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8 渦潮令嬢とイケメン君


「今ある一番高難度の依頼は風麗竜ヒュレイドラの討伐依頼でしょうか。あ、こちらの巨怪馬人ジャイアバルスの群れ討伐もおすすめですよ。震冷竜ヒエルドラ討伐も捨てがたいですね。どれになさいますか、シーナさん」


 受付嬢のリズが流行アイテムを紹介するアパレル店員みたいな口振りでバケモノ退治を押しつけてくる。


「ひどいよね、アルニャン。この人、私がゴリラ族の戦士長とかに見えてるんだよ、ぐすん」


 私は銀の毛並みに顔を突っ込んでさめざめと泣いた。

 え、シーナさんってラ族の戦士長じゃなかったんですか!? とリズがボケてくる。

 ツッコまねえからな?


「もっとこう、女子高生にお似合いの依頼とかないんです?」


 私はおっかない魔物の絵が描かれた依頼書の束をひらひらとめくった。

 おっ?


「ハッピイグリザルの討伐……」


 依頼書には熊の絵がある。

 子供が描いたのか、なんとも可愛らしい絵だ。

 ハッピーそうな名前も気に入った。


「これにしようかな」


背火鬼熊ハッピイグリザルの討伐依頼ですね。村を3つ焼き払った人喰い熊ですし、ほうっておけませんよね」


「ん、なんて?」


「このイラスト、村で唯一生き残った少年が泣きながら描いてくれたんです。どうか村のみんなの仇を討ってほしいと」


「……」


 全然可愛い依頼じゃなかったわ。

 しかも、そんな話聞かされたらノーとは言えねえ。


「あ、でも、こちらの依頼はほかの冒険者様方とバッティングしていますね。報酬は早い者勝ちとなってしまいます」


 複数パーティーで競合か。

 なら、それを理由に断って――


「でも、シーナさんなら問題ありませんね! この町一番の冒険者をぶっ飛ばすほどのお方ですから!」


 リズが満面の笑みを煌めかせた。


「競合相手はご領主様のバ……ご息女様でして、最近は冒険者ごっこに夢中だとか」


 今バカ娘って言おうとしたでしょ。

 その領主令嬢とやらは相当ヘイトを買っているらしいな。


「シーナさんにはぜひ本物の冒険者のなんたるかを知らしめていただきたいです!」


 なんだ、本物の冒険者って。

 たった今登録をすませたばかりの駆け出し小娘に何期待してんだ、この人は……。


「それではシーナさん! 初依頼、頑張ってくださいね!」


 丸め込まれる形で、デビュー戦の相手が決まってしまった。

 ハッピイグリザル。

 赤服半裸の黄色い熊みたいなヤツだといいな。


「おどきあそばせ!」


 外に出たところで、お高くとまった声が飛んできた。

 振り返ると、イケメンがいた。

 えげつないイケメンだった。

 造形が神。

 神が作りたもうた至高のイケメン。

 光の中から生まれ出でたキラッキラのサンシャン・イケメンがそこにいた。

 金髪金眼。

 白馬の王子様って感じ。

 ちなみに、徒歩。

 首にはめられた武骨な首輪だけが唯一の汚点だった。


「わたくしはおどきあそばせと言ったのですのことよ!」


 イケメン君のあまりのまばゆさで気づくのが遅れた。

 青ドレスのお嬢様が隣にいる。

 縦ロールと横ロールが複雑に融合した謎すぎる青髪が目に痛い。

 第一印象は渦潮の擬人化。

 イケメン君はこいつの付き人らしい。


「わたくしはリトマス領領主アッシディウスが娘、エンヴィリッタ・ポン・リトマスですのことよ? この町のすべての道はわたくしのためにありますの。あなたのような芋娘が生える場所ではございませんのことよ」


 領主の娘。

 こいつがリズの言っていたバカか。

 そして、私の競合相手でもあると。


 道を譲るのは、やぶさかでもない。

 でも、ここで引くと負ける気がする。

 きっとあんたは大層身分が高いんだろうね。

 でも、私のほうが高いよ?

 プライドの話だけど。


「道なら広いでしょ? 私がどかなくても通れそうなものだけど?」


 腕組みしてそう応じる。


「あら、何をおっしゃっていますの? わたくしが歩かんとする場所こそが道ですのことよ。どかぬとおっしゃるならば、あなたを道にして差し上げますのことですわ」


 エンヴィリッタはぱしゃりと閉じた扇子を私に向けた。


「ルシウス、この貧相な芋を抜いておしまいなさい!」


「しかし、道など譲り合えば――ッぅ!?」


 ババチチチ……ッ、と。

 ルシウス君とやらの首輪から紫電がほとばしる。

 白皙の顔が苦悶に歪み、長い脚が膝をついた。

 オホホとエンヴィリッタが笑う。


「何度も言わせないでくださいましのことよ。わたくしに逆らうことはできませんの。ルシウス、あなたはわたくしの恋の奴隷なのですもの!」


 恋かは知らん。

 でも、奴隷というのはその通りらしい。

 あの首輪で逆らえないようにしているようだ。

 イケメンを手籠めにするなんて羨ましい。

 とんだクソだぜ、このアマ。


「……すまない。君、道を開けてくれないか? 本当にすまない」


 イケメン君が丁寧に私の手を取り、路傍に誘導する。

 可哀想だからどいてやってもいい。

 とか思うのはお人好しの馬鹿だ。

 私は賢者なので、ここをどかん。

 この渦潮頭に成功体験を与えちゃダメなのよ。

 別の場所でまた同じことをやるだろうからな。

 世の中にはテコでも動かんゴリラがいるってことを教えてやる。


 押したり、引いたり、拝んだり。

 ルシウス君は額に汗しながら私をどかすべく悪戦苦闘した。

 しかし、身体能力10倍はリアルゴリラだ。

 人間ごときのパワーじゃびくともしない。


「何をしておりますの? さっさとその芋女を抜いておしまいなさい」


 エンヴィリッタが私の頭上に向かって言う。


「あー、エンヴィリッタ。この芋、一向に抜けないのだが……」


 上からそんな泣き言が降ってくる。

 ルシウス君は私に高い高いされて完全に戦意喪失だ。

 ま、このくらいで勘弁してやる。


「いいか、よく聞け渦巻き!」


「渦巻きぃ……!?」


「私を見たらデカイ岩だと思いな。そこに道はねえ。おとなしく回れ右するか、避けて通るんだな。――ペッ」


「ひぃ……」


 渦潮令嬢エンヴィリッタはルシウス君の陰に飛び込んで身を縮めた。

 そして、私の前に道は開かれた。

 あ、ちなみに、唾棄はしていない。

 さすがにイケメンの前だしな。


 私は肩で風を切って我が道を歩き始めた。


「君、待ってくれ! どうか名前を!」


 とルシウス君が呼び止める。

 私かい?


「シーナ・漆黒・カタギリとでも名乗っておこうか」


 私は黒髪を風になびかせ、事もなげにそう言う。


「何言ってるニャ……」


 肩の上からアルニャンが痛い子を見る目で見つめる。

 ほんとだよ。

 何言ってんだ私。

 上がったテンションに任せてテキトーほざいちゃったよ。


「漆黒のシーナ……」


 ルシウス君が口の中でそうつぶやく。

 漆黒の、ってなんだ?

 なんか熱視線を向けてくるし。

 やめて。

 急に恥ずかしくなってきた。


「ぐぬぬ! 悔しいですのことよおおお……!」


 逃げるように去る私をそんな声だけが追いかけてきたのだった。


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