婚約破棄した元婚約者が復縁を迫ってきますが、元々貴方には興味ありませんわ。
「やぁ、久しぶり、愛しのエリーナ。会いたかったよ」
はぁ?わたくしは会いたくないわ。
なんでこの男がさらっと社交界に復帰しているの?
エリーナ・ラファロ伯爵令嬢は、声をかけてきた男に驚いた。
半年間、婚約者だった、キルアルト・イール公爵令息だったからだ。
彼はマリア・シャアル男爵令嬢と不貞を繰り返していた為に、不貞の証拠を突き付けて、婚約破棄に持ち込んだ相手だ。
幸い、母がライデルク公爵家からラファロ伯爵家に嫁いできていたので、その力も借りて、婚約破棄をすることが出来た。
でなければ、キルアルトと、婚約破棄は出来なかっただろう。
キルアルトは婿入りするはずだった。マリアを愛人として連れてくる気だったらしい。
ずっと伯爵家だからと、馬鹿にしてきたキルアルト。
金髪碧眼の彼はものすごい美男だ。
婚約を結んだ当初はあまりの美しさに見とれたものだったが、しかし、キルアルトはエリーナと交流をするどころか、いつも男爵令嬢マリアを連れ歩いていた。
胸が大きく可愛らしい顔立ちのマリア。
茶の髪で地味なエリーナとは大違いで。
わたくしは貴方の婚約者なのよ。
それなのに、いつも男爵令嬢を連れ歩いて、どういうつもり?
と言いたかったが、自分は伯爵家の娘だ。公爵令息に強く注意は出来ない。
でも、その様子にラファロ伯爵夫人の母がブチ切れた。
「うちに婿入りするはずなのに、挨拶も来ない。エリーナとも交流しない。
あんな不良物件、我が伯爵家に必要ありません。婚約破棄致しましょう」
父が慌てたように、
「うちは伯爵家だぞ。イール公爵家に向かって婚約破棄をしていいものか」
母は笑って、
「わたくしの兄だってライデルク公爵よ。兄の力を借りて、婚約破棄に致します。よいですね」
エリーナは思った。
あんな男なんていらない。
半年で愛想も尽きてしまったわ。
婚約破棄の申し出に、イール公爵は受け入れてくれて、慰謝料も払ってくれた。
これで、あの男と縁が切れる。元々、名だけの婚約者、話もあまりしたことがないので、どうでもよかった。
気晴らしの夜会に出かけたエリーナ。
そうしたら背後から声をかけられたのだ。
「やぁ、久しぶり、愛しのエリーナ。会いたかったよ」
えええ?確か、イール公爵は反省させるために、領地に押し込めるって言っていたような。
それなのに、さらっと王宮の夜会に出席している彼って???
あの美しかった金髪を地味な茶髪に変えていたから、声をかけられるまで気が付かなかったわ。
「これはイール公爵令息様。わたくしに何用でしょう」
「婚約を再び結んでいいと思っている」
「はい?」
「私も反省したんだ。マリアなんぞに現を抜かして、君という人間を見ていなかった。だから、これからは君を大切にするよ」
「いえ、もう終わった事ですので」
「何を言うか。私達はこれから始まるんだ」
「確かに交流をろくにしてこなかったのですから、でも、わたくしはこれから始めたくありませんわ」
手を握られた。
いや、もう関わりたくない。
婚約期間中、男爵令嬢と共に夜会に出席していると聞いて、どれだけわたくしが傷付いたと思っているの?
