13 軍配
「もう嫌ですの! 面白くありませんわ!」
エンヴィリッタはぷいっとそっぽを向いた。
焼け跡の村に唖然とした空気が流れる。
「ゴガアアアアアアア!」
「うるせえよ!」
「ごあガ……!?」
私はグリザルの鼻をグーで殴った。
鼻先を押さえたグリザルが転がるが、そこに斬り込むべきルシウス君はアホをたしなめるので手一杯だ。
「考え直してくれ、エンヴィリッタ! 依頼を途中で投げ出すなんてあまりに非常識だ!」
「非常識なのはあの芋女ですのことよ! わたくしとルシウスが冒険の中で愛を育まんとしていますのに土足で入り込んできて! あなたもあなたですわ、ルシウス! わたくし以外の女に焦がれてはなりませんのことよ!」
冒険の中で愛を育む。
リズが冒険者ごっこと呼んでいた理由はこれか。
「帰るってなんだよ……」
ライヌがエンヴィリッタに詰め寄った。
「お前が倒してくれるって言ったから僕は家に火をつけたんだぞ! こんなのひどい!」
「ひどいのはあなたたちですのことよ! このわたくしを軽んじて! こんなのおかしいですわ! わたくしは領主令嬢なんですのことよ! わたくしを一番に扱ってくださらないのでしたら、もうわたくし知りません! 帰ります!」
糞がしゃべってやがる。
とんでもねえ糞が。
ライヌは人間じゃないものを見る目をエンヴィリッタに向けている。
当然だ。
「ルシウス、あなたも早くいらっしゃいのことですの!」
「嫌だ! 僕は残る。シーナさんを一人にすることはできない!」
「あら、命令違反ですのことよ!」
「ぐあ……っ」
首輪が紫電を発する。
でも、ルシウス君は屈しなかった。
「それでも……僕は! シーナさんと戦う!」
なんていい人。
私は燃え盛る爪を掻い潜って膝蹴りをお返ししながら、乙女な気分になっていた。
傍目にはアマゾネスだが。
ルシウス君の気持ちは嬉しい。
でも、息も絶え絶えになっている姿を見ると胸が苦しくなってきた。
奴隷ってのは大変だ。
「気持ちだけもらっとくよ。帰るならライヌも連れて行ってくれ。ルシウス君、それがあんたにできる最後の仕事だよ」
「だが……」
「どっせい!」
こっちは心配いらねえ、とばかりにグリザルを背負い投げしてみせると、ルシウス君はうなだれた。
「すまない。シーナさん……!」
エンヴィリッタが満足げに笑って馬車のほうに向かう。
渦巻き女の後ろ姿を見て、あっ、と思った。
熊に背を向けて逃げるのはご法度だ。
火を吐くでかい顔がヌッとエンヴィリッタのほうに向いた。
巨体が地を揺らして動き出す。
「んぴぃアああ!?」
間一髪、エンヴィリッタは馬車の下に飛び込んだ。
でも、ほんの一時しのぎ。
グリザルは空の買い物かごでも持ち上げるみたいにして馬車を持ち上げた。
背中の火が車体に燃え移って夜の焼村が赤く染まる。
「エンヴィリッタ!」
と叫ぶルシウス君の横を私は矢のように通り抜けた。
「剣、借りるね!」
すれ違いざまにひったくったが、これがすごい剣だった。
素人の私にも一目で業物とわかるほど。
鍔なんて金をあしらっている。
こんなものを奴隷に持たせるなんて、リトマス家は相当お金持ちらしい。
「私にケツ向けてんじゃねえ!! 失礼だろうが!」
私はがら空きの背中をジャンプ一閃斬りつけた。
炎と肉がざっぱり裂ける。
野太い悲鳴が上がって、馬車がゴシャアと落下した。
グリザルが忌々しげに振り向く。
その顔に黒いもやがまとわりついた。
途端にグリザルはお花畑でちょうちょを見つけたような顔になる。
あーっ、ちょうちょ、ちょうちょ!
「ボクの幻影魔法ニャ! 今アイツの目には春の野原が見えているはずニャ!」
空転する車輪の上をトコトコ歩きながらアルニャンがむふん、と胸を張った。
あんた、そんなことできるの!?
ナイス・キャット!
私は剣を振り上げ大跳躍!
天の高みから必殺の一撃を叩き落とした。
巨大な顔がどごんと落ちる。
首から火山の噴火みたいに血が出て、エンヴィリッタの青い髪を真っ赤に染めた。
酸性だったのかな。
剣についた血で地面に弧を描き、私は親指を立ててニカッと振り向いた。
ライヌの顔が夏のひまわりみたいに輝く。
ハッピイグリザル討伐成功。
私の初めての依頼はこうして幕を下ろしたのだった。




