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3

 息せき切って石畳の広場まで戻ると、アンナは目を見開いた。


「ミタマ!」


 そこにはオウミと、オウミの取り巻きである平籍が数人。ミタマを取り囲んでいるのである。ミタマの白い顔が、やや青ざめていた。


「アンナさま……!」


 ミタマはアンナの顔を見ると、目に見えてほっとしたようである。アンナは素早く平籍とミタマの間に体を滑り込ませると、平籍の男とオウミを睨みつけた。


「あんたら、何やってんの!?」

「何って、心外だなあ。僕たちは道を聞いただけなんだよ」


 オウミはまるで何もなかったかのように、肩を竦めてほほ笑んでいる。


「道を聞く? それなら、こんな大勢で取り囲む必要はないでしょ? 怖がってるじゃん」

「そんなこと言われても。素直に道を教えてくれれば僕たちだって何もしやしないさ。でも、この人結構強情だから」


 結構、強情だからなんだというのだ。アンナは頭に血が上りそうになる。おそらくこの男たちは、アンナにした時のようにミタマを痛めつけようとしていたのであろう。

 猛烈な怒りにおそわれながらも、アンナは落ち着け、と自分に言い聞かせた。


「どこに行くつもりなの? 即位までまだ間があるでしょう。自分の御殿で大人しく勉強でもしたらどうなの」

「そんなの決まってるよ。僕はお母さまに会いたいんだ。それなのにこの官女が僕の邪魔をするから……」


 オウミはすっと目を細めた。特徴的な灰色の瞳がミタマを一瞥する。アンナの背後で、ミタマがきっと眦を吊り上げた。


「ですから、それは無理です、と何度も申し上げております。ザナさまは静養が必要な御身。予定なき来訪はお体に障ります」

「でも、偽王はしょっちゅう会いに行ってるんでしょ。誤魔化しても無駄だよ。僕はそれを知ってる。偽物の息子は会いに行けるのに、本物が会っちゃいけないなんておかしいよね」


 オウミは心底不思議そうに首を傾げた。


「僕はただお母さまに会いたいだけなんだけどな。それをなんでそんなに邪魔されるのか、そっちのほうがわかんないよ。そういう規則があるわけでもないのに」


 口をとがらせてオウミは文句を言う。その口調に、ひやりとしたものを感じたアンナである。

 だめだ、この男をザナさまに会わせてはいけない。


「いいから帰んなよ。さもないと」

「さもないと?」


 アンナはぐっと唇を噛み締めた。この男は、ある種の感覚がごっそりと抜け落ちている。しかし、彼には彼の掟があるのだ。一か八か、それに掛けてみるしかない。


「私、ここで自殺する」

「アンナさま!?」

 ミタマが目を剥いた。

 アンナは目の前のオウミの瞳をぎっと睨みつけた。


「いい? 私は王族が守らなければいけない稀人なのに、あんたのせいで私は死ぬんだよ。そんなの規則として許されないよね? いいの? 規則、破っちゃうことになるけど」


 オウミは灰色の瞳に考える光を浮かべた。


「うーん、それは困る、困るなあ……」

「でしょ。もうすぐ即位して、勅令下すんだから。お母さんに会うのはその後でも遅くはないはずだよ」


 畳みかけるように言うと、オウミはこくん、と頷いた。


「しょうがない。これ、まだ使えないんだもんね」


 おもむろに衣の下から引っ張り出したそれを見て、アンナは目を見開く。

 勾玉だ。やはりオウミが持っていたのだ。


「今からこれを持って、勅令出しても意味がないんだっけ」

「規則よ。オウミ、それは玉座の上じゃなきゃ意味がないんでしょ」

「じゃあ、今から玉宮に行こう! それで解決だ」

「それもだめ。今から神籍や平籍を集めなきゃならないなんて、現実的に不可能だよ。諦めて、即位の儀を待ちなさい」


 必死で言い含めるアンナに、オウミはしぶしぶといった口調で「わかったよ」と呟いた。

 そのまま石畳の道を戻っていくオウミたちの後姿が見えなくなって、アンナはようやく緊張を解いた。


(よかった……うまくいった)


 考えた通り、オウミは規則に従って動いている。これはアンナにとってもいい情報であった。規則さえ侵さなければ、オウミはどんな手段でも使って自分の思う通りにするだろう。しかし、逆を言えば、規則さえあればオウミは手を出せない。

 これは巧く使えそうであった。


「アンナさま、ありがとうございました」


 ミタマは丁寧にアンナを拝すると、瞳を揺らす。


「あの方が――信じたくありませんが、次期王であらせられるのですね」

「みたいだね……」

「こんなの……わたくし……」


 そこまで言って、ミタマは口を閉ざす。宮女としては、これ以上は口に出せないのであろう。アンナはそのミタマの肩をぽんと叩いてやる。


「もしまたあいつらが無理難題言ってきたら、私を出していいからね。稀人が自殺してもいいんですか? って言ってやれば、少なくともオウミは撃退できると思うから」


 ミタマは少しほっとした顔で息を吐いた。


「ありがとうございます。……アンナさまは、お強いのですね」

「そんなことないよ……」


 答えながら、アンナは別のことを考えていた。勾玉は、やはりオウミが持っていた。しかも首から下げるという、最も奪いにくい形で持ち歩いているようである。

 そうなってくると、御殿にこそこそ入り込んで持ち出すのは難易度が高い。

 どうしよう、どうしたらいい。


(あと数日で、即位の儀が始まっちゃう。オウミが即位したら、きっとすぐに勅令を出す……そしたら、仕組みが作り変えられちゃうんだ……)


 それまでに、勾玉を手にして、人を集め、玉座に座って勅令を下す。


「無理ゲーすぎる……」


 そこまで考えて、アンナははっと目を見開いた。


(いや、待って。即位の儀!)


 アンナの即位の儀には沢山の神籍が集まっていた。今回も大人数が集まるはずだ。そしてオウミは勾玉を持っている。

 儀式は、アンナの退位の儀、そしてオウミの即位の儀という順番で執り行われる。


(オウミの即位の儀で、勾玉を取り……勅令を下せば)


 光明が見えた気がする。


「あの、アンナさま……」


 不安そうにアンナを見つめるミタマに、アンナはにこりと笑いかけた。


「ねえミタマ。ミタマはオウミが王になるの、賛成? 反対?」

「アンナさま……!」


 慌てたように首を振るミタマに、アンナはごめん、と笑った。


「ミタマの立場じゃ口を出せないのは分かってる。でも、もし反対なら……これから私がやろうとしていること、手伝ってもらえないかな」

「アンナさま、何をなさるおつもりですか……?」


 その問いに、アンナはふふんと鼻を鳴らした。


「一大ビックショータイム、ってとこかな」


 首を傾げるミタマにもう一度笑いかけると、アンナはうんと伸びをする。体の中央からめらめらと炎が湧き上がり、アンナを包み込んでいるかのようであった。


「冥府の身代わり王、最後までしっかり演じさせていただきます!」



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