愛とか恋とか関係ないと思っていても、さすがに婚約者のいる身で他の令嬢と夜会に出席するってないわ。
母が新しい相手を釣書を見ながら探してくれている。
それなのに、この男がわざわざ声をかけてくるなんて。
「わたくしは他の方とダンスを踊ります。ごきげんよう」
慌ててキルアルトから離れた。
キルアルトが後ろから着いて来る。
「焼きもちを妬いていたのだろう。男爵令嬢は始末した。だから、安心して婚約を再び結んでもいいのだぞ」
「始末した?」
「父がマリアを始末した。父は相当、怒って、マリアが私を誘惑したのが悪いのだと。ああ、私もマリアの誘惑に乗ってしまって。悪いのはマリアだ。私は誘惑された被害者だ。こうして、反省して君に声をかけてやっているじゃないか。だから、意地を張っていないで、復縁しよう」
「復縁も何も、わたくし達、ろくに交流してこなかったのですから」
「だったら、これから愛を育めばいい」
話が通じない。
それにしてもどうして、金髪を茶髪に変えたのかしら。
じっと視線を髪に向けていると、キルアルトは頷いて、
「父に茶髪に染めろと言われたんだ。どうも、屑の美男をさらって教育する変…辺境騎士団というのがいて、金髪碧眼の美男が好物だと。それを避ける為に茶髪に染めた」
「貴方は屑だと言う自覚があるのですか?」
「失礼だな。私は屑ではない。ただ、連中が屑だと勘違いしたら困るから、茶髪に染めた。
怪しげな連中が近づいて来て声をかけられたが、金髪じゃないとか、髪色が違うから別人だとか、言って去っていったぞ」
はぁ?変…辺境騎士団、なにやっているのよ。髪色を変えただけで、ごまかされるなんて。
この男、屑でしょう。屑。男爵令嬢だけのせいにして、貴方だって喜んで彼女と付き合っていたじゃない。
始末したですって、ああ、こういう男とは関わりたくないわ。
「ともかく、わたくしは貴方と再び婚約を結ぶつもりはありませんわ」
背を向けて、夜会の会場を出た。
気晴らしに来た夜会。
殿方とダンスを踊り、楽しむ予定だった夜会。
せっかく支度をしてきたのに。
母が釣書を眺めて、相手を探してくれてはいるけれども、今宵の夜会で良い相手が見つかるかもしれない。
ちょっとは期待していたのだ。
それなのに。
あの男のせいで台無しになってしまった。
翌日から異変が起きた。
釣書が何通か来ていたのだが、断りの手紙が届けられるようになったのだ。
皆、今回の話はこちらの都合でなかったことにと。
どうしてなんで?
母いわく、
「イール公爵家が圧力をかけているのね。婚約破棄の慰謝料を取り戻したいのかしら。沢山、搾り取ったから。余程、あの馬鹿息子をうちの婿にしたいみたいだわ」
ああ、確かに、顔だけはいいキルアルト。でも、あんな愚かな男、婿に貰いたくはないわ。
イール公爵家だって名前だけは立派だけれども、実際、領地経営は火の車って言われているし。
使用人が、報告に来た。
「薔薇の花束とカードが贈られてきました。キルアルト・イール公爵令息様から」
高そうな深紅の薔薇の花束と、美しいカードが添えられていて、
― 愛しのエリーナ。また、会いたい。君の事が忘れられない。今度、会いに行って構わないだろうか。良い返事を待っている ―
はぁ?どういうことよ。婚約破棄をしたのよ。こちらから。それなのに、また会いたいって。
母にカードを見せたら、母もブチ切れて、
「厳重に兄に頼んで、イール公爵家に抗議して貰うわ。それから、貴方にこれを」
小さな瓶を渡された。
母はエリーナに、
「今度の夜会で、彼が絡んでくるようだったら、この瓶の中身をふりまきなさい。彼に向かって。いいわね」
「この瓶の中身って」
母は答えなかったが、扇を手に意地の悪そうな笑いを浮かべた。
何かの魔法薬?
