引き出しにしまわれた思い出
これは、起こるかもしれない奇跡が起こる前の話。
【――――終わり】
少し降り積もった雪が夜の闇に溶け込んで見えなくなっている。
何本目かの電車が過ぎて行くのを見届けて、私は今日何度目かのため息を吐いた。口から漏れた白い吐息が冬の寒さを照明するかのようで、身震いしてしまう。東京に来て三度目の冬だ。
『冬』というモノは知ってはいたものの、私の故郷ではそれを実感する事も無かった。「冬には雪が降る」と言われてもピンと来なかったし、今私が来ているように長袖に分厚いコート、更にはマフラーを首に巻くなんていうまるで兵隊みたいな重装備をしなければならない何て、思いもしなかったのだ。
簡素なホームに未だ振り続ける粉みじんの雪が冷たい風に乗って通り抜ける。中年の制服を着た駅員がその冷たい風に体を縮こませながら、せかせかと働いている。
私は、それに見向きもせず呆然と向かいのホームを見ていた。
別に何か珍しいモノがあったとか、誰かを待っているとかそういう訳じゃない。ただ、今までの疲れと言うか、疲労感が体の端々から溶け出して、足の先からどろりと抜け出して、冷えて固まって、地面と接合して私の体を動かなくしている。そんな感覚だった。
呆然と立って居たかったのだろう。呆然と立っている事で、自分で自分が認識できなくなる。自分がこの世界から乖離していっているような、そんな感覚を受けてしまう。ふわふわと意識は体から抜けて、冬の寒さも夏の暑さも感じなくなって。どこか俯瞰するように景色を見渡して……私はこの世界から居なくなってしまうんだ。
ここ最近は、それに浸る事が増えた。積み重なった何かが音をたてて崩れる瞬間、体のそこに溜まっていたモノが溶け出して地面にくっついて、心も、現実も、その先から一歩を踏み出せなくしている。
解っていた。
自分はまだ闇の中に居る。何も無い場所に居る。だから私は踏み出せないんだ。でも解っていると対処できるっていうのはきっとかなり別な場所にあって。私は所詮解っているだけだった。だから、こんな向かいのホームにも彼の姿を幻視してしまう。また助けてもらおうとしている。
もう3年経っていた。しょうがないと割り切るには充分過ぎて……まだまだ子供なんだと思わせる、たかが二十年の人生だ。
「なあ、もう閉めるぞ?」
声をかけられて、冷え切っていた足元に人間らしい熱が通った。同時にアレほどガチがちに固まっていた足は解れて、自然にその声の主へと体を向ける事が出来た。
顔に皺の寄った瞳の鋭いおじさんだった。その相貌に見合うように年季の入った制服は完全に着こなされていて、とても洗練された雰囲気を持たせている。それがまさにベテランと言った風格で、自信と威厳の表れにも思えて、この人は光が見えていたんだろうな、と心のどこかで思った。
その瞬間、また壁ができるのを感じた。大きな大きな、とても厚い壁だ。
あぁ、この人もなんだな、なんて思いながら。
「はい?」
それでも昔のように顔に出したりしない。いつものように、自然に不細工な笑顔を作っていつものように口から歪な声を出す。
「時間なんだ、もうここは閉めるぞ。あんたも早く帰りな」
駅員はその顔と雰囲気に見合った誠実な男のようだ。力強い声音の端々にそれを感じ取る事が出来る。
私は一瞬なんの事かと考えてから、腕時計を見た。
複雑に時を刻む針は既に十一時四十五分を回っていた。なるほど、こんな時間では締め出されるのも道理だ。
「ごめんなさい」
私は申し訳なさを込めてお辞儀をすると、いつの間にか足元に落ちていた鞄を背負って出口へと足を向けた。
また明日もここから会社へと向かう。ゆらゆらといつもと同じ時間を同じだけ過ごす。それは無為な時間だ、多分……いや、絶対。でも所詮私は――――
「おい」
そうして出ようとした時、妙に強い口調で、先の駅員に呼び止められた。
私は振り返らず、ただぴたりと足を止めた。
駅員は、私は、誰も、何も、言わない。
今のは空耳だったのか?一瞬考えて、もう一度歩き出そうとしたとき。
「何があったのかはしらねえけどよ、若ェ癖して足元ばっか見てんじゃねえや。見てるこっちが暗くなっちまうし……何よりお前さんの為にならんよ」
優しい声だった。
非難するわけじゃない、ただただ、諭すだけの優しい声だった。
でも、その声が、言葉が、頭の中をぐるぐるぐるぐる巡って、何度も私の胸を打ちつけて。その感覚にハッとして私は何も言わずただ走り出した。
