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風の青き放浪者  作者: 輝血鬼灯
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1.取り替えられた運命

「すぐに元に戻せ」

「無理です、宰相閣下」

 エクレシア王国宰相の息子であるアディスの身に〝放浪〟の呪いがかけられたと知った瞬間、少年の父親である宰相ソヴァロは国一番の魔女と呼ばれるミラに詰め寄った。だが両目を布で目隠しした神秘的な雰囲気の魔女は、取りつく島もない様子で権力者の要請を却下する。

「何故だ! 殿下の身にかけられた呪いならば我々が総力を挙げて解呪の方法を探す。息子をわざわざ犠牲になどせずとも、殿下を忌わしい術から解き放つ方法はあるはずだ」

「わたくしは〝しない〟のではなく、〝できない〟のだと申し上げました。人間にはそれぞれ生まれ持った魔術の属性というものがございます。炎神の心臓を持つ英雄クラヴィス王の子孫であらせられるクレオ殿下は炎属性、閣下の御子息アディス殿は風属性。そもそも運命を取り換えることさえ、〝放浪〟という名の風属性の呪いが同じく風属性のアディス殿により強く結びついたからこそ可能だったのですよ」

 大陸最北部の王国エクレシア。その王城の謁見の間で二人は向かいあっていた。部屋の正面には玉座があるが、今は誰も座ってはいない。

 王国の宰相と国の守護たる魔女。一方はその権力、もう一方はその神秘性故に話しかけにくい相手と大多数から認識されている二人に、この口論の元凶である少年が口を挟む。

「落ち着いてください、父上」

「これが落ち着いていられるものか! アディス! お前は一体何を考えておる?!」

 この事態の最大の被害者であり、また張本人でもあるアディスは、父親の叱責にいつもながらの緊張感のない態度で答える。

「これが一番丸く収まる方法だと考えましたが?」

「どこが丸いんだ! この事態の、どこが?! いくら殿下が呪いから解放されたとしても、お前が呪いをかけられていたらしょうがないだろう! この国にいられなくなるのだぞ!」

 謹厳実直で知られる宰相は、すでに頭の血管が二、三本まとめて切れそうな様子である。

 姉が一人いるとはいえ、宰相家唯一の男児である息子が呪いのせいで国を出ていくともなればそうなるのも仕方がない。当の本人がその事態を自ら招いたともなれば尚更だ。

「そうなんですよねぇ。なんかもうすでに、どこでもいいからとりあえず歩きたいなぁって気分なんですよ。あの山の向こうとか、隣国とか、どこでもいいから行きたいなぁって」

 魔女の呪いを自ら引き受けた少年の方は、父親の怒りを一顧だにしていなかった。事の重要性を認識しているとは思えない様子で窓の外を眺める息子に、父親の怒髪が天を衝く。

「あ、あ、……アディス――!!」

「宰相閣下! 落ち着いてください! 血圧が!」

 いっそ息子を一発殴ろうかと宰相が拳を振り上げたところで、それまで黙ってやりとりを見守っていた臣下たちが止めに入った。

「じゃ、みんな。あとよろしく」

「アディス様?! ちょ、この状態で逃げないでください!」

 父親の怒りを鎮める役を憐れな使用人たちに任せたアディスは、扉を出たところで広い窓辺で羽を休める大きな赤い鳥に出会った。

 鳥と言っても「彼女」はただの鳥ではない。燃える炎で形作ったかのような翼を持つ巨鳥は、強大な魔力をその身に秘めた神獣の一人だ。そしてこのエクレシアの王家の血に忠誠を誓い、王国を守護する守護聖獣でもある。

 宰相の息子として小さい頃から王宮に出入りしていたアディスにとっても、この守護聖獣はお馴染みの存在だった。見つめてくるつぶらな瞳にアディスは苦笑を向ける。

「そんな顔をしないでくれ、ランフォス。これは僕自身が決めたことだ」

 国の守護聖獣は悲しげに囀る。

 彼女には彼をこの国に引き留めることができないとわかっているのだ。

「さて、と。じゃあ行きますか」

 背後の扉の向こうから聞こえる父親の怒りの叫びにも、聖獣の悲しい目にも背を向けて、アディスはただ自分の選んだ道を進むために歩き出した。


 ◆◆◆◆◆


「お前の父が私の子を在るべき場所から連れ去ったように、私はお前に在るべき場所へと留まれぬよう呪いをかける」

 そう言ってクレオに呪いをかけたのは、国で二番目に強いと言われる魔女ドロシアだった。

「お前は自らが産声を上げた故郷を失い、お前を慈しむ家族を失い、一つ所に留まることならず、永遠にこの世を彷徨い続けるがいい――!」

 王都で生活し、宰相ソヴァロの息子として王城に出入りしていた以上アディスも彼女の顔は知っている。青銀の長い髪が眩く、少女のような若々しさを持つ美女だ。

 魔術師というのはその性質から、城に雇われて国に仕えてはいても、役人のように毎日決まった時間に登城するという規則は与えられていない。人前に出ることすら滅多にしなかった魔女が、王の子を産んでいたというのは誰も知らない話だった。

