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16 領主アッシディウス


 リトマス領のトップが住まう屋敷――領主邸。

 豪華さより堅牢さが目につく。

 魔王領に隣接するお土地柄だ。

 邸宅というより要塞というコンセプトなのだろう。

 それでも中は華やかだった。

 調度品はどれもお高そう。

 でも、青を基調としたものが多い。

 渦巻き頭のおっぺけぺーが頭にちらつく。

 青は嫌いな色になりつつあった。


「ねえ、ルシウス君」


「なんだい?」


「領主様から直々に依頼って話だけどさ、それは私を呼び出す口実で、実は私、これから処刑されたりしないよね? 前にエンヴィリッタ蹴った件とかで……」


 どうせ死ぬならもっと蹴っとくんだったぜ。

 これ本心な?


「そこは心配しなくていい。エンヴィリッタは細かいことをいつまでも憶えているような性分じゃない」


 前を歩くルシウス君が、暗に馬鹿だとほのめかした。

 それならリラックスしていくか。

 私は頭にアルニャンを乗っけて、ポケットに手を突っ込んだ。

 ガニ股にシャクレ顔。

 昭和のチンピラみたいな足取りで豪華な部屋に上がり込む。

 これが私なりのリラックスだ。


 応接間のようなところだった。

 上座にかけていた壮年の男が値踏みするような目を私に向けている。

 あごひげが渦巻きだ。


「シーナ・カタギリよ。よく来てくれた。私がリトマス領領主アッシディウス・ヴォン・リトマスである」


 うんまあ名乗られるまでもなく一目瞭然だ。

 渦巻きの具合がな。


「先日は娘が世話になったな」


 はて、それは皮肉だろうか。

 ういっすどもども、って感じで私はテキトーに会釈しておいた。

 そいで、ご用件はなんでやす?


「単刀直入に言おう。我が娘エンヴィリッタが誘拐された」


「それは……とんだ物好きがいたものですね」


「む、今なんと?」


「ごほごほ。いえ、なんでも」


 領主令嬢誘拐事件か。

 目的はおおかた金だろう。

 大事件だ。

 という割には、アッシディウスは泰然としている。


「リトマス在住の主だった冒険者らが鋭意捜索してくれている。だが、娘の行方は杳として知れず、犯人の目星もつかぬままだ」


 ギルドに人が少なかったのは、そういうことだったか。

 納得。


「君はまだ駆け出しゆえ、依頼を出すのが遅れた。しかし、その実力のほどはルシウス殿に聞き、私の知るところである」


 なぜご領主様が奴隷を殿呼び?

 と思ったが、問題はそこじゃねえ。


「おい、まさか私にも捜索に加われと? すげえ嫌なんですが」


「ん……え?」


「あ、聞き間違えてないですよ。すげえ嫌です。理由? おたくのお嬢様のことがすんげえ嫌いだからですマジで」


「まじ、……か。そうか、なるほど」


 アッシディウスは多少面食らったようだが、なぜか満足げでもあった。


「うむ。ルシウス殿に聞いた通りのお人柄のようだ。正直かつ誠実。表裏のない御仁と聞き及んでおる」


 ルシウスくぅーん!

 あたちのこと、そんなふうに思ってくれていたの?


「その戦いぶりたるや狂戦士のようだとも話してくれた」


 ルシウスくぅーん……。


「シーナよ、そんな君だからこそ頼みたい依頼があるのだ」


「それは捜索ではなくて、ですか?」


「うむ」


 アッシディウスはいくぶんか渋面して、声を潜めて言った。


「実はな、こたびの誘拐事件、どうやら狂言誘拐であるらしいのだ」


 狂言誘拐。

 というと、誘拐は嘘っぱちってことか。


「冒険者各位に捜索を打診した後になって、こんな書き置きが見つかったのだ」


 アッシディウスは懐から便箋を取り出した。

 読むように促され、私はくねくねした異世界文字を読み上げた。


「親愛なるお父様。わたくし誘拐されることにしましたの。すべては愛のためですのことよ。わたくしが誘拐されたと知れば、ルシウスはきっと悲しみに打ちひしがれることでしょう。そして、失って初めて気づくのです。わたくしへの本当の愛を」


 私はチラとルシウス君を見た。

 金髪が遠心力で傘みたいに広がるくらい、ブンブンと首を横に振っている。


「わたくし、宿屋通りの最高級ホテルで2泊したら帰りますの。エステで肌を潤し、スイーツ三昧ですのことよ。今から楽しみでなりませんわ。そういうわけで、捜さないでくださいましね。追伸――わたくしのスイートハニーには真相を知らせないでくださいまし。心配する顔があぁん! まぶたの裏に浮かぶようですのことよ! あっあぁーん!」


 読み終わった私はぐしゃァ、と紙を潰した。

 べし、と叩きつける。

 ついでに、蹴飛ばす。

 今すぐ名著を音読したい。

 汚手紙で穢された言語野を綺麗にすすぎ流したい。


「なるほど、なるほど、なるほど、なるほど。領主様が私に依頼したいこと、見当がつきましたよ」


 私は青筋ピッキピキで言う。


「この腐れバカ娘を暗殺すりゃいいんですね?」


「うむ。……ん? いや、違う違う!」


「ええ、お気持ち痛いほどわかります。このクソバカの渦巻き頭見てると、なんかもうカタツムリの殻にまで殺意が湧きますよね、ええ。殺したくなるのもわかりやすぜ」


「いや、違――」


「ええ、いいですよ。ミートゥー! 私もです! 私も殺意やばいんで、喜んで引き受けるっすわ。殺すだけならロハでいいですぜ旦那ァ。でも、殺して埋めるとなりゃ、それなりに御駄賃いただかねえと。こっちも背負うんでね、リスクってやつを」


「いや、だから違うのだが!?」


 ごほん、とアッシディウスは咳払いした。


「シーナよ、君に依頼する内容はこうだ」


 真っ直ぐな青い目が私を見て、言った。


「我が娘エンヴィリッタを誘拐せよ。君には本物の誘拐犯になってもうらう」


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