駅を出てから、ものすごい勢いで景色が変わって過ぎ去っていった。風が真っ赤になった私の耳を痛すぎるほど鋭く突き刺した。それでもその痛みもこの胸を抉る感覚には勝てない。この痛みは、なくならない。
もう自分の声しか聞こえなかった。呼吸を荒くして、きっと叫んでいたんだと思う。それくらい周りの世界がどうでも良いものになった。
東京から数キロくらいしか離れていないクセに、ここは田舎臭くて砂利道も少なくない。叫びながらなりふり構わず走っていると、薄く積もった雪に隠された硬い石ころに蹴つまずいてしまった。
「うわっ」
思わず声を上げながら、勢いに任せてごろごろと薄い雪原を転がる。そして停止する頃には疲れきって雪の上に大の字になっていた。完全防備の防寒具でも、顔だけは防ぎようが無く、口の中に砂利が入って不快な感覚を増大させた。
白い息を何度も吐く。吐く度に何かこみ上げてくるものを飲み下した。
雪の冷たさに体と、心が痛みを訴える……何度も、何度も、だ。鼻の奥がつんとして、目尻が熱くなるのを感じた。
――――だって、こんな冬だったじゃないか。
それでも歯を食いしばって、その一切合財を飲み下して、体を起こして勢い良く空を見上げる。こんな所で負けていられない、という安っぽい意地もあっただろう。でも、見上げた夜空は希望に満ちた満点の星空で、綺麗なはずだったのに……ものすごく腹立たしかった。
私は自分に絶望している。もう、何年も前から自分を知っている。だから、今更自分に期待なんかしていない。自分がどんなに醜くて、期待するに値しない人間か良く知っていたから……。
だから、私は今自分の頬を伝う涙にさえ腹を立てている。
いつか、いつか――――あの人の許へ行けたなら。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
短髪にも慣れた、子どもだったあの日。
当時親は不仲で、私は昔からいつも波風立てないように、姑息に生きていた。それが世を上手く渡る術だと良くわかっていたからだろう。実際私はそれで上手く行っていた。今にして思えばそれがそもそもの間違いで、私は何かの歯車を違えていたんだろう。
担任だった初老の先生は一枚のプリントを授業中に配った。
『将来になりたいものは?』
それは、自分の夢を漠然とした内容としてつづるだけのモノだ。
何も無かった。
何も無かったのだ。私には。
波風立てずに生きていた私は、そこで違えていた歯車を認識した。波風立てずに、そこにある風景として生きようとしていた私には、なれるモノのイメージなど何も無かったのだ。
だが。周りの友人達は口々に自分のなりたいものを口にして、笑っている。話を振られれば適当に笑い返していた。
その時からだろう、周りとのズレを感じたのは。
いや、実際にズレていた。私はその時直感的に、なりたいモノではなくなれるモノを探していたのだ。私は一体何になれるのか?努力とか、そういうモノではなく……私という人間は何に一番適しているのか?それを探していた。かと言って成りたいモノを探せば……無かった。環境に適応するように生きていた私に、なりたいものなんて無かった。
その考えに至ったとき、私は深い深い闇を味わった。
今まで積み上げてきたものは全て、闇の中では無意味で……しかもその闇は迷い込んだ私を『独り』にした。なりたいモノは無く、積み重ねたモノも無く、周りには誰も居ない。
世界は私一人で閉塞していてた。この気持ちを、誰もわかってはくれない。共有して、一緒に考えてはくれない。親しかった友人達は既に闇の外……夢を語らい合って、個人差はあれど皆一様に先にある光を見ていた。
独りだった。無理だと思った。
こんな深い闇の中で、人が一人で生きていける筈がない。
その時、十代半ばの心で私は理解した。そして……どうしようもなく、怖くなった。
闇しか見えない人間が生きていくには、この世界は優しくない。
私は自分の心の内をノートに書き記すようになった。今、この瞬間の気持ちを忘れないように。闇の中でも強くあるように。この優しくない世界に対抗するにはそれだけしかできなかった。
『将来なりたいもの』のプリントは、白紙のままだ。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
【――――現在】
