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第19話 ツクヨの中間報告

 夢を見ていた。


 白い部屋。椅子が一つ。目の前に、見覚えのある人物が座っていた。

 ——転生窓口のツクヨだ。とんがり帽子はまだかぶっているが、星柄マントはさすがに脱いだらしく、簡素な長衣に変わっていた。相変わらず目の下にクマがある。


「お久しぶりです、中村さん」


「……ツクヨさん。マント、脱いだんですね」


「ええ。第四十八回目の要望書がようやく通りまして。『星柄マントの廃止』だけは勝ち取りました」


「帽子はまだですね」


「こちらは第百三十二回目の要望書です。——稟議提出の時に『とんがり帽子は神界の伝統である』と言われまして」


(百三十二回。——前世の役所の制服廃止議論も四十年かかったが、神界は桁が違う)


「一点勝ち取るのに四十八回かかるんですか」


「神界の稟議はスピード感がありませんので。上司が『変更は慎重に』という方針でして」


「前世でも同じせりふを聞いたことがあります」


「神界も人界も、お役所は変わらないということですね」


 ツクヨが苦笑いした。


「夢の中にお邪魔しています。中間報告を兼ねて」


「中間報告」


「はい。あなたの業務実績を確認させてください」


 ツクヨが書類を取り出した。前世の人事考課みたいだ。


「赴任後六ヶ月。噴水の修復、排水溝の整備、住民台帳の作成、不正徴税官の摘発と横領金の回収、予算案の策定、保健衛生体制の整備、保存食の配給制度の構築。——素晴らしい実績です」


「やるべきことをやっただけです」


「いつもそう言いますね」


 ツクヨが微笑んだ。


「ところで、中村さん。別件なのですが」


「別件?」


「はい。実は、別の世界でも『凡人枠』の転生者を派遣しまして」


「はい」


「そちらは少し変わった案件でして。チート転生者が断罪イベントで悪役令嬢を追放しようとしたんですが、凡人枠の転生者が介入して、証拠の矛盾を指摘して冤罪を晴らしたんです」


「……はい?」


「証言の時系列と物的証拠の不整合ですね。前世で家庭裁判所の調査官をしていた方で、卓越した面接技術が役に立ったそうです」


「それはもう凡人の範疇を超えていませんか」


「中村さんも、帳簿で横領犯を追い詰めていますよね。同じです」


「同じではないと思いますが」


「凡人枠の皆さんは、なぜか全員そう言います」


 ツクヨが楽しそうに書類をめくった。


「もう一人いましてね。別の世界で、転生者が作ったダンジョンのモンスターが野に放たれて大惨事になった案件で、凡人枠の転生者——前世で動物園の飼育員だった方が、モンスターの生態を観察して繁殖制御に成功したんです」


「……それ、凡人枠の仕事ですか」


「『規格外の事態に規格内の知識で対応する』。それが凡人枠の本質です」


「それはチートでは」


「チートではありません。実務経験です」


「その差はどこにあるんですか」


「再現性です。チートはその人がいなくなれば消える。実務経験は、引き継げる」


(……その通りだ。俺がいなくなっても回る仕組みを作る。それが行政の本質だ。——神界の稟議担当に教えられるとは思わなかった)


(実務経験がチートに勝つ世界線。——そういうジャンル、あるのか)


「ちなみに一番人気の凡人枠は、前世で税理士だった方です。チート転生者が魔王を倒した後の国家財政を再建して、英雄より国民に感謝されたそうです」


「それは……普通に偉いですね」


「でしょう? 上層部も最近、ようやく凡人枠の有用性に気づき始めまして。——予算はまだ出ませんが」


(神界も予算で苦しんでいる。行政の悩みはどこでも同じか)


「ちなみに、わたしも最近、帳簿を付け始めました」


「帳簿」


「転生者の実績記録です。中村さんの影響です。『記録なしの仕事は仕事じゃない』って、良い言葉ですよね」


(神様に帳簿管理を教えてしまった。——教えた記憶はないが)


