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《03》『無知な子ども』の『雨の魔女』

 教会の外は暗雲立ち込めている。

 さきほどから雷鳴がひっきりなしに轟き、雨も豪雨となりつつある。まるで嵐でもきそうな気候。

 だが、外と比較しても負けないぐらい、教会の中も混乱の嵐が吹き荒れている。

「俺はなんとかの神の使徒とかいうのじゃない。ただの吸血鬼だ」

 魔女はまだ幼い子ども。

 年齢は十歳もいっていないように見える。

 だが、それにしては喋り方が子どもらしくない。だからといって、大人らしいともいえない。教会育ちだからか、どこか宗教じみた喋り方を感じさせる。

 あまり自分の言葉を持ち合わせていない。ただ教えが絶対だと思いこんでいるようなタイプか。こういう人間は、経験上そりが合わない。思い込みが激しい人間は、変化に弱い。新しい出会いにも対応しづらい人間が多いのだ。

「吸血鬼……? それじゃあ、生を受けた時から背負っている十字架を取り払ってくれるために、下界へ降りてきたわけじゃないんですか?」

「そうだ。というより驚くところはそこなのか。俺はもっと『吸血鬼』ってところに反応するかと思ったがな。なにせここは教会だ。魔女であるお前が俺のような特異で異形な存在を認知していることには驚きはしないが、お前が教会の人間だったら、銀の銃弾とか、杭で襲い掛かって来そうなものだけどな」

 実は物陰に大人たちが隠れていて、既に銃で照準を合わせている。……なんてことになっていてもあまり驚かない。

 強大な力を持つ吸血鬼に対抗するのに有効なのは、闇討ちや騙まし討ちだ。だが、その闇でこそ本来の力を発揮できる吸血鬼には、大概通用しないものだが。

「確かに私は教会の人間ですが、正式な教養はうけていません。私は異端の魔女。親に見捨てられ、教会に拾われた身ではありますが、神の教えなどという高尚なもの、魔女である私には過ぎたもの。私ができたのは神の使いである教祖様の教えを盗み聞きするぐらいなものでした。だから、私にはあなたを退治する術は持ち合わせていません。持ち合わせていたとしても、私にはできません」

 捨て子か。

 この時代に珍しくもないが、この手の話はいつ、いかなる時代に聴いても胸糞悪い。

「どうして? 神の教えがなくとも、吸血鬼がどれだけ残虐かぐらいの教えはもらっているんじゃないのか」

「異端者である魔女をこの教会は受け入れてくれました。だから私も教会の人間の端くれとして、どんな魑魅魍魎であろうと、扉は開放するべきだと思っています」

「ご立派な教えだな。そんな教えをしてくれるこの教会の他の人間はどこなんだ?」

「いませんよ」

「ん? いない? どこかにでかけているのか?」

 いくら小さ目の教会であっても、管理するには一人の女の子じゃ無理なはず。掃除するのだって一苦労だろう。少なくとも数人の大人がいるはず。だけど、


「いいえ、みんな死にました」


 ここには誰もいない。

 子どもとは到底思えない顔をしている『雨の魔女』の他には、誰にも。

「……まさか、お前が信徒全員ぶっ殺したわけじゃないよな」

「まさか。私は極度の平和主義者ですよ。みんな自然死ですよ。ただ死んだだけです。町の人は私の呪いだなんて言っていますけどね。でも、そうかもしれません。私が私であることは、私にとっても罪なんですから」

「呪い……ね。正直、そんなものこの世に存在するとは俺は思えない。呪いがこの世にあるんだったら、どんな願いだって叶えられるはずなんだから。願いに貴賤なんてない。この世にあるのは、魔法ぐらいなもんだろ」

「魔法だって呪いと同義と思いますけどね。だけど、得心いきました。吸血鬼のあなたがどうして私を求めるのかを。『雨の魔法』。それがあなたの欲しているものなんでしょう? 残念ながら私はあなたに『雨の魔法』を伝授することなんてできませんよ」

「それは、俺に素養がないってことか? それとも俺のような吸血鬼にはそもそも資格がないってことか? 太陽の光こそが俺にとっての呪いなんだ。それを解除する方法が俺にはどうしても必要なんだ。だめだというなら、力づくでも聞き出す」