住み慣れたアパートに帰ると、無造作に郵便受けに突っ込まれていたチラシと昨日食べたコンビニ弁当の空き殻といくつかのビールの缶をゴミ袋に捨ていれた。整理されていないものが多いのを見ると、昨日もいつの間にか眠っていたようだ。
仕事の疲れのまま酒を飲めばいつの間に寝てしまっていて、朝あわただしく家を出る事が多くなった。私の場合低血圧でほとんどの場合記憶が飛んでいるのだがこうして帰って来る度にだらしなくなったと感じる。親と住んでいた頃は、毎日毎日二人が喧嘩しないように、私が喧嘩の要因にならないように、人形みたいに規則正しく過ごしていたから。
鞄の中に入れていたカップラーメンを取り出す。最近はコンビニ弁当が多くて正直ゴミがかさばってゴミ袋の料金が増える事が悩みの種だった。カップラーメンなら解体も簡単だ。
錆の目立つ薬缶に水を入れてコンロにかける。つまみを捻ると、ちちちと短く音がしてすぐに火がついた。
その間に冷蔵庫から買いだめしておいた卵を取り出して、卵焼きを作る用意をした。
料理の才能がからきしな私でもかろうじて卵焼きを作る事ができた。ごくたまに殻ごといれてかき混ぜる事はあるが……一応の得意料理である。
茶碗に卵を入れて、箸で素早くかき混ぜる。砂糖を少し入れるのが私の好みだ。暖めておいたフライパンにぬらりとした油を敷くと火にかけ、ゆっくりと卵をフライパンに落としていく。
すぐに卵の焼ける香ばしい、良いにおいがしてきた。
丁度その時薬缶は沸騰した合図に喧しく汽笛を鳴らす。私は両方のコンロのつまみを捻って火を消す。こうして、お湯を入れて三分。猫舌気味な私には卵焼きは丁度良く冷めてくれる。
「いただきます」
誰も居ないアパートに、一人の食卓が完成する。この三年よりも、ずっとずっと前に慣れていた事だ。
食事もつつがなく終わって、私は適当に携帯をいじり始める。メールは無し、着信も無し。これもいつも通り。ただの確認事項のようなものだ。
「……寝ようかな」
私の住む8畳程のワンルームアパートは、私一人が住むには十分過ぎる。いや、コレでもまだ広いと思う。独りで居るって事はきっと、スキマが多いんだと思う。埋めて欲しい隙間がいっぱいあるのに、8畳の部屋じゃあ広すぎて欠落感を抱えてしまう。グラス氷が解けるように、敷き詰められればいいのにと考える事もあるけど、人の心はそんなに簡単に埋まらない。
だから、私は酔っていない限り夜になるとすぐに布団を敷く。暖かい布団に丸まっている間はなんとなく隙間を埋める事が出来ているんだと思う。
8畳にはちゃぶ台と小さな冷蔵庫、そして少し大きめの鍵を無くした引き出し付きの勉強机がある。いつものようにちゃぶ台を退かすと、押入れから布団を担ぎ出した。布団は思いの外重くて、いつもよろよろとしてしまうが後は下ろすだけだ。特になんの問題も無い。だが、その時、運が悪かったのか私が単に間抜けなだけか、足がもつれて盛大に倒れてしまった。
「あ……う、うわぁ!?」
どん!と大きな音をたてて、私はつんのめって布団は勉強机の方へと飛んでいった。こちらもまた大きな音をたてて机に勢い良く衝突する。机に鈍い衝撃音が走った。
こめかみから激突した私は、軽い頭痛に見舞われながら布団を回収しようと起き上がった。他にも畳で擦った皮膚があちこち痛む。
布団を回収しようとして、ある事に気づいた。勉強机の引き出しが開いているのだ。
おそらく布団が激突した拍子に衝撃で鍵が開いてしまったのだろう。
小学生の頃から使っている思い出の机だ、家を出るとき、何か一つだけ持ち出そうと思い最初に考えたのがこの机だったのだ。鍵はいつか閉めてしまって、それ以来鍵を無くして開けていない。
久々に引き出しの中身を覗き見ると、そこにはちょこんと一冊のノートが置いてあった。
それは水色で簡素な装丁の端々が脆くなっているとても古びたノートで、表紙には小さく私自身の字で『私』とだけ書いてあった。
手に取ると、何故かとてもしっくりとくる。ここにあるべきと言う風に私の手に収まるそのノートをぱらぱらとめくると、そこには日付と細々した文字で、色々な事が書いてあった。
それは、その日の自分の感情。
もしくは、周りへの悪態。
そして、自分への嫌悪。
全てが全て、なんのオブラートにも包まず、ダイレクトに書きなぐってあった。ダイレクトだからと言って、汚い言葉が書き連ねているわけではない。ただ、そこに踊っている言葉は、純粋で今の私には受け入れがたい言葉ばかりだ。
