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《09》『桜の国の少女』の『出会いと別れの物語』

 少女は襲われていた。

 吸血鬼と別れたその道中に潜んでいた野盗。

 奪えるものならなんでも奪う。金品、命、それから子どもまでも。

「なんだ、こいつ? なーんにも持ってねぇぞ」

「大丈夫だ。この子どもを奴隷市に売りだせば、大層いい趣味を持つお金持ちの方が金をだしてくれるだろうよ。子どもで女なら、高値で取引されるはずだ。……もっとも、心や体は無事じゃすまないだろうがな!」

 二人組の野盗はナイフを持ちながら脅してくる。

 だが、掴まってしまえば、今よりもっと恐ろしいことが身に降りかかることになるだろう。涙を流しながら少女は逃げようとするが、

「待て!」

「――うっ!」

 鋭利なナイフが少女の腕を抉る。

「ば、馬鹿野郎! 怪我させるんじゃねぇよ! 大切な商品が傷物になったら、価値が下がるだろうが!」

「か、かまわねぇよ! どうせ奴隷市に出すまでに、奴隷商人がある程度は調教するんだ。逃げ出したり、余計な感情を捨てさせるようにな! 顔以外だったら、少しぐらい傷つけるぐらい、金持ち様だって承知の上さ。あんまり抵抗するなら剥いてやれ! そうすりゃ、いつもの餓鬼共みたいに大人しくなるさ」

 野盗は興奮したように吐息を粗くする。暴れられるのは面倒だが、服の下がどんなものかを拝めるとなれば別だ。面倒さも、一種のスパイスとなる。だが、

「な、なんだこの羊っ!」

 まるで番犬のように野盗へと立ち向かう。主を守るために、果敢に突進する。だけど、まだ子どもの羊に力はそこまでない。

 残虐性を持ち、ためらいなく凶刃を振るえる野盗達にとっては少しの間の障がいにしかならない。

「やめてえ、メリーィィィ!」

 悲痛な叫びが、虚しく空に響く。

 だけど、勇敢な羊は野盗達に向かっていく。そして、


 グサッ!! とナイフがメリーの肉体に深々と突き刺さる。


 肉を解体するみたいに、ズバッとそのまま横一閃。

 メリーは見るも無残な姿になってしまう。

「あっ……」

「――ったくよぉ! お前みたいな畜生が、守れるわけねぇだろがっ!」

 野盗が何を言っているかなんてどうでもよかった。

「あ、ああああ」

 血だまりの中にいるメリーに駆け寄る。

 慟哭しながら、抱きしめる。

 もう、動いてくれない。

 家族ですら見捨てた少女の、ずっと共にいてくれたたった一つの存在が今消えてしまった。

「ああああああああ!」

 悔しくて、悔しすぎて、泣くことしかできない。

 立ち上がって拳ひとつ振り回すことすらできない。

「うるせぇな! この餓鬼、さっさと刺せ! どこでもいいから刺せ!」

 野盗の一人が、ナイフを少女に向かって振り下ろして、


 吸血鬼は、その刃を素手で受け止めた。


 カタカタ、と震えながらナイフに力を入れる。

 だが、野盗のナイフは手のひらを突き刺すことができない。いや、突き刺さっているはずだ。血も出ている。だが、貫く勢いで力を入れているのに、薄皮一枚切っただけで留まっている。

 まるで、血が鉄のように固まっていて、ナイフを受け止めているかのようだった。

「な、なんだ、こいつ!!」

 野盗が叫んだ瞬間――バキンッ、とナイフが粉々に砕ける。

「なっ――」

「視界から消えろ」

 野盗の顔面を高速で殴打すると、冗談みたいに人間の身体が吹っ飛ぶ。

「なっ、ああ、ああ」

 もう一人の野盗は尻もちをつく。

「おい……」

「ひ、ひぃいいいいい!!」

 野盗は遁走していく。それを追いかける素振りもみせずに、吸血鬼は少女に振り向く。

「ううううう」

「……悪い、そいつ助けられなかった……」

 そいつ、ということはきっとメリーのことだ。

「…………メリーは私のたった一人の友達だったの。メリーと一緒だったから、両親から捨てられても平気だった。だけど、これから私はどうすればいいの? どうやって生きていけばいいの?」

 そんな少女の身勝手な疑問に、吸血鬼は答えてくれた。

「お前がどんな風に生きるかはお前が決めることだ。俺にできるのはお前に、選択肢を、道を増やしてやることぐらいだ。歩み道はお前が決めることだな……」

 意外な口ぶりだ。

 それじゃあまるで、少女のことを助けてくれるように聴こえる。

「助けて、くれるの? えっ、と、おじちゃん、おじさん? いや、吸血――なんて呼べば?」

 これから助けてくれる相手に、おじさんや吸血鬼という呼び方は何か違うような気がした。


「シャイニング・ウォーカー」


 憎いはずの太陽のような笑みを浮かべる。

「あいつがつけてくれた俺の……大切な名前だ……」

 そして、それは捨てたはずの名前。そちらが名乗るのならば、こちらも名乗らなければ礼儀に反する。それが少女のおばあちゃんの教えだ。


「サクラ」


 ひらり、とちょうど目の前を桜の花びらが舞う。

「それが、私の大切な名前」

「……サクラ?」

「うんっ! 私のおばあちゃんが、私の生まれた国が『桜の国』だったから……桜が好きだったから、サクラって名前にしたらしいの。私の大切だった人がつけてくれた、私の大切な名前……」

「そうか……」

 それきり押し黙ってしまう。

 思うことがあるらしいが、どうやらサクラには喋ってはくれないらしい。これからもっと仲良くなれるだろうか。

「どこまで、ついてきてくれるの? 隣町? それとも……?」

「どこまで、か。そうだな。俺が死ぬまで、お前についていってやるよ。ついでにお前のことを守ってやろうかな」

「あ、ありがとう! おじさん!」

「シャイニング・ウォーカーだ。――餓鬼」

「む。そっちこそ、サクラって呼んでよ!」

 ――それから、ウォーカーは一緒になってメリーのお墓を作ってくれた。

 彼と初めて会った桜の木の下に埋めた。

 悲しくて涙を流したけれど、黙ってずっとウォーカーは横にいてくれた。

 ……サクラは人間で、ウォーカーは吸血鬼。

 必ず、サクラの方が先に死ぬだろう。死ねない吸血鬼とはいずれ別れる時がくる。

 終わりはあるが、それでもこれはきっと始まりだ。

 そう。

 これから始まるのは、サクラとウォーカーの出会いと別れの物語――。


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