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10 ミドルナ村


 馬車の後部にへばりつき、車内から漏れるイチャラブボイスに悶々とするという糞みたいな馬車旅にようやく終わりが見えてきた。

 草原の中に集落がある。

 ミドルナ村。

 村の名は「緑の野」に由来するらしい。

 でも、今は真っ黒に燃え落ちて、湿ったススの臭いを漂わせていた。


「オホホ! もう到着ですのこと? 少し物足りませんが、愛するルシウスとハネムーンの甘ぁ~い予行演習ができたと思えばステキな旅路でしたわ!」


 馬車の中からエステ後みたいにツヤッツヤになったエンヴィリッタが降りてくる。

 精も魂も尽き果てたルシウス君がふらふらしながら続く。


「シーナさん!」


 そんなルシウス君が、私を見ると途端にぱあーっと顔を明るくした。


「さすが『漆黒』のシーナさんだ。馬車のスピードについてこられるなんて」


 うん、そりゃまあ背面タイヤみたいに張り付いていたからね。

 おかげで楽できたよ、肉体的には。

 え、精神?

 車検に絶対通らないレベルの摩耗タイヤさ。

 あんたと同じでな。


 エンヴィリッタと睨み合いをしながら、焼け跡の村に入る。

 ところどころ引くほどデカイ足跡が残されている。

 一軒だけ燃え残った家があり、その前にぽつんと小さな影があった。

 男の子だ。

 握りしめた拳が小刻みに震えていた。


「君が依頼主?」


 背中に声をかけると、少年は目をごしごしして振り返った。


「……そう」


 と頷く。

 ミドルナ村唯一の生き残り。

 依頼書に可愛い熊の絵を描いてくれた少年。

 たしか、名前はライヌだったはず。


「お前ら、誰?」


 泣き腫らしたススまみれの顔がキッと睨んでくる。


「私はシーナ。リトマスから来た冒険者だよ」


 と言うと、はあ、と深いため息が返ってきた。

 私の顔を見てため息つきやがった奴がその後ことごとく消息を絶っているのを知らんのか、このガキは。


「やっぱり、もうみんなこの村のことを見捨てたんだ。お前らみたいな弱っちそうな冒険者しかよこさないなんて」


 すでに灰になった村。

 村人は子供1人を残して全滅。

 周辺に目ぼしい資源もない土地柄。

 守るべきものもないのだから、あえて危険を冒して魔物を狩る必要がない。

 見捨てられたってのは実際そうだろうな。

 でも、私は見捨てちゃいないよ?


 ライヌの肩に手をやり、その顔を真っ直ぐ覗き込む。


「あんたの仇のハッピーそうな熊、私がぶっ殺してあげるよ。そのために来たんだ」


「え、お姉ちゃんみたいな雑魚、逆にぶっ殺されるよ?」


「ふん!」


 私はガキのまたぐらをむんずと掴んだ。

 そのまま、肩の高さまで持ち上げる。


「あだダダだだだぎゃひいいい……!」


「誰みたいな雑魚がぶっ殺されるって?」


「ぼ、僕みたいな雑魚ですぅうううう……! ごめんなさああああい!」


「よろしい」


 これで私の実力は伝わったろう。

 すごいな、お前。

 他人様の実力を股間で測れるなんてな!


 話を聞く。

 背火鬼熊ハッピイグリザルがこの村を襲撃したのは3日前の夜だそうだ。

 魔物除けの木柵を押し倒し、突然民家に突っ込んできたらしい。

 茅葺き屋根の木造家屋は一瞬で火だるまになった。

 辛くも歯牙を逃れた人々も、夜の森に逃げ込んだきり行方知れず。

 たぶん、魔物の餌食になったのだろう。

 異世界は過酷だ。


「とーちゃんもかーちゃんもみんなみんな死んじゃった。全部燃えちゃった。残ったのはこの家だけ。僕、誓ったんだ。この家だけは死んでも守るって」


 ライヌは涙ながらにそう話してくれた。


「あーはいはい。御託はよろしくてよ」


 エンヴィリッタが面倒臭そうに手を叩く。

 御者の男がうやうやしく木箱を差し出した。


「何それ?」


「ハッピイグリザルをおびき寄せるステキな魔道具ですのことよ」


 と言う割に、木箱から出てきたのはただのマッチ棒だった。

 しゅぼ、と火がつく。


「それでは燃やしましょうかしらね。この貧相なおうち」


 ん、今なんつった?


「エンヴィリッタ、何をするつもりだ?」


 ルシウス君が家の前に立ちはだかる。


「あら、わたくしのお話聞いておりませんでしたの? この貧相なおうちを燃やすのですわ。ハッピイグリザルは火を食べるんですのことよ。さしずめ肉を焼くようなものですのことね」


 悪びれるでもなくエンヴィリッタは微笑む。

 この家を餌にしようってか。

 どーよ……。


「やめろ! ここは僕のうちなんだぞ!」


 当然、ライヌはブチギレる。


「嘘をおっしゃい。この村も、このボロ屋も、あなたのお召しものも、命でさえも、領主であるお父様のものですのことよ。ならば、わたくしのものも同義。自分のものをどうしようがわたくしの勝手ですの」


 エンヴィリッタが火を投げ込もうとした。


「だめぇ!」


 とライヌが小さな手でエンヴィリッタを突き飛ばす前に、


「だりゃああッ!」


 と私がデカイ足でエンヴィリッタを蹴り倒した。

 領主令嬢への暴行。

 とんだ暴挙だが、ルシウス君も御者も止めなかった。

 それをいいことに追い打ち気味にもう1回蹴っとく。


「や、野蛮なお方ですこと……! わたくしは魔物を倒して差し上げようとしているだけですのことよ!」


「だからって家を燃やすこたぁねえだろ。燃やすなら、あんたの変な髪にしろ」


「で、でしたら……!」


 エンヴィリッタはライヌにマッチ箱を押しつけた。


「あなたがお選びなさいな。この貧相な家を燃やして魔物を倒すか、野放しにして諦めるか、依頼主であるあなたがお決めなさいのことよ」


 当然断るものと思った。

 でも、ライヌはマッチ箱を握りしめて唇を噛んでいる。


「この家を燃やせばグリザルを倒してくれる?」


「モチのロンですのことよ!」


「……」


 思い詰めた顔でライヌはマッチを握った。

 おいおい、そりゃねえよ。


「なにも家を燃やすことないでしょ!」


「でも、僕はみんなのかたきを討ちたいんだ」


「ここには家族との思い出があるはずだ。守ると言ったのは君だ、ライヌ」


 ルシウス君も待ったをかける。


「それでも、僕は」


 じゅぽ、と。

 マッチの先に火がついた。

 それがライヌの選択だった。


「いいんだね? 後戻りはできないよ」


「いい。だって僕、ほかの村が僕の村みたいになるのだけは絶対に嫌なんだ。――だから!」


 小さな火が家の中に投げ込まれた。

 それが少しずつ大きくなるのを見ながら、私も腹をくくった。


 絶対に討伐しよう。

 ハッピイグリザルを。


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