 国王シグヌムと魔女ドロシアの間に、具体的に何があったのかはもはや語られぬ物語である。故王妃とその息子で王太子であるクレオを慮って、城で働く者たちはドロシアと王の関係を表だって口にはしない。

 エクレシアの王族に特有の燃えるような赤毛に緑の瞳を持つクレオ王子はもうすぐ十六歳。少女めいた可憐な容姿とは裏腹に剣の腕に優れるが、性格はいたって穏やかだ。

人によっては覇気がないと称される王子を嫌うものは少ないが、彼がいずれ玉座に着くことを不満に思う一派も確かに存在する。

 そんな連中にとっては、今回ドロシアがかけた呪いは絶好の機会だった。〝放浪〟の呪いは直接的に命を奪う術ではないが、かけられた相手は一つ所に長く留まることができないという。その「長く」が一年か、半年程か、あるいは一月にも満たない期間なのかはわからないが、どちらにしろ玉座に坐す期間が短い王は国を安定させられない。

クレオを王として戴くことに納得できない一派は、これを機にエクレシア唯一の王子を継承争いから排斥する魂胆だった。しかしそこに横やりを入れた形になるのがアディスだ。

「頼みがあるんだ、ミラ。エクレシア最強の魔女であるあなたに」

 ドロシアが国で二番目に強い魔女であるなら、もちろん一番強い最強の魔女というのも存在する。

「何のご用でしょう、宰相家の道楽息子のアディス殿。あらかじめ断っておきますが、ドロシアが王太子にかけた呪いを解けという話なら無理ですよ」

 細く裂いた布で両目を隠した、床に届くほど長い白髪をした魔女ミラ。見えない目で未来を視るという彼女は、千里眼の魔女とも呼ばれている。かつて魔王を倒しこの国を作り上げたという英雄王クラヴィスの仲間であり、悠久の時を生きる不死身の魔女だ。

 いくらドロシアが魔術師として高い能力を持っているとは言っても、伝説的存在であるミラはまた別格だ。しかし彼女に次ぐ能力を持つドロシアが細心の注意を払って作り上げた呪いは、ミラにも解くのが難しいものらしい。

 魔力は男よりも女に馴染みやすい力であり、あまりにも強大な力を持つ女魔術師は魔女と呼ばれるようになる。ドロシアはミラには及ばないものの、常人を遥かに超えた実力を持ち、〝魔女〟の称号を得た存在なのだ。

「解くのではなく、呪いの対象を移し換えることはできないか? たとえば、クレオ殿下にかけられた呪いを、この僕に移すとか」

「……正気ですか? 閣下」

 正面から呪いを打ち砕くのは難しいと言ったミラだが、やり方を変えれば現状に影響を及ぼすことはできる。

「ドロシアが作り上げた風の魔術〝放浪〟は、いわばかけられた人物の人生そのものにまで影響する術です。その呪いをクレオ殿下からあなたに移すとなれば、あなた方はお互いの運命を交換することになりますよ」

「かまわない。それとも、僕がこんなことをしでかしたらクレオの方が不幸になるかい?」

「――いいえ」

 未来を見通す千里眼の魔女は言う。

「あなたとクレオ殿下の生まれ持った星はよく似ていらっしゃいます。けれど同時に、あなた方は目の前にあるたった一つのものをお互いで奪い合うような運命にも生きているのです。それが今回の呪いのことで、あなた方の運命が分かたれた。在るべき場所から遠ざける〝放浪〟の呪いが、あなた方を本来の運命からさえ遠ざける」

「なら、僕の意志はもう決まっている」

 アディスはミラに頼み込み、クレオと自分の運命の星とやらを取り換えることによってクレオの呪いを引き受けた。

「アディス! そんな馬鹿なこと、どうして……?!」

 話を聞いた瞬間の、クレオの悲鳴じみた叫びが忘れられない。誰もが愕然とする中、アディスはその場で国王に一つの願いを口にする。その願いが間違いなく聞き届けられたのを見届けてから、彼はクレオとニネミアに見送られ王都の屋敷を出発した。

 宰相家の息子は自ら呪いを引き受け、故郷を捨てて旅に出たのだ。

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