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「それで? 僕を訪ねてきたのは、それが理由なんですね」
ウガの呆れた顔を見やりながら、アンナは必死に懇願する。
「お願い、ウガ! こんなの頼めるの、ウガしかいないの!」
「無理なものは無理です」
「そんなこと言わずに! 勅令のやり方、教えてよ!」
ヨミとの一件があった翌日。
アンナは生魂殿でせわしなく働くウガを捕まえていた。
政務の隙間をぬっての突然の来訪に、ウガは迷惑そうな顔をしたものだ。
自分で勅令を出す、とは決めたものの、そもそもどうやってやればいいのかを全く知らないアンナである。自分で調べるにもヒントも何もない状況では手も足も出ない。
それに、時間のこともある。あんまりもたもたしていると、それこそアンナの退位の儀が始まってしまう。事情が事情だけに、ヨミに話すわけにはいかなかった。そこで、ウガに白羽の矢を立てたのである。
ウガに、やり方を聞く。
彼はヨミの腹心だ。そして、アンナが偽王であることも知っている。ということは、オウミのこともある程度は把握しているであろうと踏んだのだ。
どうやらそれは当たりだったようで、オウミの話を持ち出すとウガは眉を顰めた。
「僕はあの方について、あまり口を開かないようにしているのです」
「え? なんで……!?」
「あまり大きな声をお出しにならないでください。ただでさえ、あなたさまの声は大きいのですから」
アンナは慌てて口を噤んだ。
流石に立ち話をしていい内容ではなくなってきた。周囲の目が気になるのであろう、ウガはため息を吐くと、アンナにちらりと一瞥をよこす。
「とりあえず、話だけは聞きましょう。僕の部屋へご案内しても?」
「いいの?」
「はい。不本意ながら、僕もあの方には思うところがございます。利害が一致していることは否めません」
なんだかんだで、頼りになる男である。
生魂殿の奥には、文官たちの寮がある。ウガの部屋はその一室であった。こぢんまりとした空間に簡易な小卓と椅子。敷布は折りたたまれ、部屋の済みに追いやられている。床にも、小卓にも書簡がぎっしりと詰まれており、勤勉な様子が伺い知れた。
「僕も暇ではないので、手短にお願いします」
ひとつしかない椅子にアンナを誘導すると、ウガは床にどっかりと座り込む。ふてぶてしい様子に苦笑しながら、アンナは事情を説明した。
「つまり、あなたさまがオウミさまよりも先に勅令を出したい。でも、その方法がわからない……と」
うんうん、と頷くアンナに大きなため息を落として、前述のやり取りとなったわけである。
「あなた、馬鹿ですか?」
ウガはきっぱりとこう言った。
「ば、馬鹿ってなによ!」
「大馬鹿ですよ。そもそも、あなたが勅令を出せるわけがありません」
「どうして? 私、まだ王でしょ? それとも王族の血が入ってなきゃだめってわけ?」
「……いえ」
ウガははっと目を見開き、そこで一度言葉を区切った。自らの口元に手を当て、目をしばたたかせる。
「そうか。僕はいつの間にか考えが固まってしまっていたのですね……」
「ウガ?」
「大馬鹿野郎は私の方です。失礼いたしました。勅令を出せる可能性は極力低い、と言い直します」
「どういうことなの?」
アンナは首を傾げた。
「冥界で言う勅令とは、王の即位後に初めて出す政令を指します。その言葉には力が宿り、冥界の仕組みを作り替えることができる。その力を有しているのが王である、と言われているのです」
滔々と話すウガに、アンナは益々首を傾げた。
「もうちょい、分かりやすく」
「王を王たらしめているのは、王という名前や血筋ではありません。冥界の仕組みを作り変えることができるほどの力を有している者が、王と呼ばれるのです。そして、今までの王族はその力を有していました。だから仕組みを作り変えることができたのでしょう」
「つまり、力を持っているか否かで王だと判断されるってこと?」
「いかにも。しかし、過去に王族以外の者が勅令を出した史実はありません。ですから、可能性は低い、と申し上げました」