「おかげで、上層部から『帳簿を見せてみろ』と言われることが増えまして、事務作業が倍になりました」


「……帳簿が効果を発揮しているじゃないですか」


「効果は発揮しているんですが、仕事が増えたのは計算外でした」


(帳簿を付けたら仕事が増えた。前世の役所の内部監査も同じだったな)


「中村さん。最後に一つ」


「はい」


「フィーネさんのことです」


「何か問題がありましたか」


「いいえ。一切ありません。——ただ、彼女の成長速度が当初の予測を大幅に上回っています。中村さんの教育効果です」


「教えたのは棚卸しと予算案だけです。成長したのは彼女自身の力です」


(正直に言えば、最初は不安だった。公爵家の当主なのに、読み書きがあれほど危ういとは。——だが、考えてみれば、前任者に任せきりで何もさせてもらえなかっただけだ。十三歳にしては幼かったのは、経験の機会を奪われていたからに過ぎない。今の急速な成長は、本来の年齢にふさわしい水準を取り戻しているだけなのだろう。乾いたスポンジが水を吸うように、教えたことを崩さず自分のものにしていく。あのメモ帳の簡易文字も、最近は少しずつ正字に変わり始めている)


「……中村さん」


「はい」


「あなた、フィーネさんのこと、好きですよね」


「仕事上のパートナーとして尊敬しています」


「そういう答え方をする人は、だいたい好きです」


「ツクヨさん。それは人事考課に記載されますか」


「しません。——でも、メモしておきます」


(神様にメモされた。フィーネのメモ癖がうつったのか。——神界の帳簿管理と言い、メモと言い、俺の行政が神界に感染している。複雑な気分だ)


「では、引き続きよろしくお願いします。——あ、それと。近いうちに、少し大変なことが起きます」


「流民の件ですか」


「それもありますが、もう一つ。——以前そちらにいた方が、戻ってくるかもしれません」


「……レイガスですか」


「はい。彼にも、彼なりの事情がありますので。——では」


 白い部屋が霞む。ツクヨの姿が薄れていく。


「中村さん。あなたは、凡人のまま、たくさんの人を救っています。——自覚はないと思いますが」


「救って——」


 目が覚めた。


 執務室の窓から朝日が差し込んでいる。デスクの上に、フィーネのメモ帳が置いてあった。表紙に付箋が貼ってある。


 「ナカムラさんへ。おかゆ作りました。おなべの中にあります。——フィーネ」


 おかゆを食べた。塩加減は完璧だった。小さな花が一輪、お盆の横に置いてあった。庭に咲いていた野花だろう。


(……夢か)


 でも、おかゆは本物だった。花も、本物だった。

「再現性です。チートはその人がいなくなれば消える。実務経験は、引き継げる」


ツクヨさんの言葉が、この物語のテーマでもあります。


神界でも帳簿管理が始まり、事務作業が倍になったとか。

行政の感染力は、世界の壁を超えるようです。


そして——「以前そちらにいた方が、戻ってくるかもしれません」。


第三部「日常の回復」、完結です。


▶ 明日から第四部「畑と二つの帰還」——

 焦げた畑を三圃制で甦らせ、帰還民を受け入れ、

 そして——あの金髪が、帰ってくる。

 ここから物語が大きく動きます。ぜひお楽しみに。


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― 新着の感想 ―
とんがり帽子が伝統ってどの系統なんやろうか? 日本神話、ギリシャ神話の系統では無いな つーか、とんがり帽子使ってるのって魔女か妖精のイメージなんよなあ
ツクヨさん、マント脱げたんですね。 とんがり帽子が先かなと思ってたのですが、 マントだったかー。 トレードマーク(←?)がひとつなくなってしまって 少し残念だったりもして。 中村さんも、いつもお疲れ…
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