ともかく、しっかりと薔薇の花束とカードは送り返して、ラファロ伯爵家の名でも抗議をイール公爵家にすることにした。
王宮の図書館に用があって、出かけたら、キルアルトに待ち伏せされていた。
一緒に連れて来た使用人二人が姿を消していて、
キルアルトに買収された???わたくしは今、一人だわ。
「やぁ、冷たいな。薔薇の花、君の為に送ったのに。情熱の深紅の薔薇の花。素敵だろう」
「わたくしは貴方を婚約破棄したのです。もう付き纏わないで」
「こんなに美しい私に付き纏われて、君は照れているんだな」
「照れている?もう、顔も見たくないのに。そういえば、貴方、わたくしに釣書を送ってきた相手に圧力をかけたわね」
「父上に頼んで、圧力をかけてもらった。私が婿入りする家に、釣書を送ってくるだなんてずうずうしい」
「婚約破棄した相手に復縁を迫ってくる貴方のほうこそ、ずうずうしいと思いませんの?」
「私はイール公爵令息だ。君の言葉は感心しないな。もっと私を敬うがいい」
「敬えるような常識ある方なら敬います。でも、貴方は常識も何もないわ。ですから、二度とわたくしには関わらないで下さいませ」
「そうはいかない。いい加減に素直になるがいい」
「なりませんっ」
腕を掴まれた。
母に持たされた瓶を相手に投げつけた。
蓋を外すのは忘れたけれども、ぱぁっと虹色の光が瓶の中から溢れて、
茶に染めていたキルアルトの髪が元の美しい金髪に戻ったのだ。
どこからか、聞こえてきた。
「屑の美男だ。それも極上の金髪碧眼だ」
「なんで見落としていた?前にはいなかったが」
「ともかく、見つけたからには触手でさらって」
「三日三晩の正義の教育だ」
体格の良い男達が現れて、キルアルトを馬車に押し込めた。
キルアルトは悲鳴を上げた。
「誰かっーーー私はイール公爵家のっーーー」
誰も助けに向かわなかった。
皆、やりたい放題のキルアルトにうんざりしていたから。
そのまま、キルアルトは変…辺境騎士団員達に連れ去られた。
金髪碧眼の高位貴族が大好物の変…辺境騎士団。
美しい彼は正義の教育を激しく、時には愛を持って、行われることだろう。
その場に取り残されたエリーナは、助かったと胸を撫で下ろした。
これでやっと、ちゃんとした婚約者を探すことが出来る。
婚約破棄したのに、付き纏ってくる常識のない相手なんて二度と嫌だわ。
今度はきちっと誠意をもって付き合ってくれる人がいい。
エリーナは機嫌よく家路に着くのであった。
新しい婚約者はルード・ベルテ伯爵令息という男性になった。
ルードは母が一押しに押した男性で。
「前の婚約者が不良物件で、彼も婚約破棄をしたそうよ。誠実な男性だって評判だから、貴方にふさわしいと思うの。それに、次男だからうちに婿入りも問題ないわ」
ルードに会ってみることにした。
黒髪碧眼で普通の容姿のルードだったが、とても誠意ある対応をしてくれて。
「貴方が前の婚約者のせいで、傷ついていると聞いております。私も前の婚約者で苦労しました。互いに手に手をとりあって前を向いていきませんか。私が婿入りする形になりますが、ラファロ伯爵家の役に立つためにも、頑張ります」
そう言ってくれた。
やはり、婚約するならこのような誠意ある男性でなくては。
そう強くエリーナは思ったのだ。
そして、現在、エリーナはルードと結婚し、幸せに暮らしている。
一度だけ、手紙が来た。
キルアルトからだ。
汚い字で、
― 私を愛しているなら助けてくれっ。私は変…辺境騎士団にいるっ。どうか、私をっ ―
急いで書いたのか、薄汚れている手紙。
必死に書いたのであろう。
何をどう間違って、わたくしがキルアルトを愛していると勘違いしたのかしら???
ルードに手紙を見せて、
「わたくし、一度も、彼に愛しているって言った覚えもないし、交流もほとんどなかったのよ」
ルードは笑って、
「世の中、常識が解らない人って普通にいますから。この手紙は捨てて忘れましょう」
手紙を捨てて、綺麗さっぱりキルアルトの事は忘れることにした。
今、わたくしはとても幸せ。
これから先も愛するルードと幸せに暮らすわ。
だから、貴方の事はきっぱり忘れます。
もう二度と、会う事もないでしょう。




