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風の青き放浪者  作者: 輝血鬼灯
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13.揺らぐ世界

 エクレシアでは、王子の代わりに〝放浪〟の呪いを引き受けたアディスが旅に出てから、数か月が経過していた。

 我知らず溜息を零していたクレオの様子に、父王であるシグヌムが声をかける。

「……また、アディスのことを考えているのか? クレオ」

「あ……申し訳ありません、陛下」

 もうすぐ玉座を継ぐ人間として、クレオは父王の執務を必死で覚えているところだった。これまでも勉強はしていたが、今は実際父王が現在どんな案件を抱えているのかを知り、自分なりの意見や解決策を出すように訓練しているところだ。

 クレオはその仕事の最中に、気を抜いて溜息をついてしまったのだ。いくら親子二人きりとはいえ、王国を継ぐ者がこれではいけない。

「気にするなとは言わないが、いつまでも落ち込んでいても仕方あるまい。お前に罪はないのだし、あの子のことは、あの子自身が決めたことだ」

「父上、でも、アディスは――」

 四年前の夜会でのスタヴロスの発言の後、クレオは当然父王を問い詰めた。

 だが彼は断固として、もう一人の息子の存在を認めなかった。アディスが自分の息子であるということを、頑なに否定し続けた。

 それが王である彼自身の基盤を揺るがすというのもあるだろうが、一番はクレオのためなのだと王太子にはわかっている。けれどクレオ自身は、むしろアディスが玉座に着くことを望んでいた。

 才能豊かというほどではないが、なんでもそつなくこなす異母兄に比べて、クレオはどうにも融通が利かない。そこを敬遠されていることを、彼自身が知っている。

 今なら言えるのではないだろうか。父親に、この想いを。何度も試みてはやわらかくかわされてきたやりとりをもう一度口にしようとしたクレオは、しかしその相手が音もなく執務机に突っ伏しているのに気付いた。

「陛下? ……――父上! 父上?!」

 クレオは慌てて父親に駆け寄った。シグヌム王はぴくりともせず、上体を書類の上に投げ出している。書いたばかりの書類にインクが零れて酷い有様になっていた。

「父上、どこか具合でも悪いのですか?! 父上!」

 王太子の叫び声にやがて人が集まってくる。彼らは医者や魔術師を集め、何とか王の目を覚まさせようとした。

 シグヌムは眠っているだけだ。体のどこにも他に悪いところはない。

 だが彼は、誰が何をしても――決して目を覚まさなかったのだ。


 ◆◆◆◆◆


 女は自らの半身に告げた。

「カタフィギオの調査は暗礁に乗り上げたそうだ」

「ふぅん」

 彼女の半身たる少女は、気のなさそうな口ぶりで応える。

 女は美しかった。白い肌に雪崩れる金の髪に琥珀の瞳。豊満な肢体から香る花の香り。毒々しくも艶やかな大輪の花を思わせる美貌だ。

「だって王の墓所にはクラヴィスの置いた番人がいるはずだもの。最奥どころか守護者の間にすら、王の血を引いたものでないと入れないはずよ」

「それが、守護者の間は開かれていたそうだぞ。中には開かない扉と、守護者の残骸だけが転がっていたらしい」

 女の報告を聞いた少女――レピは顔色を変えた。

「なんですって? ではあの方の血を引く者が、あの遺跡に入ったというの?」

「そのようだ」

「でも、エクレシアに王子は一人しかいないんでしょ? 大事な世継ぎを外に出すわけ、ましてや危険な遺跡に潜らせたりするわけないわ」

「公式に認められているたった一人の世継ぎならばな」

「サギニ、何か知ってるの?」

 きょとんとする少女に、女主人はとっておきの情報を告げる。

「エクレシア宮廷には前から一つの噂があった。王家を支える今の宰相の息子が、実は国王の隠し子なのではないかと。しかもこの宰相の息子は、数か月前から魔女に呪いをかけられて国を出ているそうだ」

「へぇ」

 人界の不祥事には興味がないと言わんばかりに、レピの返事は気がない。彼女の関心はただただ、英雄王の血を継ぐ者の存在と、英雄王に縁の深い悪竜王に向けられている。

「カタフィギオにいたってことは、まだこの国にいるってことよね。サギニ、その王子を探してよ」

「ああ。わらわも少しばかり、その噂の御仁と話をしてみたいと思っていた」

 何枚かの手紙を派手な色の爪の先で弄びながら、サギニは悪戯っぽく微笑んだ。


 ◆◆◆◆◆


 カタフィギオ遺跡に隠されていたのがエフィに、そしてエクレシアに関わるものであった以上、アディスはそれを素直にイェフィラ王国に知らせるわけにはいかなかった。報酬は諦めて、ルルディも含めた全員で遺跡を出る。

 クラヴィス王の墓のある遺跡最奥部に誰も入れぬようしっかりと封印をかけてから彼らと共に外に出てきたルルディに、アディスは街を目指す森の中の道すがら声をかける。

「本当に僕らと来る気かい? 何なら君が望む場所へ行けるよう手配するけれど」

「いいえ。わたくしはぜひ、アディス様とエフィ様の楽しそうな旅についていきたいと思います。不束者ですが魔術の腕にはそれなりに覚えがあります。どうぞこのルルディをお使いください」

 英雄王の墓所である遺跡の地下都市で墓守をしていた一族の最後の一人、ルルディ。英雄王の子孫であるアディスが竜王を連れてきたことによって役目が終わったという彼女も、アディスたちと一緒に遺跡を出ることになった。

「じゃ、俺はこの辺りで退散するぜ」

「へ? ゾイ……」

「俺はもともとお前を殺すために雇われた暗殺者なんだ。いつまでも仲良くお友達ごっこなんてやってられっかよ」

 黒髪の少年は木漏れ日の中立ち止まると、アディスたちからほんの少し距離をとった。

「お前らに助けられたのは事実だから、今回の依頼の方は断っておくよ。だが雇い主が別の暗殺者を雇うなら、もう俺に止める手立てはないからな」

「十分だよ、ゾイ。でも」

 引き留めようとして、アディスは続く言葉を呑み込んだ。

 自分に彼の人生を左右する権利などないのだ。ここで彼を引き留めることもできない。英雄王の血縁という因縁があるルルディと違って、ゾイは本来アディス方の事情とはまったく無関係なのだから。

「……元気で」

「ああ。お前も簡単に殺されたりするなよ」

 挨拶としては素っ気ない言葉と共に、ゾイが一瞬で三人の前から姿を消す。まるで魔術のような素早さだが、彼の暗殺者としての身のこなしがそう見えただけだ。

「よろしかったのですか? アディス様。あの少年が気に入っていたのでしょう」

「うん。でもゾイの人生は、ゾイのものだから」

 来る者拒まず去る者追わずがアディスの信条だ。エフィの時もルルディの時も、アディスの意志というよりは彼らの意見でアディスは彼らを受け入れた。だからゾイに関しても、彼の希望を優先したまでだ。

 最後まで黙ったままゾイが姿を消すのを見ていたエフィの頭にぽんと手を置く。大きな瞳で見上げてくる竜の子と、隣に立つ少女にアディスは笑いかけた。

「さ、僕たちも行こう」

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