十人十色な人形会談
読む前に、悪魔が話す全てが誤答、天使が話す全てが正答という観念は捨ててください。あとは軽い気持ちでお読みください。
それではどうぞ、先にお進みください。
ほのかな月灯りが照らす部屋に黒、白、灰の三色が目立つ人形が、各一体ずつ置いてある。それらの外見は、それぞれが悪魔っぽい人間、天使っぽい人間、そして頭部のない人間をイメージして、作りこまれた品である。
悪魔の人形は若い男性のイメージで、顔や大きさが作られている。特徴を述べると、先が二又に分かれた銀色の槍を右手に持ち、意地悪そうな表情をして、口からは牙がのぞいている。そして、耳はとがっており、頭からはねじれた短い角が二本突き出し存在感を出している。髪は短髪で黒、眼は燃えるような赤だ。
服装はダークスーツ一式で統一されており、血のように赤いネクタイがその中で強調され、見るものの目を引くつくりになっている。
次に天使の人形であるが、こちらは若い女性のイメージで作られている。茶色い分厚い本を左手に抱え、安心させるような表情をして、微笑んでいる。そして、頭の上には金色の輪があり、背中から白い羽根が生えている。髪はウェーブした長髪で金、眼はさわやかな水色だ。
服装は純白のドレスだ。また、細かく装飾された金色の腕輪を着けている。
最後の頭部のない一体は、両手には何もなく、簡素な灰色の長いローブを身に付けているのみである。
これらの内の二つは並んで棚の上に、一つはイスの上に置いてある。
これら三体がある部屋内の家具は、壁に面した、人形が置いてある小さい棚と、その棚に向かい合うように置かれたイスが一脚のみで他は無い。なので、小さい部屋も空洞ばかりで広々としている。その代わりに冷えた空間が出来上がってしまっている。
加えて、生き物の気配もまったく無いし、電灯の類いさえも無い。ここで目立つものがあるとすれば、イスの後方にある唯一の窓と、棚を挟むように存在する、表面に『A』と『B』が刻まれた二つのドアである。
その、カーテンの付いてない大きな窓から、満月の光が冷たく部屋内を照らし、余計に寂しい印象をこの空間に与えている。
「いざ、今日も会議を始めよう」
そんな、声がしないはずの、がらんどうな部屋内に、低く、重い声が響く。
「ええ、今日の議題は何かしら?」
初めの声に反応して高く、軽い声が上がる。
「議題は『ある選択について』ではどうかな?」
「うん、いいわね」
一つは淡々と静かに、もう一方は喜び溢れ、騒がしい調子で、会話は進んでいく。
「では、本題に入る前に、いつも通り一つの作り話を互いにしよう。それから、彼に意見を求めるのが最善策だと私は愚考するのだが、いかがかな?」
「それで問題ないわ。ただし、話す順番はわたしが後でお願いね。フフッ、彼の反応が今から楽しみ」
「フムッ、それでは私から始めよう」
そう低い声の主は宣言し、話し始めた。
あるところに一人の男がいました。彼は三十半ばで妻子持ち。子供は12歳の息子が一人と、10歳の娘が一人。妻は彼より一つ若い。彼もその妻も平凡な容姿であり、彼の収入も平均的な会社員のもので、どこにでもいる普通の家族でした。
ある日のことです。彼が朝早く近所を一人で歩いていると、目の前に大きなバッグが落ちています。気になって、中をのぞくと大金が入っていました。辺りを軽く見渡しても、動く影は一つもありません。そして、この場所は自宅にかなり近い場所です。
彼が取れる選択肢は大きく分けて三つありました。
一つめは、警察へバッグの発見を通報すること。
二つめは、誰にも言わずにバッグを自宅へ持ち帰ること。
三つめは、ここで見たことを忘れて通りすぎること。
彼は少しだけ悩みましたが、一つめの選択肢に決めました。なぜなら、二つめの選択肢は後ろめたい気持ちが残るだろうし、もともとの持ち主が困るであろうと予想ができます。なりより、彼はお金に困っていませんし、現状に満足していたのです。三つめの選択肢は、要らぬ問題を抱えることを回避できますが、見逃す行為にやはりいい気持ちを覚えません。
彼は消去法で一つめを選択しましたけれど、あなたでしたらどうするのでしょうか。
「以上が私の話でございます」
そう落ち着いた声で締めくくると、低い声は沈黙する。
「じゃあ、次はわたしの番ね」
黙った低い声の代わりに、ほがらかな調子で高い声が語りだす。
ある戦場で、二人の男が一人の敵兵を取り囲んでいます。敵兵は先ほどまで抵抗していましたが、追い詰められると武器を捨て投降を願いでたのです。既に戦場全体で圧倒的な大差がついています。
しかし、自軍の上官からは『捕虜は必要ないので、敵兵は全員殺せ』と命令されています。この命令を破ると、自分たちが殺されてしまう可能性があります。
周囲には味方の兵士が誰もいないので、敵兵を見逃すこともできました。けれども、上官命令に従い二人は敵兵を殺しました。
さて、彼らは正しい選択をしたのでしょうか?
