表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の青き放浪者  作者: 輝血鬼灯
5/25

4.虹色の目覚め

 光の中にも色と強弱があり、部屋に溢れた光よりも更に強い真っ白で目を射る強烈な輝きが無差別に卵から飛び出していった。そのいくつかは男たちを打ち据え、血と肉の焼ける臭いと共に、軽くはない傷を負わせていく。

 黒尽くめの男たちの悲鳴を聞きながら、しかし何故かその強い光は、アディスのことだけは傷つけない。

 男たちのうち四人は意識のある者もない者も光に攻撃されたが、首領だけはそれらすべてを自力で避けていた。この男一人だけ、他の男たちとは格が違う。

「どうやら失敗のようだな」

 しかし目も眩む光の中で、その首領でさえもそう言うのが聞こえた。

「また会おうぜ、王子様」

 初めの頃の丁寧な口調を脱ぎ捨てて、男はそんな風にアディスに囁いた。二度と会いたくないだとか、王子様言うなだとか、アディスとしては色々と言いたこともあったのだが光の直撃に目も開けていられない状態では何も返すことができず、ようやく視界が利く頃には彼ら黒尽くめの男たちの姿は神殿から消えていた。気絶した仲間も律儀に回収していったのだろう。

 アディスは痛む目で何度も瞬きを繰り返し、竪琴を拾うとようやく立ち上がる。

「ふぅ……」

 意を決して背後を振り返ると、祭壇の上には先程の卵の姿は見る影もなかった。

 その代わりに今は、同じ場所に一人の子どもが座っている。

 虹色の髪、虹色の瞳。やわらかなオパール色の色彩を持つ、十歳前後の少年だ。

 この小さな子どもが、アディスをこの遺跡にまで呼び寄せたあの卵から生まれたものだ。

 そして先程の男が言った言葉。

「君が……古代の竜の転生体?」

 虹色の子どもは少し首を傾げて口を開く。

「私の名はエフィアルティス」

「エフィアルティス?」

 その名には聞き覚えがあるような、ないような。卵に初めて触れた時と同じように、覚えはないはずなのに酷く慕わしい気分にさせる。

「僕は……アディス。アディスだよ」

「アディス?」

 アディスが名乗ると、竜の子は嬉しそうに彼の名を呼んだ。

「アディス。待っていた、アディス。……ずっと、ずっと、待っていた」

「待っていた? 僕を?」

 アディス自身には、初対面の神獣からそのように言われる覚えがまるでない。

 天井の破れ目から差し込んだ光に照らされて、エフィアルティスのきらきらとした虹色の髪がいっそう煌めく。厳かな表情を浮かべると、幼い子どもの姿なのに不思議と神獣らしく見える。

 卵が光を放った余波で辺りの空気まで洗い流したのか、気づけば淀んだ湿気と黴の、古臭い建物特有の匂いがなくなっている。

 光を浴びて立つ虹色の子どもは、アディスへとその小さな手を差し伸べた。

「アディス、契約を」

「契約?」

「お前は私を目覚めさせた。お前にはその資格がある。私を守護とし、代わりに私の願いを叶えよ」

「それって……」

 先程の男は、卵の中身を古代の竜王だと言っていた。

 あらゆる神獣の中でも、竜は最強の種族だ。

 そして契約者とは、取引をすることによって、神獣を守護者として得た人間のこと。特にこれが王族と神獣の間で成された場合、その契約の多くは代々の王族と国の守護となり、神獣は守護聖獣と呼ばれることになる。エクレシアで言えば現王シグヌムは、守護聖獣ランフォスの契約者となる。そしてランフォスをエクレシアの守護、シグヌムの守護者と呼ぶ。

 言い方を変えれば、神獣の力を得る者は一国の支配者ともなれる力を有すると同じなのだ。

 だが神獣はその多くの場合、使い魔のように人に使役されるのを嫌うはず。人に請われて守護者となることはあっても、自ら守護者になると申し出ることは珍しい。

 アディスは今、一部の人間が喉が手が出るほど望んでいる貴重な場面に出くわしているのだった。

 そしてそういう場面に出くわした場合の、アディスの答はいつも決まっていた。

「断る」

「え?」

 無表情でのアディスの拒絶に、虹色の子どもは一瞬きょとんと、わけがわからないというように大きな瞳で瞬きした。

「僕はね、自分だけの守護聖獣を得たいと思うほど大層な人間じゃないんだ。だから断る」

「な……私の力を使えば、世界だって手に入るのだぞ!」

「いや、世界なんていらないんだけど」

「アディス!」

 子どもは咎めるようにアディスの名を呼んだ。一瞬体に走ったぴりぴりとした感覚に、アディスは眉を潜める。

 仮にも魔力を持つ人間として、アディスはこの竜の子が計り知れないほど強大な力を持つことはわかっている。たぶん彼がその腕を一振りすれば、アディスなど一瞬でばらばらの肉塊に変えられるに違いない。名を呼ぶだけでアディスを呪縛するようなその威力に、けれどアディスは素直に屈してなどやらなかった。