子どもの頃、大人達はなぜああも平然と嘘が吐けるのかと思っていた。だが、違ったのだ。大人は平然と嘘を吐いていたんじゃない。嘘を吐かなければ生きていられなかったのだ。
戦うのに武器が必要なように。大人達は戦う為に、自分の為の武器が必要だった。それが嘘だった。でもそれは、諸刃の剣なんだ。それはきっと子供にはわからないだろう。日々の中で、自分を削りながら心にも無い事を口にする虚無感。そこに自分が無い様は、まさに私が感じていた『闇』にとても良く似ている。
めくっていたページに白紙が目立つようになった。ご丁寧にも、何事も無かった日は何事も無かった日でその分を空けている。
と、最後のページをめくったとき、2枚の封筒が畳に落ちた。
『アンドウ様』
『カミノギ様』
宛名だけ書かれた二つの封筒。カミノギ様の方は封が切られている。それにカミノギは私の苗字だ。
ドクンと心臓が撥ねた。
そして、ノートの最後のページを見たとき。心の大事な部分に、鋭く電流のようなものが走った。何かものすごく大切なものを見つけたという感覚。
私の中の眠っていた部分が、大きく目覚めの雄叫びを上げたのを感じた。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
私が闇の中でもがくのをやめて受け入れていた時、中学2年生の夏。私の手を引く人が現れた。
全てが突然で、唖然としたのを覚えている。
『暗い顔するなよ、こっちが暗くなる。地面見てたってしょうがないだろ?』
明るい声でそう笑って私の腕を強く掴んだその人は、転校生で『アンドウ』と呼ばれていた。
アンドウは人当たり良くて、私とは正反対。いつも、どんなときでも前を向いているような人だった。言ってしまえば、あの強く腕をつかまれた日。その瞬間から、私はアンドウに憧れていた。強く、強く憧れていた。
当時私は、都心とはかけ離れた南端の島に住んでいた。街らしい街はあるものの、都心とは似つかないとてもお粗末な街並みだ。そこはとても閉塞していて、何も変わらなくって、小さな箱庭のような世界は、なんとなく私は好きになれなかった。
でも、アンドウと関わり始めて、私のその閉塞した世界が一変した。
一緒に馬鹿をやったり、相談に乗ってもらったり……高校までの時を、風のような日々を、アンドウと過ごした。
アンドウは、闇しか見えていない私を受け入れていた。私の考えを聞いてくれたし、アドバイスもしてくれた。アンドウも同じように私に悩みをうちあけた。二人で歩く街は今までとは全然違って見えて……アンドウが私の闇に手を伸ばして二ヵ月。アンドウが居る場所でだけ、闇は私を忘れていた。私も、闇の事を忘れていた。そういられた。鬱屈した感情をぶつけていたノートも、書く量が日に日に減っていった。
アンドウが外の友人と居る時、幼い嫉妬心が芽を出す事もあった。それだけ、私はアンドウに『依存』していたんだろう。それは否定しようも無い事実だった。ずっとアンドウに手を引いてもらっていた。私は一人では光が見えないから、アンドウと一緒に、光を見ていた。周りからの言葉も、耳には入らなかった。私はアンドウを必要としていたし、私に笑いかけるアンドウも私を必要としている筈だ。
そう信じていたから、その時は何も……何一つ怖くなかった。
だから、別れは無いなんて……そんな有り得ない妄想に取り付かれていたんだろう。いや、そう思わなければまた闇が怖かったから……。
私の髪が背に届くようになった頃。その年は異常な寒波でまだ寒さが残るのに花の匂いと春の陽気が迫っている時期。私とアンドウは高校三年生……当然のように、別れが来た。
私は就職、アンドウは進学だ。ただ、それだけの分かれ道だった。
目の前が真っ暗になるという言葉の意味を理解した。ずっと見通せていた視界が一気に狭くなるのを感じる。
あぁこれが闇だ、と久々に感じた絶望にの中にふとそう思った。
何千何万の不安が手招きして肌を撫ぜる感覚。また私の世界が音をたてて閉塞していく。また何もかも無くなっていく。
私は忘れていた。勘違いをしていた。私は、アンドウと一緒に光を見ている気がしていた。でも、実際は違った。私は、アンドウと一緒に光を見ていたわけじゃない……私は、アンドウを通して、アンドウの光を見ていたに過ぎない。自らが構築した闇から背を向けて、他人の光に見蕩れていたに過ぎない。
そんな自分の弱さに直面して、私は結局……俯いてしまった。何もせず、何時ものようにアンドウに接していた。また自分で自分の闇を見据えていた。
