表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

ルドルフ歴58年6月24日(1)

 今度は一週間に及ぶ潜行となった。

 リゲル同様に小さなメモ帳を持ってエセリアル界に潜った。

 日誌をその場で書く目的だったが、思わぬ事で役に立った。

 これはもう必需品であろう。


(数ページにわたって日誌の記載された紙が手記に添付されている)


 6月15日


 作り終えた縄梯子の片側を洞窟の柱に結び付けて、片側を広大な地下世界へと放り投げた。

 そしてその縄梯子を降りて行ったが、やはり生きた心地がしなかった。

 これほどの勇気を振り絞るのは人生に数回しかないだろう。

 風が無いのが幸いだった。

 降りた場所はうっそうと茂るジャングルのようになっており、木々の下へ降りて周囲の風景が見えなくなる前に、私は縄梯子に片腕を絡ませた状態で周囲を見回し、あちこちにそびえ立つ遺跡群の位置をメモした。

 一体何が太陽の代わりとなってこの空間を照らしているのかと上空を見回したが、私の知っている太陽は当然ながら無かった。

 代わりに岩の天井を這う無数のコガネムシのようなものが居た。

 この距離からはまぶしさもあって大きさが分からなかったが人よりも大きいのではないかと思う。

 このコガネムシは猛烈な熱と光を全身から放っており、蛍のように瞬いていた。

 太陽の代わりとなって森を育てるほどだ。

 近寄れば私が焼け死ぬ可能性もある。


 私は再び周囲を見回してめぼしいものを見つければマッピングした。

 木々の上程度の高さとはいえ、それでも10メートル以上ある。

 だが情報は命だ。

 私は森で迷い死ぬよりもと、多少の恐怖に抗って地図を記した。

 私は以前、裏山の山中で迷って死にかけたこともある。

 森は無知な人間が思う以上に危険なのだ。


 地面に降り立って感じたのは、まず植物の臭いだ。

 青臭い臭いと落ち葉の発酵したような臭いがかなり充満していた。

 広大な空間とはいえ、洞窟の中の空間。風など起こりようがない。

 どれほどの年月この森が存在しているのか想像すら出来ないが、逃げ場のない臭いが充満するのは当然だろう。

 私は魔術師故に錬金術もすこし齧っており、世間一般の人々が知らない様々な気体を知っている。

 その中に、一部の魔術師が暗殺に使う毒気がある。

 貝殻や卵の殻を酸で溶かした時に発生するものだが、人の目には見えないが地面に溜まる性質があり、これが充満した場所にいる人間は死ぬ。

 これは自然にも発生し、山の中の窪地で山菜取りに来た人間が体の重みを感じ、その内動けなくなって死に至るケースがある。

 無知な連中は山に住む悪魔か物の怪の呪いだと思い込み、私に助けを求めてきた。

 その時は私は地形を見て、死体の色を見て即座に看破し、霊道を作るといって風通しを良くし、まがい物の儀式を行って小金をせしめたものだ。


 今回、この森はその危険性が極めて高い。

 地面に激しい凹凸があるので窪地は絶対に避けて歩かねばならない。



 見つけてしまった。

 直径10メートルくらい、最深部が2メートルくらい抉れた下草の茂る窪地のど真ん中にローブを纏った人骨が有った。

 私は近くにあった蔓植物を千切って縄のようなものを作り、枯れ枝を先端に結び付けてフックを作った。

 そしてその人骨にひっかけて引き上げた。

 幸いにもローブが全身を包んでいたので、足の一部の骨と靴を残して引き上げに成功した。

 腐ったローブにうっすらと痕跡の残るマークから、リゲルと同じ魔術結社、黄金の鷲の魔術師だと分かった。

 いくつかのダマスカスリングをはめており、そのどれもにエレメンタルの封霊がされた刻印があった。

 だがアザムが編み出したこの魔術には厄介な点がある。

 例えエレメンタルの宿るアイテムを手に入れても、それを封霊した際に魔術師がどう命名したか、それが分からなければ、力の行使が出来ないのだ。

 私はローブをめくって手掛かりを探した。

 そしてこの魔術師が隠し持っていた朽ちかけのスクロールを見つけたのだ。

 その大部分は土や枯れ葉に触れていたせいか腐食が進行していたが、読み取れた内容は以下だ。


 ・この魔術師はリゲルの死後に潜っている。

 リゲルによって魔術結社に持ち帰られ蓄積された情報をスクロールに記していた。

 

 ・このエリアよりさらに地下があるらしく、そこへ向かうには数々の遺跡で何かの仕掛けを作動させる必要があるらしい。半分消えかけたいくつかのマークが記してあったが意味は分からなかった。


 ・封霊されたリングの刻印のマークとその効果、名前が羅列してある箇所があったが、残念なことに読み取れたのは一つのみ。


 私は唯一読み取れたエレメンタルの刻印がされたリングを骨の指から抜き取って自分の指に嵌めた。

 そして詠唱した。


 エルスナ ティミドモス


 唱えた瞬間私の背後、頭の後ろで激しい空気の振動を感じて振り向いた。

 目の前の空間が若干歪んで見え、何もないはずの目の前の空間が心臓のように脈打っている。

 それも激しくあらぶっている。

 私がそれに一歩近づこうとすると、脈打つ空間は一緒に移動した。

 どうやら私から一定距離を保つようである。

 面白がってそちらに歩き続けると、どんどん脈動が大きくなる。

 効果は予知……何かの予知という部分だけが読み取れた。

 私は脈打つ空間をしばらく観察していて、背後の植物が微妙に動いているのに気が付いた。

 何か渦巻き状の根が張っているようにも見えた。

 そこで近くに落ちていた枯れ枝を渦巻きの中心に投げ入れて、私は冷や汗を流した。

 鞭がしなるような激しい音と共に根が立ち上がって枯れ枝をバキバキと握りつぶして固定し、長さ2メートルはあろうかという葉が地面からめくり上がって閉じ込めた。

 食虫植物が巨大化したようなものらしい。

 人間など余裕で捕えて殺し、喰うだろう。


 私の推理では効果は殺意の予知だ。

 この植物の危険性は認識出来たが、魔術師の骨の有った毒気溜まりの窪地には反応しなかった。

 それにしても魔術結社黄金の鷲に所属し、身なりからマスタークラスのはずなのに、このようなトラップで命を落とすとは間抜けな奴だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