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ルドルフ歴58年5月7日

 未だに興奮が収まらない。

 私は十数年の魔術師としての人生の中でも、夢想だにしなかった価値ある書物を手に入れる事となった。

 この幸運を授かった私に比べれば、城に住み宝物庫一杯の財宝を持つルドルフ皇帝ですら慎ましい小者でしかない。


 私は「虚無と深淵の書」を手に入れたのだ。


 机の傍らに置き、この手記を記しているが、今でも手の震えが止まらない。

 夢を見ているのではないかと疑うほどだ。

 今日、炭鉱夫達が岩の中に奇妙な遺跡を掘り当てた。

 何か魔術の道具が沢山あり、呪いを恐れる連中が私に助言を求めに来たのだ。

 そこは幅5メートル、奥行き10メートルほど、天井の高さが2メートルほどの完全に封印された石造りの四角い部屋だった。

 入り口はどこにもない。

 部屋の隅に元は小さな机と椅子だったであろう残骸が散らばっていた。

 そして中央にはペンタグラムと二重の結界のサークルが刻まれており、ペンタグラムの5つの頂点にはろうそくを立てたであろう燭台が置かれていた。

 炭鉱夫達が恐れおののいたのは、そのペンタグラムの上に横たわる異様な人骨が有ったかららしい。

 見たところ骨のいたるところに牙の噛み跡、刃物の後があり、両ももと左腕を骨折した形跡があった。

 そしてその骨の脇に動物の皮を表紙に閉じられた書物が置いてあった。

 炭鉱夫共も、役人共もその文字を読めなかったが、魔術師である私には分かる。

 この文字はいまや魔術師の間でも記述を他人に読ませないように置き換えるだけの道具となっている太古の神聖文字、シュメク語だ。


 表紙の記述を見て私は震えた。

 これは二千年前の神話と思われていた「虚無と深淵の書」なのだ。


 二千年前の神話。

 伝説の魔導士アザムは世界を支配し、思いのままに魔獣や精霊を出現させ、大波で町を沈め、火山を出現させて城を粉砕した。

 その神に等しい無限の力、全ての欲望を成就する力の源は、彼が腕にはめる支配の腕輪にあった。

 アザムは虚無と深淵の世界、我々が使い魔やエレメンタルを召喚する世界、「エセリアル界」へと、自らの魂ごと入り込む秘術を持っていた。

 その極意を記したのが「虚無と深淵の書」なのだ。

 

 そう、今私の目の前に置かれているこの書物なのだ!


 アザムは欲望の限りを尽くし、全ての人間を敵に回し、300年を生きた後に、飽きた。

 そして彼は支配の腕輪を持ったままエセリアル界に潜り、二度と戻ってこなかった。

 彼を殺そうと駆けつけた兵士たちが見たものは、魔法陣の中央で安らかに息絶えたアザムの遺体だったのだ。


 支配の腕輪は元々はエセリアル界で発掘して、この世界に持ち出した物。

 腕輪はアザムの魂と共にこの世から消えた。

 

 私は寝る間を惜しんでこの書物を流し読みをしたが分かったこと一つある。

 魂がエセリアル界に潜って生きている間は、肉体も生きている。

 魂がエセリアル界で傷ついた時、肉体も同様に傷つく。

 そして魂がエセリアル界で死んだとき、同時に肉体も死ぬ。


 そう、誰も結末を知らない事実を私は知った。

 アザムはエセリアル界で死んだ。


 つまり、私がこの秘術を用いてエセリアル界を探索し、アザムの足取りをたどることが出来れば……


 私は支配の腕輪を手にすることが出来る。


 神に等しき無限の力を手に入れ、全ての欲望を満たすことが出来る。

 

 とはいえ、いきなり無謀なことは出来ないし、そもそもこの秘術の安全性も確かめながら、徐々に徐々に、少しずつ進めていく事になるだろう。


 余談だが、私がこの本を読み解き、支配の腕輪の在り処を推測し、それを手にする決意をした時、今日は晴れであるにもかかわらず、激しい雷鳴が鳴り響いた。

 魔術師でない人間は気味の悪い偶然だと思うだろう。

 だが魔術師である私は過去にこれを体験している。

 魔術を志し、初めて自分の守護精霊と対面したときも同様のことが起こった。

 これは偶然ではない。

 宿命の出会いであると私の魂が、守護精霊が私に知らしめているのだ。

 この世に無数にある占い、占星術、東洋の易占術、タロット、全て原理は同じだ。

 サイコロを振るような偶然の世界に、魔力を持つものは力を与えることが出来る。

 そこから人間の想像を超えた答えを導き出すのだ。

 私ほどの高位の守護精霊を持つものは、その偶然の領域は、天候にまで及ぶ。



 この書物には丁寧にも慣らしの期間用のエセリアル界への没入技法が記載してある。

 顔に広がる笑みを止めることが出来ない。

 アザムがこれほど慎重な性格だったと知る者は、今の世界で私一人なのだ。

 はやる気持ちを抑えきれないが、明日さっそく遠出して屠畜場、石工、道具商、細工商、そして人気のない墓地へと赴かねばならぬ。


 この本の隠し場所も考える必要がある。

 力のある魔術師は大陸を隔てていても輝く魔力を嗅ぎ付ける。

 地下倉庫の壁の石をくり抜いて、その上に探知抵抗の封印シールを施そう。


 私の体にしみ込んだ、アザムの魔力を読み取られてしまう危険性にも十分注意を払わなければならない。

 出かける前に気配の隠蔽の魔術儀式を行っていくとしよう。

 

 

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