ルドルフ歴58年7月2日
前回の一週間に及ぶエセリアル界への潜行では、新たなエレメンタルの収穫はあったものの、ガーディアンの守る塔の仕掛けを解くことは出来なかった。
黄金の鷲の持っていたスクロールには記述が腐食で欠けた部分が多く、トライ&エラーでその部分を試行錯誤することになった。
失敗すればガーディアンが駆けつけて仕掛けを戻してしまう。
私は粘り強く試していたが、ある塔で全パターンを試し終えた際にある事に気が付いて愕然とした。
ガーディアンは私が正解パターンに揃えた別の塔も全てリセットしていたのだ。
現実世界へと戻り、休息を取ったが命を削るエセリアル界での探索の疲れがどっと押し寄せ、私は丸一日眠り続けた。
目が覚めると私は気晴らしに町へと向かった。
私の住む山村から町へ向かう道中、切り立った谷のような街道を通る。
そこに何人もの人間が集まっていた。
見てみると大きな落石があったようで、街道が瓦礫で封鎖されてしまっていた。
不運にも大岩の下敷きになった馬が2頭、血を地面に流して息絶えている。
ある者は近くの岩に座り込んでどうしていいか分からず呆然としており、シルクハットを被った紳士らしき人物は懐中時計を見ながらイラついていた。
聞いてみると岩が大きすぎて片付ける目途が立っていないらしい。
町の石工を呼んで砕いてもらおうにも、都合がつかないらしい。
私はその場にいる人々に後ろへと下がらせた。
人々は落石のある場所から100メートルほど後ろで、私の指示に従って地面に並んで伏せた。
私は大岩の影に身を隠し、ダマスカスリングを向けて唱えた。
エルスナ デスペラード・アガリック
凄まじい音を立てて瓦礫の山にいくつもの精霊の力が発射され、砕かれた石の欠片が周囲に飛び散る。
だが私が狙ったのは、馬の死体である。
血しぶきを上げて馬の死体が細かく跳ねた後、マスターメイジである私の目には見えた。
馬の死体、それだけではなく、瓦礫に埋もれた人の死体からいくつもの精霊のキノコが生えて育つ姿が。
3分間ほど経った頃、後ろで伏せて見守っていた人々はぶつくさ言いながら立ち上がろうとし始めたので私が叱責して再び伏せさせた。
頃合いを見て、私は二発目のエレメンタルマジックを放った。
エルスナ グラスフィッシュ
透明の斬撃が精霊のキノコを裂き、それをきっかけに連鎖爆発が発生。
大地を轟かす轟音と共に、大岩もろとも瓦礫が粉砕されて爆散し、周囲に石の雨を降らせた。
そして渓谷の向こう側へ続く道が顔を出したのである。
後ろで見ていた人々の驚きようと言ったら……ふっふっふ。
傑作だった。
野菜売りの行商の女は持ち切れないほどの果実を私に差し出す。
普段は私の存在など無視しそうな、貴族らしき紳士は私の名前を尋ねた上に自分の名刺を差し出した。
普段私を煙たがって見ていた村人も目を輝かせながら周囲で私を称賛する。
笑えたが一瞬で飽きたので、私はそのまま町へと向かった。
町に着いた私は、一つ試してみたいことが有ったのでこの国の新兵訓練所へと足を運んだ。
休憩中だったのか、兵舎の隣の空き地で新兵共が座って駄弁っていた。
この国には兵役があり、年齢16~18歳の男は農民だろうが、職人の子だろうが兵士としての訓練を受ける義務がある。
私もやっていた。
猟師の子以外が弓術を生まれて初めて覚え、騎士階級や職業兵士の子以外が槍や剣の扱いを生まれて初めて覚える場所だ。
だが部外者の私が平然と紛れ込んで話し始めることが出来る、のどかなものである。
私は10枚の金貨を見せ、彼らに度胸試しをさせた。
一人が1つの矢を放ち、私を見事射貫けば一枚くれてやるというものだ。
露骨に拒否する者、ニヤニヤしながらやらせてくれと言うもの。
色々居たが最終的に10人の候補者が揃った。
私は野原の真ん中に立ち、10人のひよっこ共が私に狙いを定めて弓を構える。
そして私は呪文を唱える。
エルスナ フォート・アント
37匹でオーバーチャージされた精霊の砦が形成されたのを確認し、私は合図の手を上げた。
10発の矢が飛んでくる。
だがほとんどの矢は明らかに私を狙っておらず、体から30センチほど外している。
田舎の山村とは心優しい人間が多いものだ。
だた一本だけ、まっすぐ私の顔を狙って来た矢がある。
こいつは素質がある。
私が逆の立場でも狙うだろう。
結果としては全ての矢が精霊の砦で弾かれて一本たりとも私に命中しなかった。
初めは私を奇人変人とみて、舐めて掛かっていた少年兵たちの態度は一斉に畏敬と恐怖に代わっていた。
私は結果に満足して訓練所から立ち去った。
エセリアル界で手に入れた精霊の力は、間違いなくこちらの世界で発動している。
私は町の料理屋でシーフードパスタを楽しみ、ワインを飲んだ。
この店の店主は各地で料理人として修業してきたという触れ込みだけあり、味はなかなかのもんだ。
料理とワインをひと時楽しんだ後、私が帰ろうとすると二人の小汚いガキが私のローブに縋り付いてきた。
乞食かと思って振りほどいて進もうとすると母親の難病を直してほしいと汚い涙と鼻水をローブに擦りつけながら訴える。
俺に言うな。医者へ行け
そういって立ち去ろうとしたが、医者にも見放されただのいって離れない。
なら、金を寄越せ。俺は只では仕事はしない
そういうとガキ共はネックレスを差し出して来た。
見た感じ銀とオパールとルビーが使われた本物。
祖母の形見だとかのたまう。
余りにウザかったので私はそのネックレスをぶんどってポケットに入れながら言った。
母親をここへ連れて来い
ガキの一人が駆け戻ると杖にすがってなんどもよろけて倒れそうになりながらガイコツのようにやせ細った女がが私の前に気て座り込んだ。
私はダマスカスアミュレットを取り出して唱えた。
エルスナ バイタル・オーク
しばらく俯いていたガキ共の母親は、一分後には杖を捨てて立ち上がった。
そして小さいほうのガキを今度は抱きかかえて立ち、私に礼を言った。
気が付くと周囲を人が囲んでいたようで、周囲から驚嘆の声が聞こえる。
私はとっとと人をかき分けてその場を立ち去った。