 メキッ、と指の骨を鳴らす。

 殺すつもりはないが、殺して欲しいと懇願するぐらいに痛めつけることはやってやってもいい。あまり気乗りはしないが、半分だけ殺してやろうか。

「そういうことじゃないんです。だって私は――」


「自分の意志で雨を降らしているわけじゃないんですから」


 出しかけていた長い爪をしまいこむ。

「なに? 誰かの指示で雨を降らしているのか?」

「いいえ、そういうことでもありません。私は魔法を制御できていないんです。私が生まれた時から、この国には雨が降っていて、そしてそれを止めようと何度も試みたんです。だけど、全ては失敗に終わりました。私の魔法は自動的に発動していて、それを止める術がないんですよ。だから呪いだって私の意志とは関係なしに暴走しているかもしれないんですよ」

「制御できていない……。そんな……」

 魔女は子どもの身体だ。

 だが、その身体に眠っている魔力はあまりにも膨大。それを操るには、魔女の経験値があまりに少なすぎるのか。

「私だってどうやって雨を降らしているか分からない。だから、教えようにも、教えることができない。そして、そのせいで私は災厄を撒き散らしている……」

「災厄……。確かに降り過ぎる雨のせいで町の人は……。だったら、どうして他の国へ行かないんだ? 砂漠の国だってあるだろ。もっと重宝されるような場所に行けばいいだけの話だ」

「私はここで生まれて、そしてずっと教会で暮らしてきました。だけど、それはちょっと聞こえが良すぎますね。悪く言えば、私はずっと監禁されていて、監視されていたんです。自由なんてなかったし、私は何も教えられなかった。文字だって読めません。私にどんな些細なことでも教えることが怖かったんですね。力をこれ以上持つことを禁じました。出て行ってほしいとみんな思いながら、それ以上に、私をここから追い出そうとして呪われることが怖かったように思えます」

「でも、もうこの教会には人がいないんだろ? だったら、ここから出ていけばいいだろ」

 魔女は悲しそうに首を振る。

「私のように無知な子どもが外界へ出て、生きていけると思いますか? 私は死にたいです。死にたいけれど、自殺したいわけじゃありません。誰かに殺されたいんですよ。だって、自分で自分を殺すのは怖い。それに、アメリアの教えでは、自分であっても人を殺すことは大罪なんです。だから、私はずっと祈ってきたんです」

「なにを……?」

 どう答えるのか。

 それが分かっていながらも、訊かなくてはならなかった。きっと、想定していものとは別の答えが欲しかったから。だけど、


「私を殺してくれる人が、ここを訪れるのを――」


 やっぱり、魔女の口からついてでたのは、最悪の答えだった。

 年端もいかない子どもの発想じゃない。

 きっと、地獄を見てきたのだろう。並みの人間が経験したことのないことを、彼女は日常のように積み重ねてきたのだろう。きっと、普通の子どもが経験しなきゃいけない、温かなものを知らずに育ったんだろう。

「それで神の使者らしき俺が来たって訳か……。なるほどね。お前を殺したいって思っている連中がこの国にはうじゃうじゃいる中、よりにもよって俺がお前の祈りの最中に来たって、そういう訳か……。残念だったな」

 この国の誰もが恨んでいる。

 『雨の魔女』本人すら、憎んでいる。

 だけど、


「俺はお前を殺さない」


 吸血鬼は部外者だ。

 古くから地続きの因縁など知ったことじゃない。

 それに、『雨の魔女』を殺さない理由はちゃんとある。

「お前が死にたいって思っていても、死なせない。死ぬ勇気があるんだったら、死ぬ気で生きろ。もしもお前が誰かに殺されようとしても、俺が命を懸けてお前を守ってやるよ。お前を死なせないために、俺はお前のために死んでやる。死ねないけど死んでやるよ」

「死んでやるって……。なんであなたは……吸血鬼は人を殺す生き物じゃないんですか? 私は神の代行者じゃなくとも、悪魔の使いに殺されてもいいんです。それなのに、どうして私を殺してくれないんですか?」

「お前が欲しいからだ」

 全てが欲しい。

 奪ってやりたい。

 どんな汚い手段だろうが平気でやってやる。

「お前が魔法の使い方を知らないっていうなら、生まれた場所や環境が関係している可能性がある。血筋とかな。だったらその全てを調べ上げる。そのためには、少しぐらいここに滞在しなきゃならないな。どこかあいている部屋があったら貸してくれ。別に棺桶の中でもいいぞ。ベッド代わりに使えるならなんでもいい」

 人間と暮らすのには抵抗あるが、どうせちょっとの時間。雨の魔法の秘密が分かるまでの我慢だ。

「殺すにしても、もうちょっと先だ。俺がお前を殺すのは、お前の魔法を俺が使えるようになったらだ。それまではよろしく頼む。――『雨の魔女』」


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