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風の青き放浪者  作者: 輝血鬼灯
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5.傾く天秤

 エフィアルティス、エフィアルティス、と長い名前を念仏のように何度も唱えた結果、アディス及び他者によるエフィアルティスの呼称は「エフィ」に決定された。

 理由は単純、元の名前が長いからである。

「エフィ」

 名を呼ぶと、少年はとことことアディスのところにやってきた。その手には先程、街角の家の主婦からもらったクッキーの袋がある。

 アディスがエフィを見つけたエリピア遺跡は、エクレシア王国の最北部の山中にあったらしい。王国西部の首都から出発したアディスがとても数日で辿りつけるような距離ではないのだが、知識の泉と呼ばれる不思議な場所を通った経路の方が問題なので、そこには触れないで置いておく。

 エリピア遺跡から数日歩いて、二人、もしくは一人と一匹はほどほどに大きな街、ファルマへと辿り着いた。街人に地名を聞くと、アディスはその地理をすぐに脳内地図に描いた。現在地がわかってようやくほっとした気分になる。

 ファルマはエクレシア国内でも国境に近く人の行き来が活発な場所で、中にはエクレシア人らしくない容姿や衣装の者も見かける。ここでならエフィの虹色の髪と瞳も当然のように受け入れられ、街から街、国から国へと旅をする者の姿も珍しくない。

 エクレシアとその隣国イェフィラは、もともとは一つの国だった。今でも両国の関係はそれなりに良好だ。

 ファルマはこの規模の街にしては珍しい程に店や宿が存在し、また、街の掲示板には短期の仕事の募集なども貼りだされている。通りがかった人やたまたま窓から顔を出した主婦にそれを聞いて、アディスはしばらくこの街で「仕事」をしようと決めた。

「さて、と」

 街の中央広場で背負っていた竪琴を下ろし、アディスは噴水の縁にそれを抱えて座りこんだ。一本ずつ丁寧に弦を弾いて、音の調子を確認する。

 吟遊詩人とくれば、大概は酒場で店主に頼みこんで数曲を歌うものだ。しかしアディスはこれまでその立場上、人前で歌うことを職業としてきたわけではない。姉のニネミアやクレオ王子といった身内や親しい友人はアディスの腕前を褒めてくれたが、それだって道楽貴族のお坊ちゃんの手習いの域を超えないものか、実際に吟遊詩人として通用するかどうかはわからない。

 まずは腕試しといった目的で、アディスはあえて真昼の広場で竪琴を奏で始めた。ちょうど張り合いそうな他の楽団や詩人もいないことであるし。

 魔力を込めるのは邪道だから、最初は単純に音を奏でただけ。けれど一音、二音と連なり、エクレシアでは馴染み深い英雄王の伝承歌が曲として描かれ始めると、広場にはちらほらと足を止めて聞き入る人々の姿が目立ちだした。

 特別目を引くほどの美形でもなければ、一国を牛耳れるほど政治の才能に溢れているわけでもない。魔術を使えば手品程度で、剣は護身程度にも満足に振るうことができない。

 そんなアディスにあったのは、音楽の才能だ。それだって最初の一音、一語から人を惹きつけられるような華やかな発露ではない。かつて王宮の庭園で一緒に遊びながら、クレオはアディスの歌と竪琴をこう褒めた。

 アディスの歌は、まるでアディス自身と同じだね。

 聞いているうちに心にすっと入り込んできて染みわたる。明け方の風みたいに、澄んだ空気を運んでくる。

 牧歌的で素朴。こう評されるアディスの音楽は、だから大胆で華やかだったり他を威圧するほど荘厳だったりすることが求められる社交界ではお呼びではなかった。けれど今は――。

 歌が終わり、我に帰ったアディスを迎えたのは思いがけないほどに盛大な拍手と歓声だった。

 もともとその気はなかったのだが、アディスが要求するまでもなくおひねりがどんどん彼の足もとに投げ込まれる。幾つかの硬貨はアディスの背後の噴水にぽちゃんぽちゃんと音を立てて落ちた。