なるほど、とアンナは頷く。
「それなら、私でも勅令……出せる?」
「正直、分かりません。しかし、勝率は限りなく低いとみていいでしょう」
その言葉に、アンナはガッツポーズをする。
「よっしゃ、それじゃ、さっそくやり方、教えてくれる?」
「話、聞いてましたか? 可能性は低いと申し上げたはずですが」
「でも、ゼロじゃないんでしょ?」
「それは……ええ」
アンナはウガににっかりと笑いかける。
「じゃあ、やってみないとわかんないよ!」
「あなたは……」
ウガはふっと笑みを零した。
「そうでした。あなたはそういう方でしたね。……わかりました。お伝えしましょう」
アンナはごくりと唾を飲み込んだ。
「勅令に必要なのは、王族が身につけている勾玉です」
「まが、たま」
ええ、とウガは頷く。
「本来なら即位の儀の際に、先代王の勾玉を受け継ぐのです。その勾玉を通して王は冥界の仕組みを管理する。しかし、あなたのときは初めから身代わりであったため、渡されなかったのでしょう」
確かに、受け取った記憶はない。
「仮にその勾玉を手に入れたとしましょう。次は、玉宮の王座に腰かけてから勅令を下すのです。しかし……問題なのは、その勅令を見守る神籍や平籍を用意しなければならないことでしょう」
「用意……?」
「そうです。先程、王が王たらしめるのは力を有しているからだ、と申し上げました。この力は、つまり、民心を掌握できる力、と言い換えられます。玉座に着き、勅令を発する。その内容に皆の賛同を得られたとき初めて、勾玉に力が宿り、冥界の仕組みを変えることができます」
アンナは驚いた。
仕組みそのものは、平等に作られている。ようは選挙と一緒だ。選挙は公約を発表し、政策に納得を持ってもらい、投票してもらうことで成り立っている。その投票の代わりが、賛同する心なのだろう。
「それじゃ、あまりにもひどい勅令だったら不履行になっちゃうんだね」
「ええ。そして、だからこそ僕はオウミさまの考えが怖い。あのお方は、平籍に随分顔が利くという話です。そして、その勅令の内容も……おそらくは平籍を中心にしたものなのでしょう?」
アンナは頷いた。オウミは平籍に有利な冥界を作ろうとしている。
「この冥界は、神籍よりも平籍の方が、人数が多い。ですから、平籍が中心となった内容でオウミさまが勅令をくだしたら、人数の上では勝てないのです。恐らく冥界は作り変えられてしまうでしょう」
「そうだね……」
神籍の代わりに、平籍が優遇される冥界。確かに、今まで平籍の待遇を考えると、彼らがそれを望むのも仕方のないことだと思える。
しかし、単純にそれをひっくり返したらどうなる。今度は神籍が同じ悩みや不満を抱くのは必須だ。
「話を戻します。あなたさまは立場上、大勢の人に呼びかけができません。いかにして人を集めるか、そして玉宮まで足を運んでもらえるかが肝になります」
ウガはそこまで言うと、アンナの顔をひたと見つめた。
「まずは、勾玉をお探しください。恐らくは、祭宮のどこかに安置されているでしょう」
「わかった」
アンナは、眉を寄せる。聞いた内容の難易度の高さに、正直不安を覚えた。それでも、やるしかない。やると決めたのだ。
「ありがとう、ウガ」
礼を言って立ち上がるアンナに、ウガは初めて柔らかい笑みを零したものだ。
「僕としては、あなたに期待したい。おそらく、あなたを知る他の者も、あなたを応援するでしょう。……ご武運を」
「うん、頑張るね!」
アンナはウガの部屋を後にする。頭の中で勅令の手順を思い浮かべ、体中の血がふつふつと沸きあがるような感覚を覚えた。
(難しい方が燃えるってもんよ)
拳を握りしめ、玉宮の廊下を渡り、祭宮へ戻る。
勾玉があるとしたら、二カ所に絞られる。ナギ王の御殿、または、オウミの御殿だ。
迷った末、アンナはナギ王の御殿に足を向けた。オウミの御殿はリスクが高い。まずは人がいないであろう、ナギ王の御殿から探した方が、結果的に効率がいいはずだ。
アンナの退位、そしてオウミの即位まであと三日――厳しい戦いになりそうであった。




