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いよいよ明日、アンナの生き返りが行われる。
アンナは敷布に転がりながら天井を眺めていた。
思えばいろいろなことがあった。王の身代わりも楽しかった。冥界のことは、生き返りしたら忘れてしまうのだという。そのことだけがアンナは不満だ。
(それに、最後の日だっていうのに……)
一向に尋ねてこない男のことを思い出して、アンナは不服気に口を尖らせた。
新王として擁立したヨミは忙しい日々を送っているとカノからは聞いている。オウミもヨミの補佐に着き、喧嘩しながらもにぎやかに政務をこなしているとのことであった。
だから、アンナを訪ねてこなくても仕方がない。
「でもさ!」
ばふっと敷布から起き上がり、アンナは思わず声を荒げる。
「お礼くらい言っておけよ、ヨミのばかやろー!」
「馬鹿野郎で悪かったな」
その声に、アンナはぎょっとする。
部屋の入り口にはヨミがぬぼっと立っていた。眉を寄せ、呆れた顔でこちらを見ている。
「ヨミ!」
「せっかくお前に礼の品を、と思ったのだが。馬鹿野郎には用はないな」
「やだ聞こえてたの? 冗談よ、冗談」
「お前の声は良く通るからな。今さら聞かなかったことにはできまいよ」
「まあそう言わないでよ。お礼くれるの? 何、なに??」
アンナの様子に、ヨミは苦笑する。
「出れるか?」
「このままでいい?」
アンナは自分の格好を見下ろした。薄い夜着は御殿の中でこそぎりぎり許される衣である。しかし、今から着替えて髪を結って、などを行うのも正直面倒くさい。
「祭宮からは出ない。問題なかろう」
そういうと、ヨミはアンナにずかずかと近づくと、そのまま膝裏を持ち上げて抱き上げた。思わぬ浮遊感に、アンナは声を挙げる。
「ちょっと、ヨミ?」
「靴を履かせるのも面倒だ。このまま行こう」
アンナひとりを抱きかかえたまま、ヨミはすたすたと歩いてしまう。仕方なく、アンナはヨミに体をあずけた。
あらかじめカノに言い含めてあったのであろう。忠実な官女は姿を現さなかった。そのまま御殿を抜け、石畳の道を歩き、広場まで来るとヨミはようやく立ち止まった。
アンナを抱きかかえたまま長椅子に腰を下ろすと、ふう、と息を吐く。どうやらここが終着点のようである。
「……あのさ、ヨミ」
「なんだ」
「そろそろ降ろしてくんないかな」
「夜着が汚れるぞ。このままでいいではないか」
そう言うと、ヨミはぐっとアンナを抱き留める腕に力を入れた。思わぬ行為にアンナはどきりと胸を高鳴らせる。
「ほら、口を開けろ」
片手でアンナを抱き留めたまま、ヨミは懐から何やら取り出した。暗闇の中でも光る、琥珀色の塊。
「飴?」
「見てわからんのか」
「わかるけど、自分で食べられるよ」
「いいから、ほら」
がんとして譲らない。諦めて口を開けると、その中にきゅっと押し込まれた。
もごもごと味わう。甘い蜜の味に混じって、ほのかに香る花の香り。先日もらった飴とは一味違う、華やかな味わいだ。
「んまい……!」
「そうか」
ヨミはアンナを見下ろし、満足そうに笑みを零した。
「違う味を、と約束していたからな。間に合ってよかった」
「覚えてたの?」
「無論。なかなか忙しくて作る暇がなかったのだ。ようやく昨日時間が取れてな。……間に合ってよかった」
「えっ!?」
微笑んで告げるヨミに、アンナは驚きの声を挙げる。
「これ、ヨミの手作りなの!?」
そう告げると、ヨミはいささかむっとした顔になる。
「それはそうだろう。花蜜の飴は手作りで作るものだ」
「うん、それは……ザナさまから聞いたんだけど。絶対ウガとかにやらせてるんだと思ってた」
「何を言う。こんな個人的なこと、ウガや他の者にやらせるわけないだろう」
きっぱりとしたその言葉にアンナは今度こそ困惑する。思わずじっとりとした視線をヨミに向けるアンナに、ヨミは苦笑した。
「もうひとつ、食べるか?」
「……うん」
素直に口を開けると、押し込まれる甘い味。
互いに何も言わなかった。もう明日には、アンナはこの冥界を離れる。そして記憶もなくしてしまうのだ。そのことがアンナの口に歯止めをかける。
「アンナは」
ヨミがぽつりと口を切った。
「本当に帰ってしまうのだな」
「なに、どうしたの?」
「いや……」
ヨミは不自然に口を閉ざす。
「俺は今、あまり良くないことを考えていた。そうだな、お前は最初からずっと、生き返ることを目標にしていたのだものな。そのお前が、意見を変えるはずはない。分かってはいたが……」




