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一粒短編集  作者: はな豆
6/6

心のすきま

 これまで生きてきた私。その中でどれだけの感情を抱いてきたのだろう。


***


「まーた、難しい顔してんな? 椎木(しいぎ)

 そうやって、真剣な物思いにふける私に失礼なことを言うのは私の幼馴染。

「はあ」

「今度はため息してる」

 ここで、考えていたことを一旦やめる。そうじゃなきゃ彼と話すことは難しいから。

 頬杖をやめて机に座り直し、彼の目を見ながら答える。

「なんで、私が色々と考えている時に限って、君がやってくるのかなーって思ってたの」

「ふうん?」

 何言ってんだこいつ? という感じの視線が私に刺さる。ああ、今日も面倒だな。

 でも、彼はそれでも話を聞こうとする体制を崩さない。いつものように私の席の前を陣取り、いつものように椅子に横向きに腰かけて、無駄に整った顔をこちらに向けてくる。

「聞いてもらえる?」

「いいよ」

 こういう時にすぐ私の話を聞いてくれるところも、面倒。

「自分の人生について考えてた」

「17にして?」

 面白いね、と口元を緩ませる彼。もう、だから話したくなかったのに。だから私も、つい目線が左下にそれていく。

「それで? 続き聞かせてよ」

「──なんとなく、今生きている私って一番人生経験が長い自分だよなって」

「現在進行形でね」

「それで、私が今まで感じた感情の数を数えたら、どれだけになるのかなって」

「深いねぇ」

「適当に答えてんでしょ」

 まあいい。こうなったら、こんな面倒なことにしてくれた彼に全部ぶつけてしまおう。

「それでさ」

「うん」

「その感情の中に、君はどのくらいいるんだろうって、数えたんだけど」

「突然の俺?」

「うん」

 彼から目はそらしているけれど、今笑ってるな。絶対からかうような意地悪な顔をしているに違いない。

「初めて会った時、君は泣いてたよね」

「うわ。そこから?」

 そう、彼と初めて出会った時、彼は泣いていたのだ。


***


 その日は、夕焼けが目に眩しい頃だった。

 私は母と手を繋いで、保育園からの帰り道を歩いていた。確かあの時は、その日見つけたミミズが如何に大きかったのかを母に力説していた気がする。

 そして公園に通りかかった時、目に入ったのが彼だった。

 彼は泣いていた。彼は隠れるように大きな樹の陰にうずくまっていたのだが、私たちはその裏側が見えていた。まあ滑り台なので、当然のことではある。裏側どころか、三方向からバッチリと見えていたのだから。