あなたはどう思いますか?
「以上で、わたしの話は終わり。どうだった?」
「……では、意見を述べさせてもらうとしよう」
今までは二つの声だけが響いていた部屋内に、しわがれた声が新しく響く。その声は、疲れはてて、何かを諦めているように聞こえる声色であった。
「まずは始めの話であるが、男の境遇で選択が変わるのではないかな。もしも、男が金に困っていて、大金さえあれば家族を救えるならば、二つめの選択肢にするだろう」
「その結果、罪に問われる可能性があったとしても? そもそも、リスクがある行為で得た物に、家族は賛成しますかな?」
「自分は何よりも家族を優先する。大金を手に入れたことを、家族には話さず、どこかに隠して少しずつ使ってもいい。あるいは、宝くじに当選したとか、理由を適当に作って話せばいい。それならば、怪しまれないで済む」
「なるほど、あなたの考えが分かりました。次の話についてはいかがかな?」
しわがれた声には、どこか必死さがにじむのであるが、低い声は意に介さずに質問をした。
「……次の話での二人の行動は間違っている。二人が秘密を守れば、捕虜にしなくても見逃がす程度はできたはずだ」
少し間を空けてから返した言葉には、力が込められていた。その回答に興味深げな、高い声が質問をする。
「相手が裏切る可能性もあるのに? 自分の命をかけるほど、敵兵を助ける行為に意味はあるの?」
「敵兵でも同じ人間だ。いくら戦場といえども、勝敗は既に決まっている。なら、むやみに殺すのは必要ない行為だ。道に反している」
言葉に少し怒りを加えて、しわがれた声は反論する。
「そうなの。意見をありがとう」
しわがれた声の怒りを無視するように、場違いなほど明るい声で高い声は返事をした。
「彼の意見は充分でしょう。本題に入らせていただいてもよろしいかな?」
「えぇ、先に進みましょうか。」
低い声の提案に、高い声は賛同する。しわがれた声は沈黙を保つ。
始まりと同じように、それからは二つの声が部屋内に響く。そして、二つの声は『ある選択』をする話を始める。
「あなたの目の前にドアが二つあります。どちらを開けるか選択してください。『A』のドアは家族を助けることができるが、あなたは命を失います。」
「『B』のドアも家族は助かります。あなたにも危害が加わることはないです。代わりに、あなたの知らない大勢の誰かが命を失います」
「どちらも選ばない場合は、あなたと、大勢の誰かの命は無事です。しかし、家族は助からないでしょう」
低い声と高い声が、交互に響きあったあと、重い沈黙がこの小さい空間を満たしていく。
やがて、ドアノブを回す音が一度だけ、冷たい月明かりに照らされた部屋に響く――。
いつの間にか、部屋内にあったはずの人形が、数を一つ減らしている。それ以外に部屋内で変わったことは、悪魔の人形の側で閉じられていたドアが、今は開いていることだけだ。
「今日の会議はこれにて終了」
「あら、彼は正答だったのかしら?」
淡々と宣言した声に対して、澄ましたような声で、高い声の主は問いかけた。
それにあざ笑いながら、低い声は返答する。
「知れたこと。この『選択』に絶対的な正答など存在しない」
「それもそうね」
月明かりに照らされた、誰も座っていないイスと、二体の人形のみの空間に、二つの笑い声が静かに響く。
次の来客が訪れるのを心待ちにしながら、いつまでも――。
読んでくださり、ありがとうございました。誤字・脱字・文法がおかしいなどがありましたら、報告をお願いします。
また、作品に対する意見・感想を作者にくださるとありがたいです。
この作品内の選択は、十人十色ですので、絶対的な正答はございません。最後の三択に沈黙し続けるのも、一つの答えです。