19 破断
リトマス東区にある廃城――旧領主邸。
夜はオバケが出そうな場所だ。
でも、昼なので野良犬がたまり場にしているだけだった。
わん!
エンヴィリッタ誘拐後、ここでルシウス君と落ち合う手筈になっている。
あとは私が宴会用の剣でぶった斬られたら、ケース・クローズドだ。
『しかし、気に食わんな。――フン!』
私は簀巻きにしたエンヴィリッタをぞんざいに転がした。
そもそもの元凶たるこいつは白馬の王子様に助け出されてハッピーエンド。
一方、尻拭いをさせられた私は斬られて遁走。
世の中、理不尽だよなァ。
ゲシッ。
蹴ってやった。
それでも、気が収まらない。
かくなる上は……。
「ブゥ?」
私はアルニャンをエンヴィリッタの顔に乗っけた。
『ブタニャン、うんち!』
「ブヒぃ……」
すげえ嫌そうな顔をされた。
お尻がもぞもぞ動いて、緑色の香の物がひり出される。
『あんた、本当に緑のウンコ出すんだね』
「もちろん幻影魔法だブゥ」
まあ、さすがにそうか。
人質の顔にうんちしてやろうなんて考える異常者は私くらいのもんだよな。
「シーナさん、待たせてごめん!」
『う、まぶしい……!』
輝くイケメンが爽やかな笑顔で駆けてきた。
よく考えれば、ルシウス君と待ち合わせなんて最高すぎるな。
でも、本名呼ぶんじゃねえ。
『グーッルグッグッグ! 我が名は怪盗グルシーナ! 貴様ンとこのカスみたいなお嬢様はいただいた! 返してほしければ出すもの出しな!』
「あ、そうだったね。どこに人の目があるとも知れない」
ルシウス君は宴会剣をすらりと抜き放った。
眉目がかっこよく研ぎ澄まされる。
「エンヴィリッタを返してもらおうか! 怪盗グルシーナ!」
『笑止。こんなアホを返してほしいとか笑止』
私も剣を抜いた。
アッシディウスからもらったミスリャルの剣。
涼やかな水色の刃のはずだが、今は仮面の効果で黒鉄色になっていた。
「お、あそこだ!」
「もう誰かやり合ってんぞ!」
「急げ! 報酬はオレらのもんだ!」
折よく冒険者たちがやってきた。
宿屋通りから屋根伝いに逃げてきたんだがな。
追いつけるとは、さすが冒険者。
ちょうど目撃者が欲しかったところだ。
歓迎しよう。
「んぐぅ。あたくちの、ルしウスぅうん……」
気絶中のエンヴィリッタもそろそろ起きそうだ。
「じゃあ、手筈通り2、3回斬り結んだ後に斬られてくれる?」
『りょ』
と小声で確認し合い、――ファイッ!
「エンヴィリッタを返せ!」
『どうぞどうぞォ!』
ぐぁん、ギン、ぎゃぎィ、と打ち合い、私はよろりと体を泳がせた。
「もらった!」
ルシウス君が斬り込んでくる。
演技とわかっていても自分より大柄な男に剣を振りかぶられるのは恐怖だ。
斬られるの怖いお。
私は腕で受けることにした。
ばぎん――。
異音がして、鮮血が宙を舞った。
折れた剣先がくるくると回り、地面に突き刺さる。
血糊を顔中に浴びたルシウス君が、ぽかーんとした顔で折れた剣を見つめている。
『あっちゃー……』
もともと宴会用の剣だ。
中に血糊が入っているから構造的にも脆弱。
しかも、曾祖父の代からの骨董品。
そんなものでミスリャルの剣と斬り結んだのだから、剣に亀裂が入っていてもおかしくはない。
その状態で身体能力10倍の私を斬りつければどうなるか……。
こうなりますぅー、って感じだ。
「し、信じられねえ。あいつ、腕で剣をへし折りやがった……」
「本当に人間かよ」
「ドエリザベスの野郎がやられちまうわけだ……」
「オレたちでなんとかなる相手なのか!?」
我先にと駆けてきていた冒険者たちが急制動をかけて止まる。
『……』
「……」
私とルシウス君は仮面越しに目を合わせて石像みたいに固まった。
どうしよ……。
斬られ役が斬れない。
こんなイミフ展開、考えもしなかった。
私優勢のこの状況でまさか逃げ出すわけにもいかないし。
ホントどうしよ。
『グーッルグッグッグ! グーッルグッグッグッグッグッグ!』
私は間を持たせるために高笑いした。
こうなったらしゃーなし。
こっからはアドリブでなんとか舞台を回すしかない。
「わーっはっは! わーっはっはっは!」
ルシウス君も腹を決めたようだった。
なぜ笑っているのかは不明。
「おおおッ!」
ルシウス君が折れた剣を横に薙いだ。
私はひらりと躱しながら距離を取る。
これで、ルシウス君は人質と誘拐犯の間に割って入った格好。
とりあえず、人質は確保。
あとは私がどうやって追い払われるか、だが……。
「エンヴィリッタは渡さないぞ! 死んでも僕が守る!」
ルシウス君が取って付けたようなセリフを吐いた。
と、ここで、エンヴィリッタ起床。
なんか目をうるうるさせている。
「わたくしのスイートハニー! 助けに来てくださったのですわね! 傷つき、血にまみれてなお命懸けで戦わんとするそのお姿、ス・テ・キですのことよぉ~! これぞわたくしが求めた真の愛でございますわぁ! あっあぁ~ん!」
簀巻きのまま身悶えている。
この青虫、蹴っていいか?
「いや、僕は別に傷ついてはいないが」
ルシウス君は血糊を拭った。
「またそんな強がりをおっしゃって! ああん! わたくしが魔性の女だからいけないのですわ! もうやめて! わたくしのために争わないでぇ、ですのことよ!」
『おっし! この魔物は私が討伐する! 誰も止めるなよ』
「だ、ダメダ。ヤメロー」
ルシウス君もセリフが棒になっている。
――ッ。
急に日が陰った。
私の足元に巨大な影ができている。
私はとっさに後ろへ跳んだ。
直後、どごぉおんん、と砂煙が上がる。
今の今まで私が立っていた場所にクレーターができていた。
その真ん中に、筋肉でできた壁みたいな巨漢が立っている。
「ギャハハ! よくかわしたなァ! オレ様の『流星拳』をよォ!」
ドエリザベスだった。
私はハッと息を呑んだ。
周囲の茂みや廃城の崩れた石壁の向こうに人の気配がある。
言わずもがな、冒険者だろう。
いつの間にか、包囲されていたらしい。
ごがん、と拳が打ち合わされた。
ドエリザベスが岩みたいな顔でニィッと笑う。
「さっきはぬかったぜェ! そんじゃァ第2ラウンドといこうやァ! ギャハハハハハ!」




