ルドルフ歴58年7月5日
最近、家の周りに異質な魔力の残り香のようなものを感じる。
おそらく他の魔術師が私に興味を持ち嗅ぎまわっているのだろう。
気のせいではない。
私には分かる。
確実に私と同じように力を持った何者かが通っている。
今更悔いても遅いが、思い返せば最近目立つ行動を取り過ぎていた。
私はまだ支配の腕輪を手に入れておらず、十分な力を得ていない。
目立つ行動は慎むべきだった。
昼前頃、机の前で椅子に座り、書物を読んでいて何かの気配がしたので振り返ると部屋の隅の暗がりに小さな影が私には見えた。
即座に看破の呪文を唱えて凝視すると、顔全体が昆虫の複眼で出来たインプのようなものが現れた。
私は即座に悪魔退散の呪法を唱えて追い払った。
私が見たことの無い姿、インプとも違っている。
先ほど現れたのは人造精霊の一種に間違いない。
おそらく偵察に寄こしたのだろう。
魔術は万能ではなく、あれを寄越した魔術師も私の全てを見通したわけではないだろう。
もやっと風景を見る程度、印象深い物のイメージを浮かべる程度のはずだ。
だが放っておいては私の安全が脅かされる。
何としても相手の正体を突き止めねばなるまい。
他人というものは常に不快感とトラブルを持ち込んできやがる。
エルスナ トーキング・ロックの言葉と共に、精霊を召喚してみた。
しばらくの静寂の後、私の傍に現れた三角型の岩の顔はぼそぼそと私に告げ口をするように、こう口走った。
「すいません。ここに住んでいる方をご存知ですか?
あぁ、偏屈な魔術師が住んでるよ。
たしか、マシスさんといったっけか。
そうですか。
正確な名前をご存知ですか?
出来ればスペルも。
そんなの知らないよ。隣に住んでるってだけで面識ないし、深夜にブツブツ言ってるのが聞こえてきて気持ち悪いから出来るだけ関わらないようにしてるよ。
何? あんたもあの人と同じ系統の人?
いや、ちょっと人探しをしてまして。
何だよその気持ち悪い入れ墨。あんたも魔術師か何かだろ?
俺はその手の人間に関わり合いになりたくないんだよ。
もう話す事何て無いよ? あっちいって」
隣人に探りを入れてきたようだ。
しかしこのトーキング・ロックは狙った情報をピンポイントで手に入れることは出来ないが、これほどはっきりと状況を教えてくれるとは、インプの比ではない。
だがこの探りを入れてきた魔術師、……危険だ。
マシスと聞いて私が分からないということは少なくとも私の所属する結社、ブラッドパンサーの構成員ではない。
そして私のフルネームを知りたがる理由はいくつか推測出来る。
より正確に私の情報を収集し、探りを入れる魔術に使用。
私に対して何らかの呪術で攻撃を行おうとしている。
まず目的を知る必要がある。
私のフルネームを知っている人間はこの村にも、町にも何人も居る。
それを知らないということは、よそ者だという事だ。
何の情報も無くなぜここへと辿り着いたのか?
何故私を探ろうとしているのか?
まったくうっとおしい!
正面から攻めて来ればグラスフィッシュで刻んでやるのだが……。
何としても私の平穏を脅かす者を『始末』しなければならない。
さきほど、短時間だけエセリアル界に潜った。
すぐに戻る予定だったので鐘のなる機械を短く設定しておいたので命拾いした。
私がエセリアル界の一番浅い階層、島を探索していた時、ティミドモスの精霊の効果で、目の前の空間が大きく脈動した。
最初は周囲に攻撃性の高い精霊が居るものと思って警戒したが、見慣れた草木があるのみ。
だがティミドモスの脈動はまるで至近距離に危険が迫った時のように激しい警告を示した。
そこで私は直観した。
現実世界の私の体に、何か危険が迫っている!
だがエセリアル界から自分の意志で戻ることが出来ない。
セットした鐘の音を待つしかないのだ。
今回は短時間だったので、懐中時計を確認した。
残り15分。
正直15分間生きた心地がしなかった。
起き上がって即座に攻撃できるように心構えをして、その場に座り込んで精神を落ち着けるのみ。
戸締りをもっと厳重にすべきだった。
いやそもそも、自分を探る魔術師の正体を掴むまで、エセリアル界に潜るべきではなかった。
せっかく無尽蔵の力を手にし始めたのに、肉体を殺されれば全てが無に帰る。
こちらから現実世界に攻撃出来ないか?
いくつもの後悔や感情が私の心を走り抜けた。
そして遂に15分が経過し、無事鐘の音が鳴って私は現実世界に戻った。
私は魔法陣の真ん中で上半身を起こすとすぐさまグラスフィッシュの封霊されたダマスカスリングをかざして部屋を見回した。
干し首の置かれた台座の傍に先ほどの人造精霊が居た。
興味深そうに干し首をつついたり嗅ぎまわっている。
奴がそれに興味を示すのは納得できる。
この部屋で最も強烈な魔力を放つアイテムだからだ。
だがもし、私がエセリアル界に居る間にその干し首が台座から落ちていたら……どうなっていたか分からない。
永久に眠り続ける羽目になったかも知れぬ。
私は憎しみを込めてウィザードナイフに呪いの倍返しの力を込める呪文を唱え、その人造精霊に突き刺した。
人造精霊は叫び声をあげてのたうちながら消えた。
だがこの程度で相手は死なないだろう。
これからは常に自分の部屋に結界を張ることにする。




