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穏やかに眠るために

 子供の頃からギターを振り回して弾くことが出来なかった。テレビのバラエティー番組とか、好きなバンドのライブとか、皆、ギターを軽々振り回し、ギターを抱えながら身軽に動き、ギターを持ちながら床に倒れたりする。見るたび、どうしてあんなことが出来るのだろうと疑問だった。僕はギターを恭しく持った。重たくて、ずっしりとした感覚が、ストラップを伝って肩にかかる。赤子を抱くように持ち上げ、ガラス細工を扱うように置く。ずっとそうしてきた。ギターが大事だということもあった。でもそれ以上に、粗雑に扱うには重た過ぎるのだ。


 少しして、僕の使っているギターはレスポールと言って、普通のギターより比較的重量のあるものだと知った。友達のストラトは、プラスティック玩具のように軽かった。驚いた。本当に。


 僕はその日直ぐに中央線に乗って御茶ノ水に行った。試奏を進める店員の言葉に耳を貸さず、僕は中古で一番安いストラト・ギターを買った。ネックも曲がりきって、傷だらけで、ピックアップも剥がれかけていたが、関係なかった。


 僕は抜き身のままのギターを持って、御茶ノ水の楽器街を出た。肩にかかる重さは、本当の赤ん坊より軽い。駅の直ぐ近くにある川に架かった橋、あれはなんていう名前だったか。橋の真ん中に立って、ギターを構えた。往来の人がちらほらと見てくる。僕は暴れた。


 ギターを抱えてぐるぐると回転する。バーベルみたいに上げ下げしてみる。ヘッドを持ってジャイアントスイングみたいにしてみる。ジャンプする。足がもつれて倒れ、地面にギターがぶつかった。ヘッドが折れた。その時だけ、僕は悲しくなって、ちょっとだけ冷静になった。


 僕はそのままギターを振りかぶった。ネックを持って、ボディを天高く掲げたまま静止した。しばらくこの感覚に浸った。感動だった。僕はいま、ギターを、こんな風に軽々しく扱っている。


 ギターを地面に叩きつける。女の人の小さな悲鳴が聞こえた。ギターは意外と頑丈でボディの塗装が大きくはがれただけだった。まあ、でも、これでよかった。


 一回転して勢いをつけて、ギターを川に投げ捨てる。ざぽん。汗だらけの僕の心は満たされていた。


 帰りの電車の中で、僕は泣いた。ひいちゃんが死んでから三日が経って、初めて泣いた。母さんから貰った五千円を、たったいま、幼い頃からの疑問のために浪費してやった。なんでそんなことをしたのかは、未だにわからない。なぜ電車の中で泣いていたのかも、未だに全然わからない。ひいちゃんをなくした悲しみで、頭がおかしくなったのだろうか。そういうのもあるだろうけど。やっぱり、なんか違う気がする。


 ひとしきり泣いたあとに、もう一度、あのストラト・ギターを持ち上げた感覚に浸る。そうしている内は泣かなかった。車窓からは沢山のビルが見えて、僕の周りには、お互いがお互い、なんにも関係ない人がたくさんいる。僕は何も考えずに、そのまま眠った。


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