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 比較的……いや、正直に言うと、かなり恵まれていた環境で育ったと思う。


 父は有名脚本家で、母はベテラン大物女優。そんな芸能一家で育ったアンナが初めて映像デビューしたのはなんとゼロ歳のときであった。


 生まれたときが芸歴スタートだったアンナは、齢十八にして芝居歴十八年。

 容姿も申し分ない。流行りに流されない長い黒髪は手入れが行き届いているし、すらりと伸びた手足には程よく肉がついている。体力にも自信がある。しかし、何よりアンナの特筆するべき特徴は、美しくも没個性の顔立ちである。

 母親譲りの目鼻立ちの整った顔。しかし、主張するような美しさではない。どこにいても、どんな役を演じていても、その場にすっと溶け込んでしまう。その顔こそがアンナの持ち味でもあった。

 恵まれている環境で、芝居を志す美しい少女。誰の目から見ても煌びやかに輝いているに違いない、そんな彼女にも当然悩みがある。


 十八歳。もう子役も卒業し、俳優として活動し始める時期だ。


 親の経歴が輝かしいばかりに、というと親には申し訳ないが、どこに行っても誰に会っても親の子としてしか見られない。常に背後に親の気配を感じながらの仕事には、やりづらさを感じ始めていた。

 もちろん、仕事があることは喜ばしい。しかし、正直、焦っていたのも事実である。アンナは芸能の世界が甘くないことを知っている。十八歳という歳が、子役から俳優へステップアップできるか否かの境目であるということ。この時期に実力を認められておかないと、いずれ干されてしまうであろうことも分かっていたのである。


 その日は舞台のオーディションであった。海外発ミュージカルの舞台版で、日本人の中でも選りすぐりの役者が抜擢される大きな仕事だ。この舞台に立てるということは、すなわち日本を代表する俳優であると認められることにもなる。

 無事最終選考まで残ったアンナは、この舞台の合格に全てを賭けていた。

 親の名前と、子役としての芸歴。恵まれているはずのこの二つが、アンナに重くのしかかっている。この舞台に立てれば、自分の実力を示すことができる。親の名前を外して輝くことができるかもしれない。

 稽古もたくさんしてきたし、三次選考までの手ごたえもあった。子役としてではあるが芸歴十八年という経験も無視できないはずだ。


 だから、不合格だ、と告げられたときは、思わず笑ってしまった。


 そのままふらふらと会場を出て、あとはどこをどう歩いたのかわからない。気づけばこの異様な場所にいて、白装束を着ていたのである。

 と、いうことは、つまり。


 アンナは文字通り蒼白になった。


「……私、死んだの?」

「だからそう言っているだろう」

「うそ……」


 アンナはその場にがくりと膝をついた。最悪だ。よりによってオーディションの不合格の日に死んでしまうなんて。


(タイミング悪すぎでしょ!?)


 週刊誌やテレビが何を言うか。きっと彼らは口をそろえてこう言うに違いないのだ。


 ――大森アンナ、オーディション不合格に絶望か!

 ――親の七光り失墜。悲劇の大森!?


「うわーーーー!」


 腹の底からの大絶叫に、男たちはぎょっと目を丸くする。


「やだ! やだやだ! そんなの絶対やだ!」


 親の七光りから抜け出せず、大きなオーディションに落ちた挙句、そのまま死んでしまったアンナを、きっと世間は好き勝手に言うのだろう。こちらの意図も知らず、今までの努力に見向きもされず、有名人の二世が死んだ、とだけ報道されるに違いない。


(そんなの、耐えられない……!)


 今死んだら、死んでも後悔する。

 矛盾めいた言葉が頭をぐるぐる駆け巡った。


「やだって言われてもなあ」

「なんとかならないの!?」


 肩を竦める男たちに、アンナは食ってかかる。


「さっき、『生気がある』って言ってたよね!? それってつまりまだ生きてるってことなんじゃないの!?」


 しまった、と男たちは顔を見合わせる。


「図星だ。そうなんでしょ!?」

「いや、そうなんだが、そうでもなく」

「だったらさっさと生き返らせて! 私、こんなところで死ねないの!」

「おい……」

「絶対に生き返ってやるぅー!!」


 アンナの絶叫が響き渡った。そのときである。


「おい」


 門の中から、絶対零度の温度で鋭い声がかかった。

 アンナはびくっと体を震わせる。たった一声。それなのに、この場の空気すべてを持っていかれるような重さを孕んでいる。


「先ほどから何をしている」

「ヨミさま……!」


 男たちが敬礼をし、その場に跪く。

 ゆっくりと姿を現したのは、まさに麗人。闇のような長い黒髪が、白皙の頬にさらりとかかる。切れ長の瞳も艶やかな黒。漆黒の衣をかっちりと着こなした、黒一色の姿である。

 威風堂々たる姿にアンナは呆然と見入った。


(すごい……圧。この人何者なの?)


 その場に現れただけで空気を変えてしまうような、存在感のある男。これが舞台であったら、きっと会場のすべての観客の心を一瞬にして掴んでしまうだろう。

 ヨミ、と呼ばれた男はアンナにちらりと瞳を向けると、さもつまらなさそうにすっと目を伏せた。


稀人まれびとか。まだ寿命が残っているな」

「はい。その者が……その、生き返らせろと暴れておりまして」


 違う。暴れてはいない。ただ大声を出しただけだ。そう言い返したかったアンナはぐっと我慢する。このヨミという男の圧はおかしい。そんじょそこらのお偉いさんには出せないような圧力である。


「お前、名前は」

「お……大森、アンナです」

「そうか。残念だったな」


 唐突に告げられたその言葉に、アンナは問いかけの視線を投げる。ヨミは黒い瞳をうっすらと細め、言葉を重ねた。


「一度死んだら、たとえそれが間違いであってももう戻れん。王でもない限り、お前を生き返らせることはできないだろう」

「でも、寿命がまだあるって……!」

「たまにお前のような者が紛れ込んでくる。俺たちはそれを『稀人』と呼ぶ。珍しいが、ないことではない。死んだことには違いないんだ。諦めろ」


 そう言って踵を返す男の背中を見て、アンナはむくむくと怒りがわいてくる。


「……ふざけんな!」


 跪いている男たちが、ぎょっとした顔でアンナを見上げた。


「寿命が残ってるのに諦めろだって!? そんなの、諦められるわけないでしょ! ばーか!!」

「うるさい女だな。こいつを早く冥界に放り込め」


 あたふたと立ち上がった男たちが、アンナの両腕を掴んだ。今度こそアンナは手足をばたつかせて大暴れするも、多勢に無勢だ。


「悪いことは言わんよ、諦めろ、な!?」

「稀人の待遇は悪かない。住めば都っていうだろ、な? な?」


 なだめにかかった男たちの手を振り払おうと、アンナは体を捩る。既にヨミは門の奥へと歩きだしていた。その背中に向かってアンナは吠える。


「絶対に諦めない! 私、生き返るから! 覚えとけよこのやろー!!」


 アンナは嗚咽を漏らしそうになり、それをぐっと飲みこんで眦に力を込めた。


(……泣くもんか!)


 自分は絶対こんなところで死ねない。小さくなっていくヨミの背中を睨みつけながら、アンナは男たちに引きずられていった。


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