 生意気だと言われようが、可愛げがないと言われようが、権力でも暴力でもなんでも、わかりやすい力に服従して生きることだけはしないと誓っている。望めばそれが手に入る位置にいればこそ尚更。

「私を拒絶するというのか! 竜王たるこの私を! お前も……」

「も?」

 まるで以前にも誰かに同じことを言われたのだと言わんばかりの言葉。そして、だからこそ今はアディスに契約を断られるのが許せないとばかりの態度。人に使役されるのを嫌うはずの神獣でありながら、この子どもが自ら契約を持ちかけてきたのにもそれが関係あるのだろうとか。

 彼にとっては、アディスは誰かの身代わりなのだ。

 断ろうという決意がアディスの中で一層固くなる。誰かと面影を重ねられるのは、アディスの嫌いなことだった。

「世界を牛耳る力なんて、僕には必要ない。だから君が僕に力しか与えられないというなら、僕は君との契約を受諾はしない」

「力でなければ、何が欲しい! 富か、権力か、なんでも言いなりになる奴隷か?!」

「それはどれも同じことだよ」

 悪意が一瞬して純粋化したようなエフィアルティスの言葉に、アディスはほろ苦く笑う。

「とにかく、そういうわけで。僕は外に戻るよ。無事に孵化できてよかったね」

 アディスはもはや子どもから顔を背け、踵を返して歩き出した。

 卵のままではさすがに不安だが、自ら力があると豪語する今であれば、誰が襲ってきても大丈夫だろう。神獣とはそういうものだ。強大な力を持つ代わりに、人の感情の機微には疎い。だからこそ一部には人に興味を持ち、その守護となる聖獣が現れるくらいなのだ。

 稚く見えても、最強の種族と呼ばれる竜の子ならば、次にあの男たちが来ても返り討ちにできるはず。わざわざ自分が彼の面倒を見る必要はない。

 しかしアディスのその思いは、部屋を出る前に打ち砕かれる。

「待て! アディス……きゃんっ!」

「きゃん?」

 途中で悲鳴に変わった制止の台詞が気になって振り返ると、虹色の子どもは祭壇から転げ落ちていた。

「……大丈夫?」

「ううう……」

 子どもは愕然とした表情で、打ち付けて真っ赤になった掌で自らの背中のあたりを探っていた。そうしてそこに何もないことに気づくと、突然叫びだす。

「私の羽根がない!」

 焦りだすエフィアルティスの話によれば、彼の本来の力の大部分が、今は封印されてしまっているということ。

「封印? って、どういうこと?」

 本来竜の翼は蝙蝠にも似た皮膜のある翼だが、エフィが言うのはそれではない。“羽根”とは、竜王である彼の力のことらしい。それは鳥の羽根の形をとり、世界各地に封じられているのだという。

「私を卵の状態にしてここに封じた者。おそらくその存在は、私の力をも分離させて封じた」

 エフィアルティスの細かい事情はわからないが、どうやら今この状況は、彼にとってよくないものらしい。

「じゃあ何、今の君は無力なの?」

「……限りなくそれに近い」

 ――その卵の中身は、かつて大勢の人間を殺してこの大陸を悪夢で満たした古代の禍の竜王だ。

 アディスは先程の男たちの言葉を思い出す。エフィは古の竜王、それも悪魔と呼ばれる人類の敵の一種だったらしい。

 けれど今アディスの眼前にいるのは、誰かに追われている様子の、無力な神獣の子どもだ。そういえば先程からこの幼児の姿のまま、竜の姿を見せる様子もない。

 アディスは再び溜息をついた。心の中で、意味深な笑みを浮かべていた千里眼の魔女に毒づく。

 うるうると今にも泣きそうな目で見上げてくる子どもに微笑んだ。

 仕方がない。それが例え魔王であったとしても、どうせ泣く子と地頭には勝てやしないのだから。

「いいよ。君と契約はしないけど、約束するよ。君の方で、僕が呪われていてもいいというならね。……一緒に君の羽根を探そう」

 翼を失った竜の子と、魔女に呪われた旅人はこうして出会った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