 だから私は母と繋いでいた手を離して、彼のところへ行った。公園の入り口にある柵をくぐりぬけて、真っすぐに彼のところへ駆けていった。

「ねえ」

 ひとこと、彼に声をかけると、彼は一瞬体をビクリとさせてから、震える肩と一緒にゆっくりと顔を上げた。

 顔を歪ませて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をこちらに向けているが、何も言わない。

 幼い私は、遠慮を知らないからそのまま告げる。

「なんでないてるの?」

「……」

「わらったほうが、しあわせになれるってママがいってたよ」

「…………」

「ねーねー」

「………………はあ」

 彼はため息をつく。最初は、遠慮のない私に呆れたものなのかと思ったが、どうやら話すために息を整えていたみたいだった。

 今度は私が黙る番。うずくまる彼の正面に、ひざを三角にして抱え込んで座る。

「おんなのこみたい、なんだって」

「なにが?」

「ぼくのなまえと、かお」

「ふうん?」

 そこで改めて彼の顔を見ると、確かにかわいらしい顔立ちをしていた。ぶどうみたいに丸く綺麗な目に、さくらんぼ色の唇。だけど、その顔は涙と鼻水まみれである。

 だから、私は正直に言った。

「そんなかお、してないよ?」

「そうかな……」

「そうだよ」

 それに、と無神経な私は続ける。

「それだけで、おとこのことか、おんなのことかってへんじゃない?」

 それを聞いた彼は、ただでさえ丸い目をさらに丸くさせた。

「──そっか。そうかも」

 そして、私の知らないところで納得したみたいだった。

「ねえねえ。それで、なんてなまえなの?」

 立ち上がった私は、彼に手を差し伸べながら尋ねる。女みたいな名前って何だろうと思ったから。

 私の手を掴んだ彼は、ぐちゃぐちゃな顔のまま微笑みながら答える。

「ゆうき」

「え?」

 今度は私が目を丸くする番。

 あの頃から、私たちはお互いの言動が代わりばんこだったな。

「なーんだ。ゆうきっていうんだ」

「……? うん」

「わたしもだよ」

「えっ」

「わたしも“ゆうき”だよ。椎木ゆうき」

 そう、私が当時『おとこみたい!』と散々言われていた名前と同じだったのだ。

 繋いだ手を引っ張って、彼を立ち上がらせる。

 樹の陰から出ると、夕焼け空はピークを迎えていて、景色が茜色に染まっていた。

「きれいだね、ゆうき」

 繋いでいない反対の手で、顔をごしごし拭う彼に話しかける。

 そして、目に夕焼けを浮かばせながらこちらを向いた。

「うん。──そうだね、ゆうき」

 彼は、夕焼けよりも眩しい表情を浮かべていた。

 それからだ。なんだか面倒な気持ちが私に宿っていったのは。


***


「そういえば、最近俺のこと名前で呼んでくれないよね。あの時はよく呼んでくれたのに」

「そうだっけ」

 なんとなく面倒な気持ちがぶり返しそうだったので、素っ気なく返す。

「そうだよ。ブランコからジャンプして失敗した時も、ヤゴを捕ろうとして小学校のプールでひっくり返った時も、中学の期末試験で順位が二人並んで発表された時も、呼んでくれてたじゃん」

「突然過去を掘るね?」

「先にしたのはそっちでしょ?」

 例のごとく、代わりばんこしたな……。

「で? 結局、俺は椎木の中にどれくらい登場してくるの?」

 そっちだって、私の名前最近呼ばないくせにね。

 それでお互い少し寂しい気持ちなのも、私は知っているし、多分彼も知っている。

 あの日、あの夕焼けの日に手を繋いでから、彼と過ごした時間は長かったのだから。

「すきま」

「ん?」

「ずっといるんだよね。私の心のすき間に、ずっと」

 何せ、過ごした時間が違う。あれから十年以上、常に隣にいたわけじゃないけど、なんとなく近くにいた。気が付いたら、義務教育は終わったのに高校まで同じだ。

「大きな出来事に君がいないことはあるけど、その間にあるは君との思い出ばかりなの。だから、数えるなんて無駄でした」

 自分の物思いに区切りがついて、満足。

 そのくらいのスタンスでいたつもりだったんだけど。

「えーと……」

 ずっとそらしていた視線を彼に再び戻すと──あれ?

 さっきから、ずっと笑ってると思っていた彼の顔が、なんだか想像と違う表情をしていた。耳まで真っ赤になっている。

 あの日みたいだね。

夕樹(ゆうき)

 思わず、彼の名前を呼んでしまう。ああ、やっぱり彼の名前を浮かべると、心のすき間が彼への気持ちで染まってしまう。

 あったかくて、胸がぎゅってなる。

 あの日みたいだね。

「──なに、ゆうき」

 彼も私の名前を呼ぶ。うん、やっぱりこの気持ちは面倒だ。

 ならもう、全部言ってしまおう。それは最初に決めていたことだもんね。

 それに、彼は私の話を聞いてくれるって信じていたいから。

「これからも、私の心の中には夕樹がいてほしいな」


 この後のことは、あまりにも面倒だから私と彼だけの秘密。



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