 そしてちゃっかりと服の裾を手で持ち上げて袋状にしたエフィが、街の人々や通りがかった旅人が投げ込む金を受け止めていた。

「兄ちゃん、見ない顔だな」

「あ、今日この街に来たばかりなんで」

 基本的な顔立ちは整っているのだが、どうにも朴訥な雰囲気を漂わせるおかげでぱっと見で美形と判断されるほどではないアディスは、御婦人方もそうだがどちらかと言えば男連中への受けが良かったようだ。がっしりとした体格の男が一人二人と、友好的な態度で酒場へと引きずっていく。

 夕方にかけてそこでも四、五曲歌わされた後、アディスは酒場の男たちからこのファルマの街や国境向こうの隣国イェフィラについて話を聞かせてもらえることになった。

 アディスにとっては、特にイェフィラ国について話を聞けることはありがたかった。エリピア遺跡でエフィの卵を狙っていた連中はエクレシアに縁ある人物だったのだ。どうせ定住はできない身なのだし、とっととこの国を出てしまった方がいい。

 元よりそのつもりだったのだ。〝放浪〟の呪いを引き受けた以上、とにかく一度は国を出ようと思っていた。少しばかり予定外の事態もあったが、エフィの羽根を探すという目的も別段嫌ではない。

「そういや、イェフィラの方でなんか今、冒険者を募ってるって話があったな」

「冒険者?」

「遺跡の探索者だそうだ」

 最近この街で何か変わったことがないか。そう聞いたアディスに男は隣国の事情を話した。はじめは最近この街で余所者の姿を見かけることが多くなったという話であり、そこから隣国で人を集めているからではないかという話になったのだ。

 遺跡、という言葉にアディスは背筋を伸ばした。

「遺跡って……」

「ここのエリピア遺跡じゃないぞ。そもそもあそこは何にもないところだしな。イェフィラ国オドスの街の、カタフィギオ遺跡の方だ」

 エリピア遺跡に何もない、と言う男の言葉にアディスは咄嗟にエフィの方を見た。だが酒場の女将からお菓子をもらってきゃっきゃと喜んでいる姿は、とてもこの幼児が偉大なる神獣だとは思わせない。

「アディス? どうしたの?」

「いや、なんでもないよ、エフィ。それより、イェフィラのその、カタフィギオ遺跡の探索者のことをもっと聞かせてもらえませんか?」

「ああ、いいぜ。あと二曲くらい、後で歌ってくれるならな」

 酒を飲んで赤ら顔となった陽気な男が、杯を傾ける間に隣国での「仕事」の話をアディスにする。

「なんでもイェフィラのサギニ女王は、遺跡の中で探しているものがあるらしいんだ。それがあの中にあるかどうかを確かめて来てほしいという話だったな」

「女王様が探してるものってのは、一体なんなんだろうな。普通ああいうのは、古代の副葬品なんかの発掘を目的としてるだろう」

 彼らの話す話題に興味を惹かれたのか、隣の卓で飲んでいた男の一人が会話に混ざって来る。最初に話してくれていた男とは街の住人同士、顔見知りのようだ。

「俺たちも掲示板で貼り紙を見ただけだが、女王の依頼ってのを強調されるばっかで役所の奴らは誰も細かいことを話したがらねぇ。遺跡に興味があるなら直接聞きに行かなきゃいけないみたいだぜ」

 男は依頼の本拠地として、カタフィギオ遺跡があるというイェフィラの街の名をあげた。隣国の領地にはなるが、何の事はない、この街の二つ隣の街というだけだ。冒険者の受け付けはここからその街と間の街を含む三つの街で行われているという。

エクレシアとイェフィラ。今は二つに分かれている王国の国境がこの街の向こうにある。だがもともとこの地帯は一つの国の一地域だったのだ。同じ文化を共有していてもおかしくはない。

 宰相家の息子であるアディスの顔を知っていた男たちが狙っていたのは、遺跡の奥深く眠っていた神獣の卵。そこから馬で一日と離れていない別の街の遺跡で今度はその国の権力者が何かを探しているのだ。何か予感めいたものを感じる。

「エフィ」

 アディスはすぐ横で話を聞くともなく聞きながらシチューを突いていた竜の子に声をかける。

「カタフィギオ遺跡に行く?」

「行く!」

 言外にエフィの羽根に関する手がかりがあるかもしれないと考えたアディスの言葉に、幼い同行者は一も二もなく賛同した。


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