

 何を待っているのか……それとも寝ているのか……。


 丸みを帯びた、カブトガニのように潰れた前半身と、尾びれが極端に長い鯖のような後ろ半身をした体長50センチから1メートルほどの魚の群れがゆっくりと通り過ぎる。

 上から見るとその平たい頭が重なり合いつつ、それぞれの個体が自分の居る深さを維持したままスライドするように通り過ぎる。

 正直見てて退屈しない。


 笑えたのはコイのような体をしつつ、顔が平たく丸く正面から押しつぶされたようにまっ平らになった魚。

 胴体の太さは15センチほどだが、平らな顔は30センチほど。

 三匹が現れたが水面にまで泳いで上がると、まるで水面に顔をへばりつかせるような恰好での立ち泳ぎで静止した。

 その魚の目は平らな面に二つ、鼻の穴も口も同じ面にあり、人の顔に似ている。

 そして瞬きをして目玉を動かす。

 三匹は少しだけお互いとの距離を取り、額を寄せ合うように円陣のように並び、微妙に鼻の穴と口を動かしていた。

 一匹と目が合って気持ち悪かったので、ウィザードナイフを構え、私自身の魔術であるファイヤーボールを遊び半分で食らわせてやった。

 すると驚いたことに、火の玉が水面に密着した魚の顔に命中して少しバウンドしたかと思うと、文字通りその魚は火の玉を食いやがった。

 いや、正確には吸ったのが正しいか。

 最後に見えたのはその魚の鼻の穴に吸い込まれる炎と煙の筋だ。


 もちろん封霊した。

 予想外な力で海中に落ちてはあっという間に殺される可能性もあるので、慎重に岩の上に大股を開いて踏ん張りながらの封霊だ。

 封霊に対する抵抗の手ごたえとしては爆発キノコの半分くらいといったところか。


 命名『サッカー・フェイス』


 試すことは出来なかったが、おそらく魔法か、炎を吸収すると推測する。

 防衛的な力は大きいほど良い。

 その場に現れた3匹とも同じリングにオーバーチャージ。

 後で実験してみることにして私はリングを仕舞った。


 その封霊で大きく精神力とマナを消費したせいで、危険な目に合う事となった。

 もう少し、いや過剰なくらいに慎重になろうと今改めて自分を戒めている。


 私はもう少し浅瀬の多い岩礁地帯へ移動して、水の中の顔ほどのサイズの甲殻類を観察していたが、ふと3メートルほど前の岩の上に体長60センチほどのウミウシのようなものが這っているのに気が付いた。

 青い体に体を横に一周する黄色い二重のラインを持った鮮やかな軟体生物。

 色が変化を始め、赤とピンクのゼブラ模様になったり、白と緑の鱗模様に変化して、模様が流れるように見せながら移り変わる。

 この時私はすでに術中にはまり始めていた。

 

 不思議な高揚感、幸福感に包まれ、興奮しながら見続けていると、そのウミウシの上にうっすらと人間の女の上半身の幻影が見え始めた。

 女は服を着ておらず、微笑みながら額から光を発し、両手の平を私に向けて何度も何度もクロスさせて左右に開いてを繰り返し、そう、手を振り続けながら笑顔で私の知らない言語で呪文のようなものを唱えている。

 その女が美人だったか……正直分からないし思い出せない。

 だがその時の私は絶対に逃してはならない、安心と幸福を約束する存在が目の前におり、迷わず手にしなければならない。

 何故かそういう気持ちになり……今思えば私はその時から前進を始めていたのだろう。

 正解がそこにある、天国がそこにあると確信する感情が私の理性を消し去っていた。

 高ぶる興奮で激しい動悸が音となって聞こえる。


 ゴポン、ゴポン、ゴポン、ゴポン


 いや、コポッ、コポッだったかも知れない。

 だが私は眩い光の中で、ふと気が付いた。

 これは私の動悸の高鳴りではない……ティミドモス!

 私はぼんやりと焦点を失っていたが、この時目だけは抗いに成功し、女の目を見た。

 女の表情がかすかに曇る。

 ここからは私は感情ではなく、理性に救われた。

 術中に嵌ったままを装い、手探りで腰に下げた袋からケルピー・ハートを取り出し、腕に装着する。

 指で精霊の刻印を探りながらグラスフィッシュのリングを探し、中指に嵌める。

 そして心を決め、目を見開いて叫びながら乱射する。


「エルスナ・グラスフィッシュ!」


 耳をつんざく轟音と共に斬撃が女の幻影を粉砕して霧散させる。


「アルデ サルオム ブレスタ!」


 追加発動、最速、無制限の詠唱。

 1秒に2発のペースで斬撃が飛び、一瞬で火傷しそうなほどに指輪が熱を帯びる。


 プオォォォォ――! プシュッ! グシュッ! オオオォォォ!


 こういう鼓膜が破れそうな大きな咆哮を、激しい水しぶきを暴風と共に正面から浴びながら聞いた。

 まともな視力を取り戻した私が見たのは、目の前180度を覆う、広げられた大きな口の中。

 空中から島へと降り立つときに見て警戒した、クジラのように巨大なエイの口、アーティファクトで強化されたグラスフィッシュの斬撃でボロボロに穴が開いて赤と透明の液体があちこちから噴出している口だ。


 私は既に腰まで海水に浸かっていた。

 なおも斬撃は発射し続け、後ずさった巨大なエイの頭部をズタズタに引き裂きつつ、海の彼方まで斬撃が海水に潜った事による泡が無数に立ち上って白い筋が出来ている。


「ルコン ブラスタ」


 停止の詠唱をしたときには既に私の指にはリング状の火傷で水膨れが出来ていた。

 おそらくあのウミウシはあの巨大エイ、いや、ひょっとするとほかの巨大魚と共生関係にある。

 獲物を誘い出す役割なのだろう。

 私は最大限に緊張を高めながら、周囲を警戒しつつ岩礁を戻り、岩の上に登る。

 見ればおそらく他の個体と思われるウミウシが少し離れた岩の上、やはり天辺に居る。


 魔術の世界にも魅了の術はある。

 そしてある程度知識のある魔術師であれば、その破り方を知っている。

 今回は予想外に、まさかウミウシに魅了されるとは思わなかったので不意打ちを受けたが、魔術師を甘く見るな。


 ウミウシに背を向け、ウィザードナイフの刀身に反射させてウミウシの姿を確認し、後ろを向いたまま封霊してやった。

 後ろ向き、曇った刀身に映る姿を見てなので苦戦したが、封霊への抵抗力は小さいようだ。

 おそらくグラスフィッシュ以下だろう。

 まぁ真正面からやればその抵抗力の小ささなどウミウシにとっては関係ないだろうがな。


 命名『ルアースラグ』


 正直今回は幸運だった。

 もう海には近づかない。

 こりごりだ。

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