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2


 ナギの御殿は、相変わらずひっそりと佇んでいた。既に時は中天を過ぎている。明るい日の光の元でみると、より一層荒んで見えるというものだ。

 伸びた雑草を踏みしめながら、アンナはナギの御殿にするりと入り込んだ。

 御殿は、基本的にアンナの住まいとほぼ一緒の造りになっている。入ってすぐが広間、左手には湯殿に続く扉があり、右手側には厨がある。奥の廊下はロの字型で、回廊にそって部屋が配置されていた。


「一部屋一部屋調べるの、大変だなあ……」


 アンナは独り言ちる。そも、勾玉がどんな形状をしているのかもわからないのである。

 しばし考えると、アンナは広間を突っ切り、回廊を渡った。勾玉はそれこそ儀式に使用する大切なもののはずである。それならば、公的な場所に保管するよりも、より私的な場所に置いておきたいのが人情というものであろう。


 回廊沿いには部屋が三つ。そのどの部屋も簡易的な布が垂らされているだけで、扉はない。どうやら宮女ら身の回りの世話をする臣下の部屋であるようだ。

 そのままぐるりと回廊を回る。草が伸び、荒れ果てた中庭は、当時はさぞ美しかったのであろう。東屋と回廊を緩やかに繋ぐ石造りの飛び石も、今や伸びた草に覆われていた。


 回廊の一番奥、中庭の先に見える一層立派な扉を開けると、どうやらここがナギ王の部屋であったようである。二部屋続きの立派な部屋だ。入ってすぐの部屋には卓子が置かれ、細かな装飾が掘られた椅子がきちんと整えられていた。壁一面には造りつけの本棚。ぎっしりと詰まった書簡や巻物が、ナギ王の勤勉さを物語っている。

 その部屋の右奥に、緩やかに布で仕切られた部屋があった。こちらは完全に私的空間として使っていたようで、造りつけの棚と鏡台、立派な寝台がひとつ。寝台には敷布が敷かれたままになっていた。

 そのどれもが薄く埃をかぶっている。


 アンナは中庭を望む丸窓を開け、風を通した。丸窓からは東屋と、その横に設えられた池が見えるように設計されているようだ。存命の頃は、この御殿にザナを呼び、二人で過ごすなどしていたのであろうか。


「……よし」


 アンナは気合を入れた。

 まずは本棚を、と踵を返し、壁にぎっしり詰められている書架を眺める。

 こうしてみると、ナギ王は随分と勉強熱心であったようである。本棚に並んでいる本の題が何を意味するかは正直分からないが、所々に見える「律」や「法」、「論」などの文字から推測するに、政治や法律関係の書籍なのであろう。


「あれ、これ……」


 アンナは首を傾げる。一冊だけ、違和がある書架があった。周りの書架は厳めしい、法律関係の本である。装丁も立派で、暗い色の背表紙でどっしりと分厚い。その中に埋もれるようにして、鮮やかな青色の装丁であった。厚みも他の書架と比べると随分と薄い。

 訝しく思って手に取ると、驚くべきことに、それは何かの書き取りをした書記であった。ぱらぱらと中をめくると、アンナの良く知る現世でのあれそれが記載されている。人権問題、法律のこと、職業、はたや文化芸術に至るまで、現世のあらゆる実態が細かな字で丁寧に書きつけられている。

 ナギ王は稀人を呼び、話を聞くのが好きであったらしい。これは、稀人の語った内容を記した書記だ。余程何度も読み返したのであろう、所々に折癖や手あかがついていた。


「ん?」


 ページとページの間に、一枚の古い紙が挟まっている。妙に気になってそれを引き出すと、どうやら誰かにあてた文のようである。


(勝手に見るのも、悪いけど……)


 そっと取り出し中を開き見て――目を見開いた。


「ナギ王……」


 思わず声が震える。アンナはその文を自らの胸に押し抱いた。

 ナギ王は、決して何も考えていなかったわけではない。そのことが文によって証明されたのである。

 そこに記載されていたことを知ったら、ヨミはどう思うだろう。


(ヨミに、これを届けなきゃ)


 アンナは文を丁寧に畳むと、懐にしまい込む。

 ざっと調べたが、他に怪しそうなところはなかった。

 ナギ王の御殿を後にして、アンナはうんと伸びをする。収穫はゼロではない。手に入れた文をヨミに見せれば、もしかしたらヨミをこちらに引き入れることができるかもしれないのだ。しかし、勾玉は依然見つからないままである。


「次は、オウミの御殿かあ……」


 昨日危ない目にあったばかりだが、やむを得ない。アンナは足先をオウミの御殿に向けた、その時である。

 明るい光を切り裂くように、盛大な悲鳴が聞こえた。続いて、女性の怒声が響く。その声に聞き覚えがあった。


「……ミタマ!?」


 忠犬のような女官の顔を思い描く。職務に忠実な彼女が、理由もなく声を荒げるはずがない。アンナは声のする方へ走った。何やら嫌な予感が、胸をよぎった。


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