ルドルフ歴58年6月24日(3)
私は目覚めると再びガーディアンに遭遇した塔へと戻った。
そして慎重に床と天井のミラーを回転させて、スクロールの記述に合わせた。
念のため記録しておく。Ψ 正解は天井が8時、床が3時。ガーディアンは床の2時。
これから次の塔へと向かう。
全てが未知のエリアだからティミドモスの効果を絶やさないように心掛けねばならない。
1時間くらいはもつようである。
森の中を歩いているとティミドモスの精霊魔術が反応し、小さく空間が脈動した。
良く目を凝らしてみると、30メートルほど離れた場所に、紫色のタケノコ型の巨大なキノコが生えているのが見えた。
高さは人間の身長ほどで、直径は1メートルほど。
君の悪い黒いイボのようなものがキノコ全体にまばらに散らばっている。
あのキノコにティミドモスが反応したということは、何らかの攻撃手段を持っていると考えられる。
これから確かめようと思う。
一言で言って凄まじい。
私は地面に伏せて30メートルの距離からグラスフィッシュの斬撃をキノコに放った。
とたんにキノコ全体にある黒いイボのような突起がポップコーンが一斉に弾けるように爆音を立てて周囲に撃ち出された。
キノコから3メートルくらいにあった大木の幹を貫通している!
キノコの隣にあった大木は幹が粉々に粉砕されてその場に倒れた。
黒いイボは黄色い粉をばら撒きながら半径20メートルくらいの木々の幹にダーツのように突き刺さると、みるみる木々を腐食させて倒し、30秒もたたないうちに爆心地から半径20メートルの木々が腐って禿げ上がってしまった。
そして腐って倒れた木々から別のキノコが生えて頭を出してきている。
こんなものを食らえば人間は即死するし、集団の中で爆発させれば大虐殺となるだろう。
……これほど恐ろしい精霊は……封霊せざるを得ない。フフフフ。
万一に備え、這いつくばっての遠距離からの封霊となった。
今回かかった時間は2時間。
封霊の際はいつもそうだが、イメージとしては精霊の全身を取り囲むように精神の網を張る。
その状態で支配力の源となるマナを浸透させていくのだが、精霊は抵抗して暴れようとする。
例え見た目が植物であってもだ。
暴れて突き抜けようとする部位の精神の網を厚くして対処しなければならないが、その文別の個所の網を薄くすることになる。
この調整に非常に精神力を消耗させられるのだ。
この暴れ方から見て私は感じるのだが、このエセリアル界の生物は魚であろうと、植物であろうと意志を持っている。
このキノコももし封霊に失敗すれば私に黒いイボでの狙撃を試みるだろう。
抵抗を抑えている内にそういう意思を私は感じた。
幸いにも封霊は成功した。
そしてデスペラード・アガリックと命名した。
力を発動すると凄まじい勢いで黒いイボを20発ほど前方に1秒ほどの間に発射する。
同時に黄色い粉を猛烈にばらまくため、一瞬視界が覆われる。
そして恐ろしいことに、それが木の幹など、生体に命中し、貫通せずに内部で停止すれば見る見る対象を腐食させてそこから同じキノコが生える。
ただ時間制限はあるようで5分ほどで透明になって消えた。
だが、これを利用すれば、連鎖爆発を引き起こしてエリア一体に大被害、そう、兵士の小隊を壊滅することもできるだろう。
なお、一番最初にキノコを炸裂させたエリアからは離れてもう近寄らないことにする。
あちこちにキノコが群生するエリアとなっているからだ。
連鎖爆発が起きれば想像を絶する惨劇になるだろう。
二つ目の塔に辿り着いた。
ここも3階ほどの高さにミラーがある。
周囲の風景を伺ったがガーディアンの姿は見えない。
万が一失敗してガーディアンを呼ぶことになっても、近寄られる前に塔を降りて森に隠れることが出来るはずだ。
幸運にも一発でミラーの回転によるセットを完了した。
記録。
η。正解は天井が7時、0時から左回りにガーディアン無し。
床は6時。0時から右回りにガーディアン無し。
次の塔へ向かって森を歩いていると右手側に巨大な土の壁があった。
建物の残骸があっても特に驚かないのだが、ティミドモスが無数の小さな反応を示した。
私はこのエセリアル界の脅威はどんな小さなことも把握する必要がある。
注意深くその方向へ進み気が付いた。
土の壁全体を手のひらほどの大きさの白い昆虫が這いまわっている。
私は書物でこれと似た生き物を知っている。
シロアリと、その巣だろう。
ただしここはエセリアル界。
その昆虫の姿はアリというよりは、アリの下半身とカマキリの上半身を合体させたような姿だ。
手のひらサイズとはいえ、昆虫の恐ろしさは知っているし、サソリのように毒がある可能性もある。
私は距離を保ったまましばらく観察を続けた。
しばらくすると迷い込んだ一匹が群れを離れて私から5メートルほどの距離へと近づいてきた。
とっさにスワロウ・キャットの力を発動。
動きを緩めて拘束すると私は再び封霊を行った。
体が小さいだけあって20分ほどで成功した。
力を発動してみると私の周囲、半径3メートルほどに見る見る土の砦が形成された。
野生で作られる砦と違い、虹色の半透明で壁の先が透けて見える。
高さ2メートル、厚さ5センチのものを作るのに3分くらいかかったが、そこそこ頑丈だ。
石程度の硬度はあるだろう。
フォート・アントと名付けた。
そして私は突飛な事を思いついた。
これから試してみることにする。
フォート・アントを同じリングに5匹封霊し、力の発動の言葉「エルスナ フォート・アント」と唱えた。
結果1匹の時と同じ程度の壁を作るのにかかった時間は30秒ほど。
私の推測は当たっていた。
同じ名前の精霊を複数、同じアクセサリーに封霊したとき、その力を発動すれば力が数分倍増する。
ダマスカスリングは頑丈でまだ余裕があるように見える。
くくくくく。
限界に挑戦してみよう。
37匹。
フォート・アントの封霊に成功した。
ダマスカスリングが熱を帯び始めた。これは金属がねじ曲がった際におこる発熱。
これ以上は限界だろう。
5秒ほどで私の身を、少なくとも弓矢程度の攻撃から守るに十分な障壁が作られた。
リングが崩壊しないかしばらく様子を見たが、使わずにいる分には問題ない様だ。
アザムの記載した『虚無と深淵の書』にもこんなことが出来るという記述が無かったので、私が初めてアザムを超えた開拓者となったのかもしれぬ。
この事象の事を『精霊のオーバーチャージ』と命名する。