アンドウの見送りの日もそれは変わらなかった。異常な寒波で、普段雪が降らない島に、雪が降った。それでも飛行機は予定通り飛ぶようで私は初めて見る雪なのに喜んでみる事が出来ない。
だが、私はいつも通り笑顔でアンドウと会話していた。隠し通したかった。自分がアンドウに寄りかかってばかりだという事を。誰からというわけでもなく隠蔽したかった。
最後の瞬間、アンドウは私に一枚の封筒を渡した。宛名に『カミノギ様』とだけ書かれたシンプルな封筒。
「明日になったら読んでくれ」
それだけ言うと、アンドウは搭乗ロビーに消えた。最後まで笑顔で手を振っていた。私も笑顔で手を振り返して、大きな嘘を吐いた。
自分にも、アンドウにも、大きな嘘を吐いた。
本当は大泣きしたかった癖に……大泣きしていた癖に。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
【――――現在】
過去が水流のようにすとんと落ちてきて、私は流れ出た涙と一緒に涙を流した。
心の奥底にしまいこんでいた事が、今更になって激しく心を震わせる。
弱くなっていた。どこまでも、弱く成り果てていたのが解る。手に取った手紙の意味も、全て机の中に放り込んで。私は自分を闇の中に居ると評して逃げていたと思い出す。
忘れていたんじゃない、逃げていたんだ。全部自分のせいにして、そのくせ一番大事な事から逃げていた。だから、こんな大事な事だって、ずっと机の中にしまいっぱなしだった。
「ごめんね……ごめん……ね」
握り締めた手紙がぐしゃぐしゃになる。でもそれ以上に私の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていった。
ごめんなさい……。
何度も何度も謝った。
過去の自分に、アンドウにとにかく謝った。
手紙を読んだのに。決心したはずなのに。私はまた逃げていた。闇の中に隠れていた。卑怯にも、姑息にも、全部自分が作った闇のせいにして……スタートを切ろうとしなかった。私はずっと闇の中に引きこもっていたんだ。アンドウはそれを救ってくれたんだ。なのに……それをなぜ、あの手紙をなぜ、無意味にしようと言うのか――――――。
あの日最後に渡された封筒の中身の手紙にはアンドウの小奇麗な文字で『また会おう』とだけ書いてあった。その一言にどんな意味が込められていたか、臆病でアンドウと一緒に居る事でしか光を見れなかったお前なら、解っている筈だ。
私はいてもたってもいられず駆け出した。
勢い良くドアを開けて、雪の降り始めた外を走った。どこに行きたかったわけじゃない。私の行く先にアンドウが居る保証も無い。だけど、行かなければいけない。これが最初の一歩だと心に叫んだ。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
【――終わりと始まり】
家に帰って、アンドウの手紙を見て、私は泣いた。
飛行場から帰って、ようやく泣いた。わんわん泣いた。正直、こんなに泣いたのは初めてだった。今までこちらに見向きすらしなかった親が初めて心配そうな顔を覗かせる程だった。
一晩中泣いて泣いて泣きじゃくって、今までに無い最大級の喪失感に見舞われて……その先の最後に、ただただ思った。
もう一度アンドウに会いたい。
願いを自覚した瞬間。私の視界は一気に開けた気がした。今までの閉塞していた闇も全部取り払われた気がした。
私は机の中から便箋を取り出すと、その紙面にペン先を躍らせた。
今度は私が、と思った。今度は私が手紙を渡す。手渡しで、自分の光を見て堂々とアンドウの前に立ってやる。そう思うと、今まで感じた事が無いほどに胸が躍った。
そして、私はかつて鬱屈を書いたノートにアンドウの封筒と私の封筒を挟んで机にしまった。
私は弱い人間だから、また何度もくじけるだろう。この事を忘れてまた闇にとらわれるかもしれないだから、せめて一度だけ闇に打ち勝った証拠を残しておこう。私が、アンドウに少しでも並べるように。
だから――――
「お願い。大人になった私。
強く生きよう。
アンドウと並ぼう。
今の私は頑張るから。
あなたも頑張って」
ノートの最後のページにそれだけ書くと、私は泣き腫らした頬のまま、ベッドに横になり晴れやかな気分で眠りについた。
END?
色々あってまぁ久々の投稿がこんなものです
ちょっといつもと作風違いますね……楽しんでいただければ幸いです!




